8

翌日

朝登校するときにコウくんには、帰りは葵先輩と帰る旨を伝えていた。

授業が終わり葵先輩が来るのを待つ。

あれ?そう言えば葵先輩私のクラス教えるの忘れてた。

携帯を取り出しメッセージを打ち込む。

送信ボタンを押したその時。

「奏ちゃんお待たせ」

葵先輩が廊下から顔を覗かせた。

「葵先輩。よく私のクラスがわかりましたね!今ちょうどメッセージ送ったところだったんですよ」

「まぁね。それじゃあ行こうか」

「はい」

2人で教室を後にする。

葵先輩は学校に来ないと言ってた割に友達が多いのか、校門を出るまでに色んな人に声をかけられていた。

「葵先輩って有名なんですね?」

「えっ?そうかな?俺そんなに学校きてないし普通くらいじゃないかな?」

「えっ?でもすっごく声掛けられてますよね」

「うーん学校にいるの珍しいからかな?」

眉間に皺を寄せて考えてる表情をした。

思い起こしてみると確かに久しぶりって感じの挨拶だった。

「あの?答えたくなかったら答えなくていいんですけど、葵先輩は学校に来ない間は何されてるんですか?」

「仕事だよ」

あっさりと答えてくれたことに驚いたが、仕事という単語からアルバイトではないんだろうなと思った。

「お仕事なんですね。でも学校と両立されてるの凄いですね。うちの学校結構な進学校だと思うんですけど」

「あぁ〜まぁ勉強を教えてくれる人がいるからなんとかね」

「やっぱり勉強を教えてくれる人の存在って大切ですよね」

そう言って私は親友の大切さを先輩に語った。

話しているうちに目的地である音楽スタジオに着いた。

「あっ!そう言えば昨日葵先輩にどんな音楽聴きますか?ってメッセージ送ったんですけど見ました?」

「あっ。ごめん今朝見たんだけど、バタバタしてて返すの忘れてた」

そう言って手でごめんのポーズをして、しゅんとした表情をした。

「それは仕方ないですね。それでどう言う曲を聴くんですか?」

「スタジオ着いたし、聞いてのお楽しみ」

部屋に入ると葵先輩は鼻歌を歌いながら、ギターをケースから取り出しルンルンでチューニングを始めた。


「それじゃあ始めるね」

そう言って一呼吸置くと、纏っていた空気が一瞬にして変わった。

演奏してくれている曲を最近どこかで聴いたような……。

そう思ってるうちに葵先輩が歌い始めた。

あれ?この声もどこかで聞いたことあるような……。

うーんどこだったかな……。ピンと来た私は葵先輩が弾き語りをしている最中だと言うのに声をあげてしまった。

「あの!!もしかしなくても葵先輩って“紺碧”……ですか?」

葵先輩は演奏をとめ少し驚いた表情をしたものの、すぐに破顔した。

「よく分かったね。紺碧が生歌で配信してたの2年前くらいに数度だけなんだけど……」

「その頃から大ファンで、私が曲作りを始めたのも紺碧の曲を聴いてからなんです。あぁ……夢見たい……憧れの存在の人と出会えるなんて。そう言えば、コンテストで賞をとってドラマの主題歌も作られたんですよね?」

知ったばかりの情報を話す。

「うん。それで最近忙しくて。でもやりたいことができてるから楽しいんだけどね」

「あぁもうほんとうに頑張ってください。応援してます」

憧れの人が目の前にいる、感動と興奮と緊張とでおかしくなりそうだ。

夢なんじゃないかと思い、軽く手の甲をつねってみたけど痛かった。

「ありがとう。それで奏ちゃんの曲も聴いてみたいな俺」

「はいっ!!」

緊張で声が裏返った。

「はははそんなに緊張しなくても」

葵先輩が笑った。

「いやいや何言ってるんですか。紺碧の素晴らしさを語り出したら数時間は止まらないくらいほんとうに大好きなんですから」

私はピアノの前に座ると大きく深呼吸をした。

心を落ち着かせ、自分の好きな明るめの応援歌を歌った。

引き終えると葵先輩が拍手をしてくれた。

「すごく引き込まれた。オリジナル?」

「一応。好きな漫画があってそれを読んだ時に思いついた曲なんです」

「なるほどね」

その後30分くらい2人で一緒に弾き語りをして葵先輩に曲の作り方について聴いてみた。

「葵先輩は曲を作るときはどうしてるんですか?」

「うーんそうだなぁ〜特に縛りがないときは、思いついたままに作ってるし、縛りがある時は、コードを置いてから考えたり、歌詞が先にできてるときは数パターン作ってみるかなぁ?」

