ZARIGANI ; The fright night
@isako
始動篇
三中の児玉と大崎がザリガニを喰って死んだという噂を聞いて、おれは一日中笑いが止まらなかったのだが、次の日の朝にあいつらとカラオケに行ったことあったし、そういえばあいつらの歌う歌って、結構うまかったなと思い出すと今度は涙が止まらなくなる。なにザリガニ喰ってんだよ。児玉、大崎。
なんで児玉と大崎がザリガニを喰ったのかというとそれはもちろん、ザリガニおじさんのせいだ。ザリガニおじさんっていうのはうちの地元では流行ってる都市伝説、というか田舎伝説で、まぁつまり中学生の与太話ということなんだけど、おれたち中坊のあいだでは結構な説得力のある話になっていたりする。
一中と三中のちょうど中間地点にはカッパ池というのがあって、それはまぁまぁでかい池になっている。そばに稲荷神社があって、鎮守の森みたいな空間にぽつんとそういうのがある。カッパ池はどこに繋がっているのかわからない太めのパイプから二十四時間ざぶざぶと水が流れ込んでいて、それが水源になっているらしい。そんで池の色はマジで緑色で、近づくとドブの匂いがする。
じゃあなんでそんなクソ池にみんな近づくのかというと、そこに2mを超える黒バスがいるという噂があるのだ。とここまで来ると興味をなくす奴らが半分くらい。女子と陰キャはもうどうでもよくなる。でも普通の奴らはたいがい釣りしてるし、ちょっとやったことある奴なら、2mの黒バスと聞いて興奮しないわけはないのだ。絶対釣りたい。そんなの釣った日にゃ、おれらは伝説になるぜ。と言ったおれと同じ一中の先輩である江崎さんと森永さんが最初の犠牲者で、彼らはザリガニおじさんに会ってしまう。
ザリガニおじさんは割と昔からあのへん、つまりカッパ池付近に住んでいるおじさんで、昔からこの辺りでは有名なきちがいだった。噂ではもとヤクザで東京でやらかしたからこっちに逃げてきたとか、もともとは有名なお坊さんだったけどカッパ池にカッパがでると本気で信じてしまい、それ以来カッパ池を守る守護神になってしまったとか。まぁとにかくいろいろある変なおじさんだった。いろいろ噂はあるわけだけど、これだけはガチっていうのは、つまりザリガニおじさんはよくザリガニを喰うってことだ。
ザリガニはもともと食べるためにアメリカかどっかから輸入されたかなんかした生き物なのだが、それが逃げ出したかなんかして日本全域に広がってあちこちの川や池や沼で子供たちのおもちゃなっているらしい。生物の先生が言ってたから多分これがガチだ。たとえ昔食用だったからと言って、いまザリガニを喰う奴なんかいない。臭いからだ。ザリガニは臭い。おれは昔ザリガニを飼っていたことがあるから知ってるけど、マジでザリガニは臭い。生ゴミの匂いをぷんぷんさせる。水槽がもう臭いのだ。あの水面から強烈な腐敗臭がする。思い出してきた。おえっ。
ザリガニおじさんはザリガニを喰う。それだけはガチ。ザリガニおじさんは、PTAとかでも結構問題視されていて、何年か前にカッパ池とは別の池でザリガニ釣りをしてた子供たちがザリガニおじさんにザリガニを売ってくれと頼まれている。なんと一匹百円。子供たちは大喜びでそれを売って、手に入れた千五百円でマックを食べる。マックは食べに行ったけど、あんまりおいしくない。なぜならザリガニを売ってすぐ、それをばりばりとかみ砕くザリガニおじさんを見てしまったからだ。子供たちのうち一人はやはり吐いてしまった。ちなみにその吐いた子供ってのはおれだ。当時小学四年生だった。
割と問題になっておれの親とかがザリガニおじさんに会いにいったらしいけど(何が問題なのかおれにはわからない。なぜならおれはおじさんから千五百円ちゃんと貰ってるからだ。おじさんはただキモかっただけだ)、結局親とかどっかの職員さんとかはザリガニおじさんには会えなかった。なんだかんだして、最終的には学校で『ザリガニおじさんには会わないように』というプリントみたいなのが配ら
れて終り。
