第5話
結月は晶子の勤務中にバーで話をしていると、中年男性が声をかけてくる。
「どちら様ですか?」
結月が言うと、その男性は結月に頭を下げてこう言った。
「私は、小林凛の父親です。どうか、凛のお見舞いに行ってあげて下さい」
結月は凛の父親をチラッと見ると、すぐに目線をカウンターのほうへやった。
「おとうさま、私は凛さんと面会謝絶みたいですよ」
「いや、あれは手違いがあったみたいで...」
「小林凛さんはいないですと受付で言われましたが、それが手違いだったのですか?」
「今の凛は不安定なんです。もう、わけのわからない事を言ったり、ものを投げたり」
結月は驚いた。凛がそんな事をする光景は想像がつかない。
「わかりました。検討してみます」
凛の父親はもう一度頭を下げて、バーを出た。
「結月の出入りしている場所、把握されているね。弁護士や司法書士にでも調査を依頼されたのかもね」
「私が会えば、元の凛に戻るのだろうか...でも、心療内科に診てもらったほうがいい気もするけれども...」
「結月、行くの?やめたほうがいいよ。マイナスになってもプラスにはならない。お見舞いしたところで、あなたの心は病むよ」
「わかってる。様子を見て帰るから。本当に、様子を見るだけよ。私は明日も仕事があるから、もう帰るね」
***
翌日、結月はクリニックのバイトが終わると病院へ駆けつけた。
受付で面会の手続きを済ませ事務員が電話で病棟へ確認すると、そのまま通された。
凛の病室のドアをノックすると、凛の母親が出てきた。
「凛をよろしくお願いします」
と言うと、母親は病室から出た。
結月が凛の病室の中に入ると、凛は結月をじっと見る。結月は凛のベッドサイドへ寄り、凛と見つめ合う。
凛の目から頬を伝って涙が零れ落ちる。
凛は何も言わない。
結月は凛の体を引き寄せる。
「ごめんね、辛いときに近くにいなくて」
結月は凛の耳元で優しく囁く。
晶子としたように、結月は唇が触れるだけのキスをする。そして、凛と舌が絡み合う長いキスをしてお互いの気持ちを確かめ合う。
「落ち着いた?」
凛は頷く。
「先輩、今度は太股の動脈から脳の動脈まで管を通して抗がん剤を入れるんです。抜いた後は6時間絶対安静。もう怖くって...」
凛の体はガクガク震えている。
「もう先のことを考えるのはよそう...ね?」
結月は凛を強く抱きしめ、凛の耳たぶを優しく舐めた。そして結月は首筋を舐めると、凛の体が小さく震えた。
「嫌?」
凛は首を横に振った。
「続きは退院してからしようか」
結月は微笑んだ。
凛も恥ずかしそうな顔をして笑っていた。
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