「……なるほど。ちなみに葵先輩は苦手なジャンルとかありますか?」

「苦手なジャンルね」

先輩は腕組みをして少し考え込む。

「今のところ好きなように作らせてもらってるし、困ってはいないかなぁ。ただ世界に向けて曲を作ろうと思ったらまた曲調とか変わるだろうけどね」

「なんか規模感が違いました……。私は恋愛曲が苦手で……全然進まないんです……」

「まぁ誰にでも苦手なことあるよね。奏ちゃんはまだ恋愛したことないから行き詰まってるのかな?」

「はい……。誰かを恋愛対象として好きになったことはないです……。漫画とかも少年漫画系を読むことが多くてあんまり恋愛系のものに触れ合ってこなかったもので……」

最近出会った人にする話でもないのかもしれないが、何かヒントや打開策が見付かればと思い、質問してみた。

「そっかぁ〜奏ちゃんは自分で体験しないと感覚が掴みづらいタイプなのかもね。恋愛系の漫画を読んでなんて思う?」

「そうですね……」

私は何度か読んだことのある恋愛漫画を思い返してみる。どれも美男美女しかいないし、最後に必ず結ばれてるしなぁ〜。そう思うと何を読んでも変わらない気がするんだよね……。

「現実味がないです」

「奏ちゃんの好きな少年漫画は現実味に溢れてるの?」

うーん確かに少年漫画と言っても、戦う系の物語は現実からは程遠いな。

「いや、現実では起こり得ないことも結構ありますね」

「うん。まぁそう言うものだよね。むしろ恋愛の方が身近に溢れてると思うよ。ただ興味を持てないんだろうね。でも別にいいんじゃない、焦る必要もないしさ」

「でも恋愛系の曲って人気だから私も自分が納得いくものを作りたいんです」

「奏ちゃんって、読解得意?」

「読解ですか?」

恋愛となんの関係があるんだろうと思ったものの、国語の点数は悪くはないから苦手ではないのかな……。

「えーっと苦手ではないですかね」

「それじゃあさ。漫画とかアニメを見て感情移入したりする?」

「そうですね。人並みには」

「そっかぁ」

葵先輩は頷くと言葉を続けた。

「奏ちゃんは恋愛漫画みたいな展開は現実的じゃないから読んでも意味ない。そもそも可愛くて守ってあげたくなるような女の子は自分とは違う。奏ちゃんは女の子だけど、自分はあんなに可愛くないとかそんなことを考えてるんじゃない?まぁあと恋愛のストーリーって基本結ばれるところで終わるしね」

まぁ仕方ないじゃんと軽く言ってみる彼に、私はどう反応したらいいのか困った。

「まぁそれでも恋愛ものを作りたいなら、自分の感情を捨てるのも大事だよ。人気になる恋愛曲っているのは、歌詞に共感するからだと思うし、奏ちゃんの恋愛観が人と違うのなら、一旦自分のことは置いておかないとしょうがない。ただ、今までにヒットした曲のような歌詞を書いても似たり寄ったりになっちゃうけどね」

私は静かに頷いた。

「まぁ今時恋愛に興味ないっていう人もいるし、同性を好きになったり多様な人間がいる社会だから全員に刺さる歌詞を書くのは難しいかもね。ターゲットを絞ってみるのもいいかもしれないし。いつか恋愛をした時に、今の自分とのどう感情の幅が違うのか知るために今の恋愛に対する気持ちを歌詞に入れるのもいいと思うけどな」

「参考になります」

私は葵先輩の言葉が多少なりとも心に刺さりだいぶ暗い気持ちになった。

でもそれは事実だから落ち込んでいるのであって、ここまでまっすぐに言ってくれるのは逆にありがたいな。

「すいません。言いづらいこと言わせてしまって」

葵先輩は特に気分を害した様子もなく答える。

「むしろごめん。結構無神経だって言われるんだよね」

「いえちゃんと言ってくれる人ってそういないので、むしろ言われてスッキリしました」

「……凄いな」

葵先輩がボソッと何かを言ったが聞き取れなかった。

「何か言いましたか?」

「いやなんでもないよ。それじゃ話は変わるけど尊敬してる人やかっこいいなって思う人はいる?」

「尊敬ですか……。やっぱり夢で成功してる人ですかね。夢を追い続けるのももちろん尊敬に値しますが、夢で成功してる人は本当凄いなって。そこまでの苦労とか努力は見えないけど相当だったんじゃないかなって思います」

「そっか。ちなみに奏ちゃんはどういう未来を歩みたいの?」

「未来ですか……?」

私は少し考え込む。

「それはもちろんアーティストとして音楽を作るのはもちろんですし歌っていきたいです」

「うんいいと思う」

「あっ。私葵先輩が賞を取ったコンテストに今年応募します」

「おっ?そうなんだ。頑張って」

「はい。頑張ります」

憧れの紺碧本人を目の前に宣言をする。

「それで……大変恐縮なんですが、曲作りで悩んだりしたら葵先輩に相談ってしても大丈夫でしょうか?」

「そうだね。アドバイスくらいならできると思う。いつでも連絡して」

スタジオの時間も終了の時間になり葵先輩とスタジオ前で別れた。

2時間がほんとうにあっという間に感じた。

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