第2話

 小林凛こばやしりんは、橋本結月はしもとゆずきが手を出してこない事で欲求不満だった。結月にしてもらえない事がこんなにも辛いとは。

 そもそも、凛のガンが発見される前にも、軽いスキンシップ程度でそれ以上踏み込んだ事はなかった。

 それは、結月は凛を心の底から愛していたから、無理には手は出さなかった。本当は手を出したかったが...。結月はよく我慢したほうだった。


 凛は耐えられなくなった。

 重い将来、辛い治療の日々。

 

 凛は、夕食の時に面会に来てくれた同期の男性に、体を触ってと迫った。

 迫られた男性もまた、耐えられなくなった。触る行為はエスカレートした。



 「今日は遅くなっちゃったわね」


 いつもより面会時間が遅くなった。普段、結月の面会時間は三時頃だった。


 凛の個室のドアが少し開いていた。

 夜の検温かな?と思い、結月は軽く覗いてみた。そこには、信じられない光景が広がっていた。

 凛は結月の見知らぬ男性が胸を触ったりキスをしていたからだ。

 結月は後ずさりし、早足でその場を離れた。


 凛は結月の気配に気がついた。血の気が引いた。

 男性を押しのけてベッドから飛び起き部屋の外へ出ると、遠くに結月の後ろ姿が見えた。




***



 

 結月はいつものバーで一人酒をしていた。

 女性のバーテンダーが結月の話を聞き、カウンセリングのようなものをしていた。


 「それで、その現場を見て結月が振られちゃったと思ったわけね」


 「うーん、そうなのよね」


 「でも、あなただって色々な男性と割り切った関係を続けていたじゃない。体は満たされないって。似たようなものじゃないの?」


 「小難しく考えたくない」


 結月はカウンターに突っ伏した。


 「ほら、あなたのスマホが鳴っているわよ」


 結月のスマホのLINEにメッセージが届いていた。酔って動くのも億劫になった結月がスマホを取ると、LINEの相手は凛だった。


 「話があるんです」


 これ以上凛を恨みたくなかったので、結月は素っ気なく返事をした。


 「聞くつもりはないよ」


 そして、酔いに任せてLINEをブロックした。


 

 結月はクリニックでアルバイトをしている。

 結月は高校の衛生看護科を卒業した準看護師だった。親の経済的な事情で、大学までは出せないと言われた。だから、バイトである程度お金を貯めて正看護師になるための看護学校に行こうと考えた。そのためには、看護学校の入試対策の予備校に行く必要があった。朝から昼にかけてはクリニックのバイト、夜は週に一回予備校に通った。

 いわゆる、苦労人だ。


 結月は衛生看護科の先輩だった。凛は併設されている普通科の生徒だった。


 思春期の女子・男子は、一過性で恋愛感情が同性に向く事も多い。

 結月は中学生から目覚めていた。割と早いほうだ。ただ、男性とは寝れるし結婚も出来るだろう。しかし、結月の心の支えは女性でなければならなかった。

 凛はノーマルだったが、結月に強く惹かれた。結月には独特の色気がある。可愛いとか美人といった表面的なものではない。

 表情、特に目つき、仕草、声のトーン。

 大人びているし、冷たいようで時々微笑む。


 結月の色気は男女問わず心を掴んだ。通学すれば男性が遠巻きに見て、女性も横目に見る。

 高値の花過ぎて近付けない。

 そこで近づいたのは、空気の読めない可愛らしい凛だった。


 結月は凛を大切にしたし、凛は奥手だった。

 そんな楽しい学生時代が終わり凛を待っていたのは、明るい将来ではなくやまいだった。

 

 

 


 


 

 


 

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