第49話 精霊
私たちが木のトンネルに入った途端、枝や蔓が動き出し、入り口が塞がれてしまった。
中は木漏れ日が少し入ってくるくらいで、暗く先があまり見えない状況だった。
もちろん、敵意は感じないがブラックも一緒で良かったと思ったのだ。
私はブラックにしがみつきながら歩いた。
ブラックは周りを警戒しながら歩いていたが、特に問題はないようだった。
その時である。
このトンネルを作っている枝や蔓と同じものが、奥の方からこちらに勢いよく伸びて向かって来たのだ。
私は驚いてブラックの後ろに隠れると、ブラックは左手を上げて手のひらを向けるとそれを消滅させたのだ。
「ん・・手応えがない。
これはまやかしですね。」
ブラックが言うには、幻覚のようなもので実際攻撃を受ける事はないと言うのだ。
そうは言っても、急にそんなものが見えると驚かないわけにいかないのだ。
それからも歩き進めると、木で作られた兵士のようなものが向かってきたり、トンネルの進むべき道が三つに分かれたり、どうも行手を遮るようなものが出てくるのだが、全てブラックが消滅させる事で、問題なく進めたのだ。
そして、やっと明るく広い、畑のようなところに出たのだ。
外から見ると、こういう場所は無かったはずなのだ。
「不思議なところね。
ここに心当たりはあるの?」
魔人であるブラックならば、色々なことを知っていると思って聞いてみた。
「いや、私にとっても、この世界はもともと異世界なのですよ。
ここは魔法のようなもので空間を広げている感じですね。」
よく見ると、この畑では見たことがある植物が育っていたのだ。
その周りにある木々も、共通している事があったのだ。
「これ・・・もしかしたら。」
そう思った時、ブラックが自分の後ろに行くようにと指示をしたのだ。
気配を感じて振り向くと1人の少年が立っていたのだ。
いや、少年に見えるだけかもしれない。
それは人の形はしているが、人間でも魔人でも無い何か別の気配なのだ。
それも、かなりのエネルギーを感じるのだ。
この森から発せられるエネルギーは、この者からのようなのだ。
「私達を呼んでいたのはあなたですか?
幻覚を見せるなど、どう言うつもりですか?」
ブラックは私を守るように前に出て、真剣な顔でその少年のような者に話しかけたのだ。
「ええ、そうです。
私があなた方をここに呼びました。
トンネルでは失礼しました。
ブラック、あなたの力を知りたかっただけなのです。
一瞬で幻覚とわかるなんて、さすがです。
この空間では本物と偽物を見分ける事は困難なはずなのに。
許してくださいね。」
とても透き通った声というか思念が伝わって来たのだ。
「魔人の王であるブラック。
・・・そして、ハナの血を受け継ぐお嬢さん。
あなた方に会えて嬉しいです。」
その者はブラックやハナさんを知っていたのだ。
そして、私たちの前に木の枝でできた素敵な椅子とテーブルを作り出し、そこに座るように促したのだ。
私たちはその椅子に座ると、その少年のような存在は話し始めたのだ。
「私は先程あなた方が見かけた大きな木の一部と思ってください。
このような実体を作る事が出来るようになったのは、魔獣達がこの森に来てからです。
ですから、魔人や魔獣がこちらの世界に来た時はかなり警戒しましたが、ありがたいことでもあったのです。
・・・ブラック、あなたがいれば、この世界は今後も問題はないでしょう。
私は長い間生きて来たので、自我はありましたが、今までは何かを他に伝えるすべはありませんでした。」
なんと、あの木の精霊のようなものというのだ。
そして続けた。
「ハナには助けてもらったのです。
私はあの時、本当に枯れかけていたのです。
ハナは私の元にこまめに訪れて、色々な薬を考えて振りかけてくれたのですよ。
私たちのような植物にどんな薬が効果があるかわからない中、試行錯誤してくれました。
私にどの薬が合ったのかはわかりませんが、私は息を吹き返し、今やこの森全体を把握できるほどの力も得ることができました。
ハナにはとても感謝しているのです。
お嬢さんがこの世界に訪れた時から、どうしてもお話をしたくて、呼び寄せてしまったのです。」
私は一つ気になることがあったのだ。
「そうだったのですね。
ハナさんはほんとすごい人・・・
あの、そこに広がる草木、見覚えがあります。
どれも、生薬の元となる植物では無いですか?」
先程から、ずっと気になっていたのだが、すべて生薬に使われているものと思われるのだ。
カク達が住んでいる世界では、これらの植物が育たないようにブラックが消滅させたものなのだ。
まさか、こちらの世界で存在しているとは驚きだったのだ。
ブラックは冷静な顔でその少年のような精霊の話を聞いているように見えたが、心の内は複雑では無いかと思ったのだ。
「そうです。
ハナに与えてもらった薬に使われた植物を再現したのです。
この草木が私の中で育っている限り、私が枯れて消滅する事はないのです。
私が元気であれば、この森自体を守ることもできますから。
それが私が生きている使命でもあるのです。」
自分の中で薬を作り出しているという事のようだ。
ハナさんが、魔人を消滅する薬が作られないように無くしたはずの植物が、この森の薬として存在していたのだ。
「この植物達はこの中にしかありませんか?」
ブラックもやはりその辺りが、気になっていたようだ。
「ええ。これらは私の中だけです。
森の中にも存在はしていません。」
ブラック達魔人を助けるために消滅させたことも、この木を助けるために草木が育つことも、両方ハナさんが望むことなのだと思う。
悪用する者さえいなければ、何も問題は無いのだ。
「わかりました。
お願いがあります。
これらの草木はあなたの中だけの存在にしていただけますでしょうか?
それが、ハナの望みでもあると思います。」
ブラックはハナと交わした約束について、その少年のような者に思念で送ったのだ。
「・・・ああ、そんなことがあったのですね。
大丈夫です。
心配はしないでください。
ハナの気持ちに背く事はしませんから。
でも、たまには2人で来てくださいね。
お待ちしてますよ。
今度はすんなりとトンネルは通れますから。」
そう言うと、その少年のような精霊は微笑んで見送ってくれたのだ。
私たちは元来た、木のトンネルを抜けて大木の横に戻った。
帰りは簡単に着いたのだ。
その途端、さっきまでトンネルだった場所がただの草木に変わり、入口があっという間に消えてしまったのだ。
この木の精霊が許す者しか入る事は出来ないようで、少し安心したのであった。
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