閑話 それはドラマのワンシーンのようで
「見た? 都さん」
「見た見た! すっごいショートになってた!」
先輩が話題になっているなんて珍しい。
噂話に聞き耳を立てていると、当の本人が席にやって来た。
「おはようございます」
「おはようございまぁーす」
背中ほどあった彼女の髪は肩上よりも更に5センチほど短くなっていた。
確かにあれだけ短くなっていると話題にもなる。
水島さんあたりが「失恋しちゃったのかしらねぇ!」なんて言いふらしそうだな。
そう思いながら始業準備をしていると、いのり先輩のところに普段は話しにこないような人たちがやって来ていた。
彼女たちがいなくなると別の人が代わる代わるやって来て、世間話をしている。
会話の内容は大体がバッサリ切られた髪の毛のことで、いのり先輩は疲労を滲ませながらその人たちの対応をしていた。
◇
「先輩、お昼行きましょうよぉ」
朝から人に捕まりっぱなしだったためか、疲労の色が朝よりも濃くなっている。
飽きもせず彼女の元に来ていた人達はお昼前くらいには捌けていた。
よほど疲れていたのか、声をかけた後、彼女は数秒フリーズしていた。
「すみません、すぐ用意します」
そう言うと、彼女は手早くコートを着た。
◇
「先輩、バッサリ切りましたよねぇ」
いつもの昼食屋に向かう最中、先輩にそう声をかけた。
朝からずっと髪型の話を振られていたのに同じ話題になって申し訳なく思いつつ、聞かない訳にもいかない。
彼女は嫌がるそぶりなく「ああ」と話題に乗って来た。
「そうなんですよ。ずっと伸ばしてたんですけれどね……25センチも切ってたみたいです」
彼女は毛先を指で摘み下を向く。
似合っていないのかもしれない、と不安になっている様子だ。
朝からいろんな人に理由を聞かれていたから尚更そう思ってしまっただろう。
「似合ってますよ」
私の声にいのり先輩が反応する。
心意が伝わったようで彼女は目元を綻ばせた。
「ありがとうございます」
「先輩、顔が小さいからベリーショートも似合いますよねぇ」
照れくさそうにはにかむ姿を初めて見た。
ほんのり頬を染める彼女をもっと見ていたくて、彼女を褒めちぎる。
「ありがとうございます……夢子さんも顔小さいですし、きっと似合いますよ」
やられっぱなしだった彼女の反撃に目を見開く。
いのり先輩は冗談を言う人じゃない。
その事を理解しているからいけなかった。
だんだん顔に熱が集まってきて、私はふいに顔を背けた。
「まぁー? 私はどんな髪型でも似合うんでぇ」
強がってそう言ってみる。
きっと耳も赤くなってるから先輩は気づいているかもしれない。
私は悟られまいと歩幅を大きくし、定食屋へ向かった。
◇
おかしい。
ここ最近おかしいと思うことはあったけれど今日はその比ではない。
せっかくの誕生日だと言うのに、いのり先輩は憂鬱げな表情だ。
私と久慈からの祝いの言葉にも何故か曖昧に笑っていた。
嬉しさと不安を混ぜこぜにしたみたいな、そんな感じで。
「先輩、はい。コレどーぞぉ」
「ありがとうございます。これは?」
「イヤリングですよぉ。先輩、ピアス穴開けてないでしょぉ~? ショートになるとイヤリングが映えるのでぇ」
淡い水色の石が付いたイヤリングだ。
出かけ先でたまたま見つけたもので、一目見て彼女に似合うと思った。
「素敵ですね。ありがとうございます、夢子さん」
「どういたしましてぇ~」
彼女の表情が少し柔らかくなる。
ずっと複雑そうな顔をしてたからちょっとだけでも笑顔が戻って良かった。
ほっとしている横から久慈が紙袋を抱えて戻って来た。
「はい! これは俺からです!」
「ありがとうございます。これは……?」
「マフラーです!」
久慈の言葉に思わず眉根が寄る。
「はぁああ? おっも!!」
「え? そうですか? 軽いやつを選んだつもりなんですけど」
「違いますぅー! 贈り物の意味ですぅー!」
「ん? 『あなたに首ったけ』じゃないんですか?」
「そ・れ・は! 女性から男性に向けての時! 男性から女性は『束縛』って意味になるんですよぉ~。勉強不足ですかぁ?」
たたでさえ、いのり先輩の様子が変なのにこれ以上困らせないでほしい。
「あっ、そうなんですね! いのりさんにべた惚れですって伝わればよかったので、まあ、とりあえずはヨシ、ですかね!」
さすが、空気が読めない久慈はいのり先輩の様子にも私の思いにも気づかずにいつもの調子で続けた。
彼の言動に茶々を入れつついのり先輩を確認するもやっぱり暗い顔をしている。
今日の就業後、ご飯を食べに行く時に藤沢さんに何か知っていないかこっそり聞いてみよう。
悔しいけれどいのり先輩と藤沢さんは気のおけない仲だろうし、もしかしたら何か知っているかもしれない。
そうも思ったけれど、今にも死にそうな顔をしている彼女が視界に入る。
こんな状態の彼女を放って置けるのか。
……いや、答えは『否』だ。
徐に口を開こうとした瞬間、フロアが騒がしくなった。
「えっ、嘘、本物……!?」
「なんでここにいるんだろ~!?」
皆の視線が入り口に集結している。
つられるようにそちらを見ると、30代前半ぐらいの男性がこちらを凝視していた。
「いのりっ! やっと見つけた!」
その言葉と同時に彼といのり先輩の間にいた人間が両端に避ける。
真っ直ぐ駆けてきて、彼は彼女を抱きしめた。
「えっ!? 何!? 嘘っ!?」
「どどどどういうこと!?」
どう言うことなのか聞きたいのは私だ。
いきなり来て、いきなり先輩に抱きついて。
彼は一言二言先輩に何かを告げると、彼女の腕を乱暴に引っ張って外へ出て行こうとする。
いのり先輩が嫌そうにしているのになんで気付かないのか。
彼の行動には腹が立っていたが我慢の限界だ。
彼の横まで咄嗟に飛び出し、力の限り彼の手を叩いた。
「あのぉ、やめてくれません? 先輩嫌がってるじゃないですかぁ」
驚いた顔の彼がこちらを見る。
私の言葉にやっと我に帰ったのか、徐にいのり先輩に向き返った。
「ごめん、いのり。急に手を引っ張ってしまって」
彼は陳謝すると今度は優しい手つきで彼女の手をとった。
「で? どちら様ですかぁ?」
「自己紹介が遅れてしまってすまない。僕は九条実。九条グループ傘下、九条ITテクノロジーズ株式会社代表取締役社長。そして彼女、都いのりの婚約者だ」
いのり先輩の婚約者を自称した彼は、舞台俳優のような立ち居振る舞いでそう言い切った。
前に婚約者がいるとは聞いていたけれど、こういうことだったのか。
「さぁ、いこう」
彼はいのり先輩の手を取ったまま歩き出す。
「あっ! ちょっとぉ!」
向こうは言いたい事を言い切ったかもしれないがこちらはそうではない。
彼の行く手を阻もうとするも、彼と一緒に来ていたSPにガードされてしまった。
「先輩っ!」
呼びかけるも返事はない。
彼女は申し訳なさそうな顔で俯くだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます