Dragon‐dive
HUDi
1話目
「白乃!」
壮年の男が、慌ただしく部屋に駆け込んできた。
同い年位の女はまとめていたカルテを机に置きながら、
「なに?」
とたずねた。
「『貝』が、大量に死んだみたいだ」
女は椅子を引いて立ち上がった。そして男と共に、『生亀の塩沼』と呼ばれる場所へ向かった。
雑木林を入った所、木々の間にぽっかりと空いた空隙から、陽の光が降り注ぐ砂地。そこから続くくぼみに、やや透んだ水が溜まっている。
小さな花のような白い粒も漂っており、オフィーリアでも浮いていそうな光景だった。
「…気を付けていたのに」
女は男の肩に手を乗せた。
「…あなたのせいじゃない」
「でも…」
「ほら、『貝』の餌の藻だってこんなに残っている」
男は眉根を寄せ、水面に顔を寄せた。
「…あ」
そこには確かに、『貝』の主食とされるマリモの仲間が金色に輝きながら揺れていた。
「あなたが町に呼びかけたから、『貝』はきっと餌に困っていなかった」
初夏の陽が揺れる水面を見下ろしながら、女は言った。
「繫殖期は終わった。子供を産んだから、死んだんじゃない?」
男の額に、ふっと暗い陰がさした。
「…そんなタコみたいなもんか。『貝』は生きる奴はとことん生きのびる。不老不死かと思うくらい」
女もうなずいた。
「確かにそうだね」
男は考え込んで、しばらくじっと水面を見ていた。
「じゃあなんで死んだんだ。食料もある。こんなに死体ができるなんて考えられない。病気か?まさか子が親を殺したのか?いや…」
女は男の肩越しに首を振りながら、
「そんな焦る必要はないよ」
音もなく漂う白い花のようなものを眺めながら、女は言った。
「あ…もしかして『蝦』の仕業?」
「あいつらか。それなら肉を齧った跡がつくだろ」
「『蝦』って遊びでも獲物を狩るでしょ」
「美味しい『貝』を狩るだけで済ますかなぁ」
女は男の肩に置いた手に、かすかに力を込めた。
「生き物はちょっと環境が崩れただけで大きく死んでしまったりするものよ。時には内因的なことで」
女はため息をつくように言った。
「すべてが、同じことだけど」
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