二十四区の不死義な謎探偵(ふしぎなめいたんてい)

遊爆民/Writer Smith

プロローグ 人を逸脱した人達

目に止めていただきありがとうございます。

第1章終了の52話(一応全部で54話)まで毎日更新して行きます。

よろしくお願いします。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「さて、奴はどこかな?」


 巨大な満月と星が空に瞬く深夜。


 ここは東京首都圏を突如襲った大地震の瓦礫で埋め立てられ広大な島。数十年前までは東京湾だった場所に新しく作られた一つの区、東京二十四区。

 その新たに作られ、まっさらだった土地が開発され始めすでに十数年が経とうとしている。


 そんな、人々が眠りにつき、煌々とビルからの白い明かりが漏れるだけの開発途中の大都会。とあるビルの屋上から一人の男が地上に視線を向けつつ呟きを吐き出した。


 探し人。


 そう表現すれば聞こえは良いかもしれない。

 だが、その探し人、--ターゲット--も、この無機質なビルが林立する大都会で獲物を探しているのだ。

 男もターゲットを探し、そして、ターゲットも獲物を探す。

 奇妙で一方通行の生態系がここに成立した瞬間でもあった。


「ふむ、あっちか?」


 男は風に乗る匂いに鼻をひくひくさせると特徴あるそれ・・に向かって体を向ける。

 そして、一度深呼吸をしてから再び肺に空気を送り込むとおもむろに両の膝を折り曲げた。そう、ビルの屋上であるにもかかわらず男はここから跳躍しようと体を屈めたのだ。


「ふん!!」


 男は人の身体能力とは思えぬ程の力を発揮し跳躍してその身を満月と星の瞬く空へと紛れ込ませていった。

 男が一度跳躍すればビルとビルが離れていようとも関係ない。あっという間に隣のビルの屋上へと舞い降りる。

 さらにもう一度、両の膝をぐっと折り曲げ力をため込むと、再び夜の空へと飛び出した。そして視線を遠くに向ければ、いまだ建設途中のビル群が視界に否が応でも飛び込んでくる。


「はっ!みっけ!」


 人の気配の無い乾いた街並みに視線を向けていればターゲットがぽつりと佇んでいる姿を発見する。

 男はターゲットを見つけ、表情を一変させる。


 だらしなく垂れ下がっていた眉根はキリリと斜めに上がり、中途半場に空いていた瞼はこれでもかというほどに見開き男の黒目がまるで猛禽類のように獲物をとらえる。

 半開きだった口元はぐっと一文字に結ばれ、よもやもすれば喜びを露にしているようであった。


 男は空からターゲットの近くに”ドスン”と着陸する。

 さすがに人と思えぬ身体能力を持っていたとしても、ビルの屋上から飛び降りたのだ無事ではすまないだろう。だが、この男は背中に装備した特殊なパラシュートと人間離れした身体能力を使い平然と着地して見せたのである。


 男の目の前十メートルほどにターゲット。

 そのターゲットはもちろん人である。

 人であるが、どこか人ならざる雰囲気を醸し出している。

 尤も、ターゲットを追っている男も人ならざる雰囲気を持ち合わせているのであるが。


「やっと見つけたぜ!名もない!いや、”成りそこない”とでも呼んだ方が良かったか?」


 ヨレヨレのネクタイが垂れ下がる胸を突き出すように背をのけ反らせながら、ターゲットに右の指を向ける。ネクタイが窮屈なのか、左手でネクタイをさらにゆるめながら。


「シューーー!」


 男の言葉が理解できぬのか、ターゲットは奇妙な息を吐き出しながら空から降ってきた男に視線を向ける。何処かの映画の悪役のような息遣いであるが素のままの姿である。

 そのターゲットは一瞬何が起こったのか全くわからに様子であったが、刹那の後には男が自らに危害を加えるだろう天敵のように感じ後ずさりし始める。もしかしたら同類だと判断したのかもしれない。

 捕食者たるターゲットは獲物が自らの獲物が現れたと一瞬喜びを露にした。だが、それが違うとわかると及び腰になるのは仕方ないだろう。

 ターゲットは身の安全が第一であるとその場から躊躇なく逃げ出そうとした。

 男と同じように膝をググっと沈みこませると漆黒の空へと駆けあがって行った。


「待ちやがれ!」


 せっかく見つけたターゲット。

 男はこの機会を逃すまいとターゲットを追うべく、漆黒の空へと飛び出していた。


 普通に生きている人の脚力がどんなに強くても、自らの身体能力だけで空へ飛び上がるなど不可能であろう。一メートル程飛び上がるのが精いっぱいのはずだ。いや、頑張れば二メートルも飛び上がれるだろう。だが、一メートルが二メートルになったからと言ってそれは誤差の範囲と思っていいだろう。

 漆黒の空へと飛び出していった男たちはそれこそ数十メートルをその身一つで飛び上がったのだから。とは言っても強靭な足腰で壁を蹴り付けてである。


 我が身の安全が第一であり捕まるまいと逃げるターゲット。

 そのターゲットを追いかける男。

 奇妙で一方通行の生態系の通り、事が運んでゆく。

 そして、どちらに軍配が上がるか?

