第32話 王族の権威の失墜

 宰相であるサミュエルが辞職する――この事態は貴族達に深刻な影響を与えた。


 これは長年公私にわたって国王を支えてきたサミュエルが国王を見捨てることにしたということを意味している。



 シモンによるサンブルヌ学園での卒業パーティーでのエレオノーラの断罪とマリアンとの婚約発表、ルイズの事件で注目を集めた現国王による当時の彼の婚約者への婚約破棄と前王妃との婚約発表。


 今、開かれているルズベリー帝国第二皇子夫妻の歓迎パーティーの開始時点で王家には既に相当の疑念と不信が募っていたが、今はその比ではない。


 エレオノーラが客観性のある証拠を用意して、事件の真実とマリアンの本性を白日の下に晒し、国王とシモン、どちらもが起こしたことの関係者であるサミュエルが胸の内を晒す。



 シモンがエレオノーラを断罪した場にいた者達は、やはりエレオノーラはマリアンに陥れられた結果、死刑という判決を受け、本物の悪はシモンとマリアンが主張していたエレオノーラではなく、マリアンこそが悪なのだと認識を一つにした。



 国王やサミュエルと同年代の者達は、これまでずっと黙っていたサミュエルの気持ちを知って彼の心境を思いやった。


 自分の妻や娘に立場を置き換えて考えると、彼の言い分はもっともだと共感する。



 自分の気持ちを優先して婚約破棄を突き付けた相手の娘に、その結婚の後始末をさせる。


 最初に政略的なバランスを考慮して婚約者を決めたのは一体何の為なのか。


 一旦自分の気持ちを優先したならば、最後まで権力に頼ろうとしないのが筋ではないのか。


 これほど傲慢な話があるだろうか。


 先程国王が言った”私は王族だ。だから何をやっても許されるのだ”という言葉。


 この言葉が全てを如実に表している。



 自分達が幸せになる為ならば、周りの者の気持ちは考えない。


 自分が信じているものは事実関係をはっきりと確認することなく盲目的に信じ、自分が正義だと鉄槌を下して正義の味方気取りになる。



 人の気持ちをきちんと考えられない者は為政者として資格なしと判断された。


 そして王家は簡単に人を冤罪で死刑という判決まで出してしまう者もいるということまで証明された。


 誰がそんな者を王位に据えたいと思うのか。



 王家はもう完全に貴族達に見放されたのだ。


 ただし、貴族達は自分が王などという仕事は請け負うのは面倒だと思っているので、地位はそのままだが、形だけの王だ。


 王家の権力は形骸化するだろう。


 王家の権力がなくなる終わりの時を待つことになる。



 王家と王家を取り巻く貴族社会にエレオノーラの毒は完全に回った。


 エレオノーラは冤罪で処刑が決まった時にこの帰結は決めていた。



 エレオノーラが果たそうとした目的。


 それは母であるクリスティーンを踏みつけにした王家への求心力を失わせることだ。


 つまり王家の権威の失墜である。


 シモンや国王、それぞれ個人単位での話ではなく、王家全体の話である。


 王家全体となると直接は関係ない者もいるかもしれないが、そこは連帯責任だ。



 エレオノーラ自身のことは自分でそうなるよう仕組んでいた部分もあるので、引き合いには出さない。


 引き合いに出さなくても、シモンに対して思うところはあった。


 エレオノーラが自分で仕掛けたこととは言え、シモンはあっさりとマリアンと恋人になり、最終的には結婚までした。


 この辺りはやはりあの親にしてこの子ありと言わざるを得ない。



 でもクリスティーンのことは違う。


 何の非もなかった彼女に人前で婚約破棄を突き付けるという貴族令嬢としての屈辱を味合わせ、権力が必要な時は利用される。



 これはサミュエルとエレオノーラによる王家への仕返しだ。


 自分達だけ幸せを求めておいて、のほほんと生活するなんて許さない。



 今度は国王達が不幸になる番だ。


 王家は自分達の権力で自分の我が儘を通してきたので、その権力を奪うことが最も仕返しとして適当だと考えた。



 ……と言うよりも現状サミュエルとエレオノーラに出来る仕返しはこれしかなかった。


 命を奪うような仕返しは二人とも望んでいなかったし、革命を起こしている最中でもなければ王族を殺すには理由が弱い。



 貴族達が王家を見放すことはこの場で誰の口からも出なかったが、人知れず不文律として成立したのだった。

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