第51話 人生はゲーム

「おえー、気持ち悪いー」


 二日酔いの東軍のリーダー。玉藻妖子。

 彼女を無理やりおぶって、俺は町はずれにあるひらけた場所に来ている。


「妖子さん、今からバトルするんだろ?」

「ううっ、調子に乗りすぎたわ。でも、今日こそ本番よ。須田、頼んだわ」

「都合のいい時だけ頼るなよ。何すればいいんだ」

「それはね」


 と。

 妖子さんが何か説明してくれそうなときに、目の前から天狗が。

 二人の半妖に肩を支えられながらやってきた。


「ううっ、気持ち悪い。うぷっ」

「情けないわね優。あの程度のお酒で……うぷっ」

「妖子ちゃんこそ。あんなので二日酔いとか……おえー」


 敵将もボロボロだった。

 ていうかそれならもう、昨日の飲み会で終わればよかったじゃん。


「さて、吐いて楽になったところで本題。そっちの提案するゲームは決まった?」

「もちろん。で、プレイヤーは妖子ちゃんかしら」

「いいえ。須田よ」


 まだこれから何をするかも聞かされてないまま、妖子さんに言われて勝手に代表にされた。

 え、代表?


「あの、今から何をするんで……」

「今からやるのはこれよ。リアル人生ゲーム」

「リアル人生げーむ?」


 何かのテレビ番組でやっていそうなワードが飛び出した。

 すると、パッと周囲が暗闇に包まれる。


「な、なんだなんだ?」


 そして、俺の前にだけ光る道が現れた。

 そこにはマス目と、何か書いてある?


「さあ須田、今から私がサイコロを振るから出た目の分だけ前に進みなさい。そして、無事ゴールに到達できたら勝ちよ」

「え、自分でサイコロ振れないの?」

「当たり前よ。あなたは駒よ。ゴミからコマに昇格しただけありがたく思いなさい」

「……」


 飲み会の次は人生ゲーム。

 なんか、大学の宅飲みのノリだよなこれって。

 

「あのー、これ断ったら」

「リタイヤは自動的に死ぬわよ」

「こわっ!」

「それに、不正しても即死だから慎重にね」

「いやだからリスク高すぎるだろ!」


 命を人質にとられた。

 たかが人生ゲームに。


「じゃあ行くわよ。ほれ」


 妖子さんがサイコロをふったらしい(こっちからは声しか聞こえない)


「五マス進みなさい」


 そう言われて俺は、間違えないように慎重に五歩。

 マス目を進む。


「部屋が火事で全焼。借金300万円」


 機械的な声で、そう言われた。

 しかし、何も起きない。


「あのー、そういえば最初の持ち金っていくらなんだ?」

「何言ってるの。これはリアル人生ゲームよ。あなたのお金が減るだけよ」

「……はあ!?」


 待て。

 ということは俺、今300万円失ったのか?

 それに、もしかして……。


「部屋は!?」

「燃えてるわ。大丈夫、他の部屋には燃え移らないから」

「やめろー!」


 最悪だった。

 頭がおかしくなりそうな絶望感が俺を襲う。


「え、まじで死にたい……」

「妖怪のルールでね、飲み会で負けた方が何のゲームをさせるかを選んで、勝った方が一名好きな人選をできるというものなの。そして、クリア出来たら私たちの勝ち。できなかったら負けというルールなのよ」

 

 つまり。

 今このゲームをやっている俺に、すべての妖怪たちの運命が乗っかってると。

 重すぎるだろ!


「さて、次のサイコロは……六ね」

「待て、もうこれ以上は」

「いかないと、死ぬわよ」

「……」


 また。

 脅されて六歩前へ。


「友人に騙されて詐欺に遭う。一億円の借金を背負う」

「なあー!」


 また。

 借金が増えた。

 しかも今度は一億円って……。

 これ、ゴールした時どうなるんだ?


「須田、ラッキーねあなたって」

「なにがラッキーだ」

「友達いないから、さっきの無効だって」

「なんか悲しいな!」


 一億円の借金は免れた。

 友人がいないおかげで。

 ……辛い。


「もう、やめてくれ……」

「いいえ、行くしかないわ。それ」

「おい、人の話を聞け」

「また六よ。行きなさい」


 前に進むと、急にぱんぱかぱーんと、明るいラッパ音がする。


「おめでとうございます。結婚マスです。お祝い金に300万円が贈られます」

「おお!」


 なんか知らんが結婚できた。

 それに借金もチャラだ。


 いやまてよ、リアルに反映されるということはつまり、俺に嫁ができたってことか?


「妖子さん、俺結婚できたのか?」

「これも残念。そんなやつこの世にいないってことで無効になったわ」

「おい!」

「それに、お祝い金もなし。代わりに式場のキャンセル料の百万円が借金に上乗せされたわね」

「無茶苦茶だなこのゲーム!」


 なんだよそのルールは。

 ていうか一人ぐらいいるだろ、俺と結婚してもいいってやつ。

 いないのか? え、いないのか?


