閑話 大阪出張、2人旅
『次はぁ〜新大阪〜新大阪〜』
間延びした特徴的な声がそう告げる。
東京から約2時間半。やっと目的地に着くらしい。
「夢子さん、そろそろ着きますね!」
久慈はPCから視線を外し、窓を確認した。
「さっきアナウンス流れたんでぇ知ってまぁーす」
そういう意味で言ったわけではないことは知っているがわざとそう伝える。
彼は取り付く島のない私に苦笑いをこぼした。
◇
新大阪駅から約10分。
昼時だからか梅田駅は忙しなく移動するサラリーマンやレストランを探す人で溢れかえっていた。
その中にはカップルもちらほらといる。
男性がスマートにエスコートしている組や、女性が自由気ままに振り回している組。
皆、共通して幸せそうで、楽しそうだ。
横を歩く久慈を一瞥し、ひとつため息をついた。
「俺を見た瞬間にため息つきましたよね……」
「なんで貴方と一緒なのかなぁ〜と思いまして」
「俺だっていのりさんと一緒が良かったです!」
「は?」
威嚇してみるも久慈は全然意に介していないようで、SNSを見ている。
『せっかく大阪に来たんですし、おいしいものを食べたいですよね!』とのことで先ほどからお洒落で美味しそうな投稿を探しているのだ。
……これから客先に挨拶だというのに、ずいぶんのんきだな。
「これとか美味しそうですね! ここ行きましょう!」
「ちょっと! 私の意見は無視ですかぁ?」
私の反応を確認する前に彼はずんずん進んでいってしまった。
置いて行かれたままなのも
今日何度目か分からないため息をついた。
◇
「あ! 桂木さん、久しぶり……疲れてる?」
「……どうもぉ」
客先挨拶を終えて、大阪支部へやって来た。
久慈は大阪支部の人間と話すのが初めてなので、その挨拶もかねてここへ訪れたが……才能というべきか久慈は客先でもここでも受けがいいらしく、いろんな人に捕まっては話を聞いている。
彼の付き添いである以上私も近くにいなくてはいけないのだが、究極のマイペースに振り回され続けて疲労が溜まりきっていたところを成宮さんに見つかった。
「彼が俺の代わりに入ったっていう新人さんなんだね」
「そうですよぉ~。成宮さんも鬱陶しかったですけどぉ、彼は貴方の比じゃないです」
「すごい言われようだね。俺も、彼も」
成宮さんは愉快そうに笑っている。
「思ったよりも元気そうですねぇ。意外でしたぁ」
異動前の憔悴しきった姿が印象的だったのだが、今はずいぶん調子がよさそうだ。
「うん。いろいろあったからかな」
「ふーん。ま、興味はないですけどぉ」
「相変わらず冷たいね」
「お陰様でぇ」
成宮さんに軽口を叩いていると、ようやく解放されたのか久慈がこちらに戻ってきた。
「すみません夢子さん! お待たせしました!……えーっと、こちらの方は……?」
「こちら、成宮さん。久慈が入ってくる前に私たちの課にいた人でぇす」
「初めまして。成宮一樹です」
紹介にあずかると成宮さんは自然な流れで久慈と握手を交わす。
爽やかに立ち振る舞う成宮さんに女性社員たちが見惚れていた。中にはコピーをするフリをしながら盗み見ている人もいる。
ポンコツ加減を知る前だったら私にもさぞスマートに見えただろう。
周りの視線が集まっていることなど彼らが知る由もない。
久慈は元気一杯に彼の手を握り返した。
「初めまして! 久慈康太です! お噂はかねがね伺っていたんですけど、本当にイケメンですね!」
かねがねという言葉を久慈が使えたことに驚きが隠せない。
というか、かねがねの後に続く内容がイケメンでいいのだろうか。
「ありがとう。面と向かって言われるとなんだか照れてしまうね」
言われた当の成宮さんは特に気にしてる様子もない。
「そうだ。二人さえよければ今日、夕食を一緒にどうかな?」
「え! いいんですか! ぜひ!」
「桂木さんもいいかな?」
「……承知いたしましたぁ」
成宮さんは断ろうとするとしつこい。
私は諦めて二つ返事を返した。
◇
「そういえば桂木さん。都さんとは最近どんな感じなの?」
久慈が課長からの電話で離席している中、成宮さんは少しトーンを下げて声をかけて来た。
「どうって言われてもぉ〜?」
「進展あった?」
「ありませんけど? むしろ久慈もいのり先輩が好きとか言い始めて大変なんですけどお〜?」
語尾強めに返すも「久慈君が……そっか」と言われるだけで終わってしまう。
なぜそんなにこちらの心境を聞きたがるのだろうか。
「で? そっちはどうなんですかあ?」
成宮さんは藤沢さんに思いを告げて大阪へ行ったはずだ。
声をかけると急に彼の頬が緩んだ。
「岳は……その。俺の気持ちに真剣に向き合ってくれてて……今度、東京に戻った時に、デ、デート、しようって話になってるんだ」
なるほど。
自分の話をする免罪符として私の話を引き出そうとしていたのか。
ニコニコと嬉しそうな彼は、やれどこに行こうと思っててとか、ここの料理が美味しそうでとか夢中で話している。
久しぶりに恋バナができるからか楽しそうだ。
「ふーん」
「本当、俺に興味ないね。桂木さん」
「そりゃ興味ないですよぉ。でもまあ? 順調そうで良かったです」
「お陰様で」
目尻を細めて微笑む彼は今まで見た中で一番いい顔をしていた。
せっかくお膳立てしてあげたんだから頑張ってくださいね。
前に進む彼を羨ましく思いながら心の中で激を飛ばす。
口に出して伝えるのはなんだかムカつくのであくまで心の中でだけだ。
「すみません! 戻りました、ってあれ? なんか2人とも楽しそうですね!」
「そうかな?」
「そんなことありませぇん」
課長との長電話を終えた久慈が席に戻って来たので自然と話はそこで終わってしまった。
しかし成宮さんは話したいことが話せたようで、それ以上はこの話題になることはなかった。
きっと彼の頭の中では色々なことが渦巻いているのだろう。近々、クリスマスという一大イベントもある。
私も、もっといのり先輩と進展したい。
待つと伝えたはずなのにこんなふうに思ってしまったのはきっと成宮さんの姿に背中を押されたからだ。
じっくり待つだけは性に合わない。
無意識のうちに上がっていた口角を下げ、久慈の与太話に耳を貸した。
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