 後ろを気にしながら逃げるより、追いかける方が何倍も楽であろう。

 だから、その帰結は当然の如く訪れてしまう。


「シューーーー!!」


 無機質なビルの谷間にターゲットは追い込まれる。

 しめしめと男は優雅にターゲットに近づく。

 追い込まれたターゲットと男の距離はわずかに五メートル。二人の身体能力であれば手が届く距離と言っても過言ではないだろう。


「まったく、おとなしく捕まればいられるってのによぉ。それに、何でそんなまでに知能を落とすのかねぇ……」


 男は頭をボリボリと掻き毟りながら溜息交じりにぼそっとボヤいた。


「シューーーー!!」


 ターゲットは男の言葉を理解したらしく、戦闘態勢を整える。そして、

腰を落とし両の腕に力を込める。足に力を込めていつでも飛び出す体勢を整えた。

 おとなしく捕まればいられる。それはわかっているが、生きていられるだけ。どんな苦痛が待っているか、見当もつかない。


「おいおい、俺に向かうつもりか?止めた方がいいと思うけどなぁ」


 頭を掻き毟りながら溜息交じりに男は言葉を吐いた。絶対的な自信を見せる男の言葉だ。


「まぁ、仕方ない。ここでさせてもらうとするか……」


 男はターゲットを視界に収めたまま両の腕を突き出した。

 ワイシャツの袖から覗く青白く、そして細い手を向けて何をするのか、ターゲットは不気味な恰好を注視している。

 そんな細く青白い腕が白く一瞬輝きを放ったかと思った瞬間、一回り大きな色黒のごつごつした、それでいて鋭い爪が備わった腕へと変わっていた。


 ごつごつとした腕、いや、それでは語弊があるだろう。

 先ほどまでは青白かったがあくまでも人の腕であった。

 だが、今は人ならざる、言ってみれば金属の塊へと変わったと表現すべきだろう。


「さて、処理させてもらう!」


 身の危険を感じたターゲットは、攻撃の体勢に移る前に男を倒してしまおうと強靭な足腰で地を蹴り男へ飛びかかった。男を倒せなくとも、一瞬でも隙を作れば逃げる手段はいくらでもある、そう考えたのだろう。


 約五メートル。

 二人の間に存在するその距離を瞬時にゼロに縮めると、ターゲットは男を排除しようと腕を振るう。

 人ならざる者の強靭な攻撃に、普通の人などひとたまりもないだろう。そう、普通の人であれば。だが、ターゲットが向かっていったのは、彼と同じだけの跳躍力を持つ人ならざるものであることを彼は失念してた。いや、そこまで考える思考が無かったかもしれない。


「シューーーーー!!」

「おお、いいパンチだね~。でも、相手が悪かったな」


 ターゲットが隙を作ればよいと振るった腕が男に簡単に止められてしまった。


 目にも映らぬ程の速度で繰り出されたターゲットのパンチを男は左手で軽く受け止めていた。しかも突進したターゲット自身と共に。まさかの結末にうろたえ始める。

 掴まれた右手を振りほどこうとなりふり構わず腕を振るう。しかし、男の強力な握力はターゲットを逃さまいと拳にめり込み始める。

 それと同時にターゲットの拳からはミシミシと痛みを孕んだ音が漏れ始める。


「だから言わんこっちゃない。……すぐに楽にしてやるさ」


 右腕を振りほどこうと我武者羅に腕を振るうターゲット。

 だが、男は冷徹な視線をターゲットに向けると、右腕で手刀を作り上げ空高く振り上げた。

 その刹那の後……。


「ぐわぁーーーー!!」

「なんだ、喋れるんじゃないか」


 男の振り下ろされた手刀がターゲットの右腕を肘から切断し、辺り一面に汚らしく真っ黒な血液を撒き散らした。そして、痛みが脳へと伝わり人の叫びと思えぬ声を出してしまった。


「これまでさんざん暴れてきたんだろう、この世に未練など無いだろうに?」


 男は腰を落とし右手で拳を作ると腕を引いた。

 痛む右腕を掴みながら後ずさりするターゲット。

 右腕を切り落としたからと言って見逃すほど男は優しく無い。

 むしろ、冷徹に事を運ぶことを信条としている。

 だから、結末はすぐにやってくるのである。


「安らかに眠るんだな……」


 男は硬質なコンクリートが凹むほどの踏み込みを見せると、引いていた右の拳を繰り出した。当然、目にも映らぬ速度で、である。


 男の右腕は簡単にターゲットの胸を貫通した。

 背中にごつごつとした拳が生えている、そう表現しても良いだろう。

 何より、男の腕にはターゲットの体液がべっとりと付着し、月明かりでぬめっと不気味に光り輝いている。


「身体能力は”成りそこないと言っても、内臓はそれほど強化されてないんだよな。って、もう聞いてないか」


 崩れ落ちるターゲットに最後の言葉を掛けるが、瞳から光を失っており返事すらままならない。いや、すでに息を引き取ってしまっていた。化け物じみた身体能力を持っていたとしても心臓を破壊されればそうなるのも当然だ。


「ま、俺も注意しなきゃならんのだがな……」


 男はターゲットから引き抜いた右腕をマジマジと見つめながら、自らに言い聞かせる様に呟きを吐き出した。その直後、男の両腕が白く瞬いたら、ごつごつとした腕はもとの青白い、そして細い人の腕へと戻った。


「あ~ぁ、ま~た洗濯物が増えたよ……。嫁さんほしいなぁ。いや、お手伝いさんでもいいや、誰か居ないかな~。っと、終わったって連絡しておかないとな」


 男はぼそりと現状の不満を漏らしながら真っ黒い血で汚れた手を拭き終わると、携帯端末を取り出してどこかへ連絡し、その場を立ち去るのであった。




※第1章終わりまで毎日更新予定。

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