第26話 圧倒的嫌い

「死ね」


 店を出てすぐに、妖子さんから電話がかかってきたので慌ててとると、一言目にそう言われた。


「な、なんだよ急に」

「死ね。この発情猿め。一体どれだけトラブルメーカーなのよあんたは。死ね、死んで詫びろゴミ」

「な、なにがだよ?」

「あんたがサキュバスなんかを発情させたせいで、また変な仕事をしげぴーが頼んできたのよ。今回ばかりはあんたが自分でなんとかしなさい、ブチッ」


 切られた。


「な、なんだよあいつ。それに仕事って」

「ふわあー、ねむ。須田っち、狐はなんて?」

「なんか仕事の依頼だって。しかもあいつはやらないとか」

「ふーん、それって金もらえんの?」

「まあ、くれるよ。それがどうした?」

「おもろそうやんそれ。うちが手伝ったるわ」

「つららが?いや、でも結構危険だぞ」

「ええねんええねん、金のために根性見せるんが関西人や。ほな、早速話聞きにいくでー」


 そういうわけで、今回は妖子さんなしでの仕事になるようだ。

 早速つららを連れて、しげぴーのところに向かった。



「須田君さすがだな。あのサキュバスを言葉だけで退けるとは、君は立派な霊媒師になれるぞ」


 教授室に入ってすぐ、しげぴーにそう言われたことがものすごくつらかった。

 退けたというより、避けられたの間違いだ。


「で、あのサキュバスが今回の依頼主になるんですか?」

「ふむ、実際は少し違う。君がサキュバスの欲求を満たさなかったせいで彼女のフェロモンが駄々洩れておっての。それを吸ってしまった不幸な女子が男を襲いそうになっておるんじゃ」

「つまり、ムラムラしてる女子をなだめる仕事ですか?なんだよそれ」


 なんかまた危険な香りがする。

 でも、まあやるしかないか。金ないし。


「で、その女子というのは」

「ああ、もう少ししたらここに来る。今は私特製の鎮静剤でおさまっているが、完全に解決するには方法は一つだ」

「それは?」

「それは」


 しげぴーが肝心なところを話そうとしたその時、ガチャッと扉が開いた。


「なんですのここ、埃っぽいし汚い場所ね。こんなところに……ってあなたは?」


 煌びやかなドレスを着た、巻き髪のお嬢様のような美人が入ってきた。


 その女性に目を奪われている時に、しげぴーは続けて言った。


「彼女に、嫌われてほしい」


 と。



「ええと、まず自己紹介から。こっちの彼が今回君の悩みを解決してくれる須田君。すごい霊媒師の家系に生まれたエリートだ」

「初めまして須田です。よろしく」

「浦島様……」

「うら、しま?」

「い、いえ。すみません。私は、竜宮乙女りゅうぐうおとめと言いましてよ」

「竜宮?というと」

「ええ、私は乙姫です」


 乙姫。

 まあ、この言葉を訊いたことがない日本人は多分いないだろうけど、それでも補足説明はさせてもらう。


 もともと乙姫という言葉は、特定の誰かの呼称ではなく、兄姫えひめ弟姫おとひめという、姉妹の姫の妹を指す言葉が語源である。


 そのように呼ばれる身分の者は竜宮という桃源郷に似た美女と歓楽と珍宝に囲まれた場所に住むという話から始まり、あの有名な『浦島伝説』で、竜宮の乙姫さまと称された一人の女性によって、その名前が定着したとかしないとか。


 そんな彼女、伝承の通り海底に住まいを設ける妖怪なんだとか。

 元々は亀が化けた姿こそが乙姫だったという話だが、彼女はどうやら亀の化身ではないということ。


 まあ、伝承なんて何が正しいのかは誰も知らない。

 知って得する話でもない、ということであるが。


「で、その乙姫さんがなんで?」

「私はこの大学に通う生徒です。それが、ついさきほど、駅裏の店の前を通りかかった後から変なのです。体が熱く、見る男が皆、いい男に見えてしまうのです。おかしいと思ってすぐに教授に相談しましたの。そして今、薬の力でなんとかその現象はおさまっているところですが」


 だそうです。


「それで、俺は何をしたらいいんですか教授」

「さっき言った通りじゃ。彼女と遊んで、嫌われてくれ。乙姫が男に絶望したその時こそ、淫魔の魔力が解ける時」

「嫌われるって……難しくないか?」

「君ならいける。あのサキュバスをドン引きさせた君ならナチュラルにしていても余裕だな」

「見てたのか貴様!」

「まあまあ。女に尻尾振りすぎると嫌われるとわかったろ?」

「お前が言うな!」


 というわけで今回のミッション。

 乙姫に嫌われる。


 以上。


 いや、なんなんだよ毎回毎回……


「うちは何したらええんや?なんも仕事なさそうやーん」

「つらら君には須田君の護衛を頼もう。乙姫が暴走した時は君が止めてくれ」

「暴走すんの?」

「まあ用心のためだ。では、頼んだぞ」


 教授との話はここまで。

 

