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そう言って奏に連れてこられたのは、グランドピアノが置いてあるスタジオだった。
「やっぱりグランドピアノだと違うのか?」
「うん全然違うよ」
そう言うと奏は椅子に腰掛けて、深めの深呼吸をした。
その途端彼女の表情は一気に変わった。そしてストレス発散できていると言ってたから激しい曲が来ると思っていた俺はとても優しいその入りのピアノの音に鳥肌が立った。
そのまま彼女は優しい表情で弾いている。本当にピアノが……。いや音楽が好きなんだろうな。
綺麗な音色に聴き入っていると急にピアノの音が止んだ。
奏の方を見ると鍵盤を見つめたまま止まっていた。
「どうした?」
声をかけてみる。
「うーん……。なんかイマイチなんだよね。」
「そうか?俺鳥肌立ったけど?」
「えっ?そうなの??」
「あぁ最初の入り凄くいいと思うし、その後のメロディも綺麗な感じだった」
「ほんと!?」
目がキラキラと輝いた。
「ちなみにどんな曲だと思う?」
「そうだなぁ。……綺麗だったけど少し切ない感じだったから失恋ソングか?」
「おおおっ!!正解!!」
「それでどこが問題なんだ?」
「うーんとね。」
奏はそう言うと鞄から紙を取り出して俺に手渡してきた。
「それこの曲の歌詞なんだけど、あってると思う?」
そこに書かれた歌詞をじっくりと確認する。
“君がいなくなった 初めての春
私うまく笑えてるのかな
どうして君はいなくなっちゃったんだろう
わからないや わからないや
初めて好きになった人
私の1番大切な人
いつも隣で笑ってた人
一緒にふざけ合った人
散りゆく桜を見ては君を想い
街中のカップルを見ては君を想い
私どうしちゃったんだろ わからないや
君は今どこにいるのかな
私はまだ止まったまま 動き出せないでいる
もう一度優しい声で私の名前を呼んで
もう一度笑顔で私を受け止めて欲しい
もう君はいないと分かっていても
戻れないと分かっていても
どこかで……を探してるの
私まだ君のことが大好きで大好きで前に進めないの
あと何度の桜 君を思い出すだろう”
俺は歌詞に一通り目を通してみたが、なんて伝えればいいのか悩んだ。
「あんまり歌詞に詳しくはないけど、そんなに変じゃないんじゃないか?」
「そっか……」
「まぁ俺がなんて言ったところで変わらないだろ。納得いくまで悩め」
「うん。コウくんありがとう」
彼女はそう言うと歌詞カードを俺から受け取り、鞄にしまった。
「全然話変わるんだけどコウくんって失恋したことある?」
こいつ最近恋愛の質問ばっかだけど、気になるやつでもできたのか?
いや、流石に音楽一筋の奏が恋とか想像つかないな。
「まぁ気持ちが全然届かなくて諦めそうになることはあるかな」
「へぇ〜じゃあ今もその人が好きなんだ?」
「……あぁそう言うことだな」
鋭い質問に少しだけ声が上擦る。
「そっかぁ……。うーんそれにしても恋愛もしてないのに失恋はちょっと焦りすぎたかなぁ」
俺はその言葉に少し安心した。良かった……。
「別に自分の体験だけが、全てではないんじゃないのか?漫画やゲームの世界だって現実には起こり得ないことの方が多いだろう。体験はしなくても想像や他の人の意見を聞いて補うこともできるんだからさ。まぁそこまで悩むなら何か新しいものに触れ合って刺激もらった方がいいんじゃないか」
「まぁそうなんだよねぇ」
そう言えばと彼女は鞄の中から袋を取り出し中身を俺に見せてきた。
「クラスの子から借りた少女漫画。今はこれが流行ってるらしい」
「へぇどんな感じのなんだ?」
「どうだろう?ちゃんと見てないからわからないけど、家帰ったら読んでみるよ」
「あぁ何か発見があるといいな」
「うん」
彼女は袋を鞄に戻し時間を確認する。
「よっし時間まで明るい曲歌おう。リクエストある?」
「“夏風”」
それからしばらく2人で明るい曲を歌い続けた。
終了の時間になる頃には、彼女はすっかり元気になっていた。
「ストレス発散できたみたいで良かった。それじゃあ帰ろっか」
スタジオ終了の時間が近づいて来たので帰る準備を始めた。
「おう、ちょっとトイレ行ってくるから先受付に行っててくれ」
「はーい」
トイレから戻りスタジオの受付へ向かうと奏が楽しそうに誰かと喋っていた。
近付くと同級生の“
「臣くんこんにちは」
奏も後ろに向けていた体をこちらに向けた。
「あぁ」
俺は軽く返事を返した。クラスメイトではあるが、こいつと話したことはほとんどない。それどころか学校にほとんどいない。だから音楽スタジオにいるのが少し不思議だった。
「今野って、今日学校来てたっけ?」
「あぁちょっと用事があって間に合わなくて」
「出席日数大丈夫なのか?」
「そこは学校と話ついてるからなんとかね。まぁその代わりテストである程度点数取らなきゃいけないんだけどね」
やれやれと戯けた《おど》表情をする。
「それでなんでここにいるんだ?」
「知り合いの人がここを経営してるみたいなんだけど、ちょっと出てるから留守番してるんだって」
先ほど聞いたのか奏が代わりに答える。
「うちの学校アルバイトも申請しないとダメだったはずだけど?」
「まぁまぁただの手伝いだし、お金もらってるわけじゃないから」
俺はなんとなくこいつのこと苦手だなと思った。
「そうか。それで奏お会計はしたのか?」
「あっ忘れてた」
俺は財布からサッとお金を出すとレジのカウンターに置いた。
「それじゃ、そろそろ俺らは帰るからお留守番頑張ってくれ」
そう言い残すと店のスタスタと出口へ向かう。
奏は今野に挨拶をしてから、俺について出口へ来る。
「葵先輩また学校で」
「またね。奏ちゃん、臣くん」
今野がひらひらと手を振っている。
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