女子高生の放課後アングラーライフ

井上かえる/角川スニーカー文庫

プロローグ

 まだまだ肌寒い日が続く二月の上旬。お昼休みの教室はワイワイガヤガヤ楽しそうな話し声が飛び交っている。

 そんな中、私は一人机に突っ伏している。

 お弁当は半分も食べられなかった。残したお弁当はまた今日も公園のゴミ箱に捨てておかなくちゃいけない。だって、そうでもしないと私の現状がバレてしまうかもしれないから。ごめんなさい、お母さん……。

 するとその時、私の心臓がビクリと縮み上がった。スマートフォンのバイブレーションが着信を伝えたのだ。

 私はためいきをついてのそりと体を起こし、スマートフォンを手に取りLINEを確認する。そこには「見ろ」との簡素なメッセージ。やっぱりだった……。

 学校にいる時も、家にいる時も、ご飯を食べている時も、布団に入って寝ようとしている時も……。それは二十四時間いつ送られてくるか分からない命令LINE。「早くツイッターを見ろ」という意味だ。

 私はその命令に従い、重い指を動かしツイッターを開く。そこには大量のリプライが送られてきていて、その全てが私に対するぼうちゆうしようで、彼女たち以外のアカウントからのものも多くあって、私はその全てのリプライに返信をしなくてはいけない決まりになっている。返信が滞ると「見ろ」とLINEが送られてくる。鍵はかけられない。そんなことをしたらなにをされるか……。

 私に向けられた呪いの言葉の数々。さっき食べたお弁当が逆流しようとしてきている。そんな心の悲鳴をなんとか抑えて、私はその一つひとつに返信をしていく。

 そう。私はいじめに遭っている。少し前まで友達だった彼女たちから。

 私たち五人グループは学校や放課後や休日に行動を共にする間柄だった。いわゆる、友達、という関係。ただ、引っ掛かるところはあった。

 体育の授業などでペアを組む際には必ず私が一人あぶれ、移動する際の電車の座席でもやっぱり私が一人あぶれる。グループの誰かが欠けた時の保険扱い。そのことについてなにも不満を言えなかった私にも問題はあるのだろうけど、グループ内における私の立ち位置はそんな便利屋のようなものだった。

 そんなある日、私は声を掛けられた。

「今日の体育だけど、私とペア組んでくれない?」

 その子はクラスの人気者グループに属している子だった。なんでも、いつもペアを組んでいる子が病欠らしい。いつもあぶれている私のことを見ていたのかもしれない。

「うん。いいよ」

 私はそう応じた。いつもペアを組んでもらっているあの子には悪いけど、その日はその子とペアを組むことになった。

 そうして体育の授業が始まり、私は自分が属している五人グループの一人から声を掛けられた。

おいかわさん。今日は私とペア組も」

 なんでも、いつもペアを組んでいる子が急な体調不良で見学することになったらしい。いつもなら私の出番。けど、その日はもう別の子とペアを組む約束をしていた。

「ごめん。今日はもう別の子と約束してて」

 そう断って約束したその子の許へと向かった私は、体育の授業終わりにもう一度謝ろうとグループの許へと向かった。

 すると彼女たち四人は私のことをにらけてきて、


「あんたと友達だった事実が汚点だわ」


 ……そうしてその日から、SNSを使った私へのいじめが始まった。

 きっと私を見て笑っている。そんな彼女たちに目を向けることなく、私はただただ決まりに従い返信を続ける。そうして全てに返信し終えると、私は再び机に突っ伏した。

 いつまで耐えられるだろう……。卒業まであと二年。そこまで耐えられる自信は正直言ってない。

 そんなふうに思っていたその数ヶ月後、私はお父さんから関西に引っ越すことが決まったという話を聞かされることになった。

 勤めていた会社を辞めて、海辺の町で喫茶店を開く。そんな唐突過ぎる宣言だった。

 たぶん知らなかったのは私だけ。その宣言を聞かされた私はひどく驚かされたのだけど、お母さんはすでに承知していたみたいで平然としていたから。

 そんな申し出に、お母さんはよく納得したなと思った。お父さんがそんな冒険心を持っていた人だなんてことも初めて知った。

 そうして私は高校二年の六月というえらく微妙なタイミングに、関西の高校に転校することになった。

 引っ越し先へと向かう車の中、今度はもう失敗しないようにしなくちゃ、新しく買い替えたスマートフォンを見やりながら私はそんなふうに思った。

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