 俺とつららは、乙姫とやらを連れて一度、学食に向かうことにした。


「で、早速だけどどういう男が嫌いなんですか乙姫さんは」

「乙女でいいわよ。それより、須田様でよろしかったですか?」

「ま、まあ。しかし乙女、俺がどういう男なら嫌いになれる?」


 俺は確かにこの十八年間で、ありとあらゆる女子から嫌われてきた。

 しかしだ、それは全ておれの忌まわしき力のせいであって、断じて俺がキモいからとか、見た目が冴えないからとか、可愛い子にちょっと優しくされただけで勘違いするからとか、なんなら普通以上の子であればとりあえずヤラせてほしいという願望が顔に書いているからとか、そんなことでは絶対にない。


 だからどうやって嫌われたらいいのか、その方法がわからない。

 というより知りたい。それを反面教師にして、俺は自分を改善したい。


「……もうすでに嫌いですわね。キモいし」

「ぐはっ!」


 辛辣だった。

 妖子さんの毒舌よりも、カミラの優しい暴言よりも、つららのストレートな否定よりもきつかった。


 もう、嫌われていた。


「え、須田っち嫌われてるんならもう仕事終わりちゃう?」

「いえ、雪女さん。私は男というものに絶望しなくてはならないそうです。既に目の前の単一個体である須田様にはかなり絶望していますが、それはあくまで彼個人であり男全体ではありませぬ。私が彼と同様くらいに他の男子に対し嫌悪感を抱くことができるようにしてほしいということです」

「そっかー。須田っち、どうやったらそんなに嫌われるん?」

「知るかボケ!」


 今までで一番死にたいと思った。

 今日に関しては勘違いを起こす前にボッコボコだった。


「……で、どうしたらいいんだよ」

「それがわかれば苦労しませんわ。あなた、一応仕事なのでしたらしっかりしてくださいませ」

「うーむ」


 こんなにぼろくそに言われてもなお、彼女の悩みを解決しようと食堂の椅子に座って悩んでいる俺って、なんて健気なんだろう。

 そんな風に自分を慰めながら、とりあえず方法を探っていた。


 すると、乙姫が。

 さっきまで俺のことをクソみたいにこけ降ろしていた乙女が、俺の方をうっとり見ているではないか。


「な、なんだよ。まだ何かいいたいのか?」

「浦島様……かっこいい」

「はあ?」

「いえ、須田様って浦島様に似てらっしゃるわね。よく見るととても、とてもかっこいいですわ」

「……なんだって?」


 俺は、人生で一度もイケメンだと称されたことはない。

 ユニークな顔ですねとか、見てて飽きなさそうだけどずっと見ていたくはないかなとか、知り合った女性にそんなことを言われたことはあるけれど、それでもかっこいいなんて、妖怪以上に無縁も無縁。そう思っていたが。


「須田様はとてもタイプですわ。ああ、須田様。私、あなたと恋に溺れたい」

「ど、どういうことだよこれ。おい、つらら」

「多分薬が切れたんちゃう?ていうか、ヤバない?」

「須田様、どうか私とデートをしてくださいませんか?もう、須田様しか見えませんの」

「お、おい……いや、デートか。うん、デート……デート、だな」


 よく見ると、いや、よく見なくとも乙女は美人である。

 少し細い目元も、綺麗な鼻筋も、実に良い。

 巻いた髪がとてもよく似合う、いわゆる綺麗なお姉さんって感じでとてもいい。


 もちろんデートをしようと思ったのはあくまで仕事。

 そう、仕事だからであると先に断っておく。


「つらら、ここは俺に任せろ。彼女とデートして、その上で絶望させてやる」

「大丈夫なん?あんたまたやらしいこと考えてんとちゃうやろなあ」

「そ、そんなわけあるか。全力で嫌われてやる。うん、やってやる」

「なんか不安やなあ。でもまあ、そこまで言うなら任せるわ。やばなったら呼んでや。んじゃ」


 雪女は去った。

 そして、乙姫に目を戻すと彼女はじっと、じーっと俺を見ていた。


「な、なんだよ」

「あの雪女とは、どういったご関係ですの?」

「い、いやただの友達、ってほどでもないけど前に仕事を頼まれただけというか」

「本当にそれだけですの?私と二股、なんてことは絶対にありませんの?」

「ふ、二股って……俺たちはそもそも付き合ってないだろ」

「いいえ、私は須田様にこの身を捧げるおつもりですのでそれはつまり交際をするという未来が確定しております。須田様を狙う女子は私が、竜宮城の全ての兵と財力をもってして滅殺しますわ」

「ええ……」


 なんだか今回の女は一段とめんどくさい。

 俺も最も苦手なタイプだ。


 そう、一言であらわすならこの乙姫。


 メンヘラだ。

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