「さて、ゴールまであと少しよ。頑張りなさい」

「なんかさあ。俺の力とお前らの戦争、関係なくないか?」

「そんなことはないわよ。この後それがわかるわ」

「ほう。まあ、ここまできたらいくしかない、か」


 次の賽の目は三。

 前に進むと、無数の美女たちが。


「おお、これは?」

「この美女半妖たち達全員を口説けたら、一人百万円ずつ支給されます。フラれた場合はなんと、10億円の借金が課せられます」

「はあー!?」


 全くもって意味不明だった。

 しかし、確か俺の能力とは、半妖たちを惹きつける力だったと。

 なるほど、このゲームをクリアするために俺の力が必要だっというわけか。


「よし、お前ら全員俺の嫁になれ!」


 しかし、誰も何も反応しない。

 どころか、すごい冷たい目で見てくる。


「あ、あのー」

「何こいつ、キモ」

「死ね」

「ぶっさ」

「……」


 心が、折れそうだった。

 ていうか、死にたかった。


「須田、頑張りなさい。ここがこのゲームの最難関よ。それに、このゲームは現実とリンクするから、この子たちを口説いたら現実世界にお持ち帰りできるわ」

「でも、どうやって力を解放したらいいんだよ」

「あ……」

「な、なんだよ」

「あなたの力、封印してたわよね」

「そうだよ。だからその封印を解いてくれ」

「須田。正直に謝るわ。私が触れないとその封印解けないの」

「……はあ!? だったら今からこっち来いよ」

「無理よ。クリアするまで出られなくなるじゃない」

「ふざけんな! 俺はどうしたらいいんだよ」

「借金を返すために仕事の手伝いはしてあげるから。頑張って」

「おーい!」


 なんか、妖子さんの声が遠くなっていく。

 俺は、美女に蔑まれながら、一生かけても返せるはずのない借金を。


 借金……。


 ……。


「はっ!?」


 気が付けば。

 大学のベンチに座っていた。


「あら、ゴミ。目が覚めたのね」

「あれ? 俺は今、人生ゲームで借金を」

「何言ってるの。まだ枕返しの夢でも見てたのかしら」

「……夢?」


 夢にしてはものすごくはっきりしたものだったけど。

 いや、よく考えたらあんなバカげた勝負があったものか。

 夢だ夢。そうだよ、夢だよ。

 あんなもので借金まみれになってたまるか。


「須田。あなた今日はお腹すいてない?」

「どうしたんだよ急に優しくなって」

「いえ、よかったらご馳走してあげなくもないけど」

「じゃあ、お言葉に甘える。ひどい夢を見たんだよ」

「あらそう。でも、多分夢よそれは」


 なんか知らんが今日の妖子さんは優しかった。

 居酒屋でも俺にサラダを取り分けてくれたし、唐揚げにレモンも絞ってくれたし。

 優しい妖子さんとのひと時は、あの悪夢を少しだけ忘れさせてくれた。


 そして、先に妖子さんはしげぴーのところに用事があると言って解散。

 俺も、アパートに帰った。


「はあ、なんか変な夢のせいで疲れた。でも、妖子さん優しかったな。いつもああならいいのに」


 ガチャッと。

 扉を開けた。


 焦げ臭い。


 ……。


「わー、真っ黒だー!」


 全焼していた。

 俺の部屋の中だけが、真っ黒に。


「え、なんで? 火事でもあったのか? あれ、待てよ?」


 なんかこれ、夢の中でなかったか?


 茫然と、玄関先で立ち尽くす俺の背後から、今度は「どんどん」と激しく扉をたたく音が。


「だ、誰だ?」

「〇×ウェディングのものですけどー、キャンセル料の支払いをお願いしますー」

「はあ? 俺、式場なんて利用してな……あれ?」


 待て。これも夢の中であったぞ?


 ……まさか!?


「あんたにナンパされて精神的苦痛を伴った慰謝料、きっちり払ってもらうわよ!」

「私が先よ! このぶさめん、きっちり払いなさいよ!」

「俺、俺だよ俺。友達だよ。俺だよ俺!」


 なんか玄関の向こう側が騒がしくなっていた。

 みんな、俺からお金をとろうと必死になっている連中だということはすぐわかった。


 あの美女達への慰謝料。

 式場のキャンセル料。

 それはまあ、夢で見た。


 でも、


「俺、俺だよ俺。俺だよ!」

「誰だよ!」


 俺にいないはずの友人まで登場して、なぜかこの期に及んで詐欺を働こうとしてるやつまで沸いていた。

 

 ちょっとどんなやつなのか顔を見たかったけど。

 この玄関を開けたら人生が終わるとわかっていたので。


 俺は真っ黒こげの部屋の隅で、皆の声が聞こえなくなるまで、息を潜めてしゃがみ込んでいた。


 人生がゲームとして。

 こんなのゲームオーバーだろ!

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