第5話 異世界の事情 I

 舞が綿密な計画を立てている少し前に、別の世界で頭を抱えている青年がいた。


 カク=ケイシは、サイレイ王国の王室に仕えている薬師であった。

 カクの家は代々薬師を職業としている家系で、祖父の代からは王室に仕えていたのだ。

 とは言え、カクはまだ20代。

 7人いる薬師の中では一番の若手で、王室の中では、年寄り連中が全てのことを牛耳っている状況なのである。


 何故そんなに若いカクが王室に仕えているかと言うと、カクの祖父(ヨク=ケイシ)が王室の仕事を引退するときに、次の薬師として、カクを推薦したのである。


 祖父は王様の信頼も厚く、とても優秀な薬師の一人であった。

 そのため、カクは祖父のナナヒカリで入って来たのだと、周りからはあまり良いようには、思われていなかったのである。


 カク自身も祖父とは違い、まだまだ勉強しなければいけないと分かっていたので、陰で色々言われることがあっても、気にするそぶりは見せなかったのだ。


 祖父はカクに跡を継がせた後も、カクにとっては師匠とも言える存在なのだ。

 祖父は他の薬師とは比べ物にならない知識と技術を持っていた。


 もちろん、多くの勉強や修行をしてきた事はたしかなのだが、カクの家に伝わる薬や調合法は、他の薬師の家系とは全くレベルが違うのである。


 しかし、その事はケイシ家と、王様と一部の側近のみが知っている事であり、他の薬師も知る事はできなかったのだ。


 カクもその事を知ったのは数年前のことである。


 祖父から大事な話があると言われ、数冊の古びた書物を渡されたのだ。


 その中には何やら調合で使われる物質がいくつか書かれていたが、カクがはじめて見る文字というべきものか、記号のようなものも一緒に書かれていたのだ。

 

 「カク、これは代々ケイシ家に伝わる書物である。

 この配合は私たち薬師では到底考えられない作用があるのだよ。

 素晴らしい薬でもあるが、同時にとても危険な薬とも言える。

 使い方を間違えると、とんでもない事が起こるのじゃよ。心して聞いておくれ。」


 祖父はとても厳格な人間であり、自分にも他人にも厳しかった。

しかし、素晴らしい薬師であり、カクにとっては一番尊敬できる人物であった。


 そのため、孫といえども、気軽に話す事は出来ず、いつも上役と話す口調で対応していた。


「この見たこともない文字はなんでしょうか?」


 カクは自分の知識不足では?と一瞬不安になったが、どう考えても今まで見たことも聞いたこともない文字なのだ。


 「うむ、そうだろう。

 私も父よりこの書物を渡された時初めて目にしたのだ。

 知らなくても当然である。

 これは、異世界の言葉だ。色々な作用をもたらす植物や、それで出来た薬の名前なのだよ。」


「異世界?それは誠なのでしょうか?

 今まで、存在するとは言われながらも、誰も行ったことのない世界ですよね?」



 この、サイレイ国のある世界は人間の国ではあったが、舞のいる世界とは少し違っていた。


 まず、この世界で採れる石には、魔法のような力が備わっていた。

 人間自身が魔法を使えるわけではなかったが、その鉱石を使い様々な作用をもたらす事が出来たのだ。


 つまり、魔法道具はあるが、魔法使いはいないのである。


 ほとんどは、運搬や作業を効率化したり、人々が生活する上で必要な道具を作る事に使用されていた。

 また、その魔鉱石を使用する事で、強力な武器なども作る事ができたのだ。


 そのためか、科学の進歩は舞の世界のようには進んでいなかった。


 また、医療に関しては、かなりお粗末であり、抗菌剤なども存在する世界ではなかった。

 病気や怪我で命を落とす事も舞の世界よりはかなり多かったのである。


 そのため、薬師はかなり重宝され、王室に仕える薬師は相当な地位を与えられるのであった。



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