で終わったと思われていたはずのザリガニおじさん事件だったのだが、それは先月、二年生である江崎と森永がザリガニを喰って食中毒で死ぬという事件によって再開される。ザリガニおじさんは今度こそこの辺の田舎の子供たちを殺すことに決めたのだ。違和感はさほどない。だっておじさんはおれたちからザリガニを買い求めてたころから、世界に対して何か恨んでるみたいな顔をずっとしてたんだから。
伝説の2mブラックバスを釣りあげようと、朝五時にカッパ池に集まった江崎と森永はそこで二時間、どろどろみどりの池に釣り糸を垂らして待機する。やってきたのは黒バスではなくザリガニおじさんだった。ザリガニおじさんは二人を見つけるやいなや駆け寄ってきて、怒鳴り散らす。怒鳴り声は怒りのほうが勝っていて、もはや理解不能だったらしい。
江崎も森永もどっちかというとやんちゃよりだったので、ザリガニおじさんにちょっとビビりながらも基本的にはオラオラスタイルで行ったのだろう。実際2対1の喧嘩になればおじさんに勝ち目はないのだ。それでも、二人は誰も殴ることなく家に帰ってきた。ふらっふらで帰ってきた二人は、それぞれの家ですぐ寝て、次の日の朝、それぞれの親がベッドの上で虫みたいにひっくり返って死んでいる二人を見つける。警察が腹を掻っ捌くと胃の中から出てきたのは大量のザリガニの破片で、そいつらはしっかりとくちゃくちゃにかみつぶされていたそうな。そう。二人はカッパ池でザリガニを喰ったのだ。
そういう事件が起きたので、今度こそはもうほんとに大騒ぎ、ド田舎のうちの話がネットでも噂されるようになって、警察もいっぱいあちこちで歩くようになってもちろん危険だとされたのがカッパ池。ザリガニおじさんの正体は驚くべきことにわからなくて、町のだれも彼の住所本名家族を知らなくて、たまに見かけるけどほんとにどこに住んでんのか全くわからないおじさんだったということが判明する。
というわけで不良やクソガキのネットワークで一中の江崎と森永がやられた情報はこの地域全体の中学生へのザリガニおじさんからの宣戦布告だということになった(なんでだよ)。まぁどうしようもないよな。おれたちはそう思っちゃったんだから。第一・第二・第三中学の連中がいっせいにザリガニおじさんを探してぶっ殺すということになり、それが発展して第一・第二・第三の三中学校の生徒たちの間で、自分たちがほかの学校よりも早くザリおじを探して殺さなければならないみたいな面子の問題にもなりはじめ、さらにはどの中学がけりをつけるのかというのが、高校生たちの間で賭けになったりして、その胴元をやっていた通称「ダブリの徳」こと徳山千治が掛け金をがめるなどして大問題になり、ダブリの徳はついに高校を退学になり、いまではカッパ池近くの製作所で工員を始める。
とかやって子供たちや大人たちが遊んでいる間に、おれのともだちのともだちであった三中の児玉と大崎がザリおじにやられる。ふたりは学校で死んだ。登校してきたときから真っ青な顔をしていて、一限目からふらふらしていた二人を数学教師が叱って廊下に立たせた。ばちゃちゃちゃ! という水の弾ける音が廊下から聞こえてきて、なにごとかと数学教師が教室から頭をひょっこり出すと、盛大にゲロを吐いている児玉と大崎。もちろんそのゲロは全部ザリガニで、そのまま二人はぶっ倒れて、病院で死亡が確認される。
二中のヤッピーから電話がかかってきて、おれは授業をさぼっていたのでそのまま出ることができる。八島賢太郎ことヤッピーは児玉と大崎と仲が良かったのでやはりそういうことになるのだろう。ぎゃんぎゃんびよびよ泣きわめくヤッピーの言葉のほとんどをおれは聞き取れないけど、肝心のところだけははっきり聞こえてしまう。そしてそのヤッピーの熱は、おれにもやっぱり伝わってしまうのだ。
「ゴロズ! ゼッダイゴロズ! ザリオジ、ゴロジデェ!」
「そうだな。俺たちでぶっ殺す」
というわけでおれはいくつか使えそうな連中に電話をかけて、ザリおじを殺すために動き始めたわけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます