(11)
ガエターノの子飼いだとかいう幹部たちの顔をティーナは大体覚えた。
当たり前だが、みなティーナの父親くらいの年齢だ。会ってわかったのはレオンツィオは幹部の中では若いほうなのだということだろう。レオンツィオの見た目からして、ティーナほどの大きな子供がいるとは普通は想像がつかないに違いなかった。
ティーナにとって、年齢はあまり問題ではなかった。問題は中身だ。性格とか、人格だとか、そういう部分だ。
今のところティーナはガエターノの言う通りに結婚するつもりなどなかったが、しかしいつまでもそうやって強情を張れるとも思ってはいなかった。
ガエターノからすればティーナなど吹けば飛ぶような存在だ。前世の記憶があるとは言え、ティーナはただのそこらへんにいる小娘と大差ないのだから。
となるとティーナは最終的にガエターノの言う通りに結婚しなければならない。一応、夫を選ぶ権利がティーナにあるのは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
けれどもその夫候補の内訳がどうしようもないのは、もう、不幸としか言えないだろう。
ティーナの夫候補たち――という名の幹部連中――はみなおしなべて上っ面はいい。小娘のティーナにも優しく紳士的で――歓心を買おうとしているのがわかる。
そういったことを隠すつもりがないのは、隠すと逆に嘘っぽくなるからかもしれない。ティーナに近づく理由はひとつで、彼らはテオコリファミリーのボスの座が欲しいのだ。
また仮にボスの座が欲しくなくたって、ガエターノの号令には従わざるを得ないだろう。
テオコリファミリーの幹部が全部で何人いるのか、ティーナは知らない。けれども結構な人数が、このティーナを口説き落とすレースに参加しているようだというのはわかる。
不思議なのは、それなりの年齢である彼らには妻がいないのかという点だ。内縁の妻くらいはいそうなものだが、ボスの座の前では愛などどうとでもなるのかもしれない。
渋々選んだ結婚相手に、内縁の妻や愛人がついていたらイヤだなとティーナは思ったが、しかし恐らくはどうしようもできないだろう。
考えれば考えるほど、頭が痛くなって来る問題だった。
そして自然とティーナはレオンツィオのことを考えてしまう。
あの日、ティーナに結婚を提案したところからして、正式な妻はいないのだろう。しかし前世での悪行を鑑みれば愛人の何人かがいてもおかしくはないし、なんだったら認知していない子供もいそうだ。ティーナがまさしくそうだったわけだし。
そんな風にレオンツィオのことを考えてしまうのは、もうずっと彼の顔を見ていないからだった。
舎弟のミルコは週に一度は喫茶店に顔を出してくれるものの、レオンツィオは影の先すら見せないのだ。
普通は、会わなければ忘れて行くものだろうに、ティーナの中でレオンツィオの存在は強まって行くばかりだ。
けれども一方で、レオンツィオに会いたいのか会いたくないのか、ティーナはわからなかった。会えばきっと憎しみも湧く。会えなくて募るのは――わかりたくもない。
ティーナはあとからあとから湧いて出てくる感情に蓋をしようとするが、それはなかなか上手く行かないのだった。
「やあ、久しぶり」
そしてレオンツィオはなんの前触れもなく現れた。ドアベルが鳴って振り向いたら、いつもの顔をしたレオンツィオがいたので、ティーナは思わず息を詰めた。
あの日――レオンツィオと再会し、あれよあれよという間にガエターノの前に連れられて、それから今暮らしているマンションへと案内されてから、一ヶ月と半月は経っていた。
あのマンションでティーナが拒絶の言葉を口にしたとき、レオンツィオは珍しく金の瞳を冷たく光らせた。……ティーナは、それが忘れられなかった。
あの日のティーナの言葉のために、レオンツィオは態度を変えてしまうかもしれない――。そんな――「恐れ」がティーナの中に、確実にあった。
けれども再会したレオンツィオの態度は、ひとつも変わってはいなかった。ティーナは己の肩から力が抜けるのがわかって、イヤになった。
舎弟のミルコを連れたレオンツィオは、注文を取りにきたティーナにブラックコーヒーを頼むと、あとは前の席に座るミルコとなにか話を始めてしまう。
ティーナはレオンツィオになにも言えなかった。いや、言えなくていいし、言わなくていいのだ。
ティーナは夫候補たちのだれも、今のところ依怙贔屓をしていない。みな平等に接し、だれにも気がないのだということを示していた。だから、レオンツィオにも特別な言葉をかけるわけにはいかなかったし、必要もない。
そのはずなのに――。
「お待たせしました」
レオンツィオとミルコの前に熱いブラックコーヒーの入ったカップと、ソーサーを置く。それからミルクピッチャーも。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
気安い調子で言ったのはレオンツィオで、寡黙なミルコはかしこまった様子で告げる。
「……ところで元気、ない?」
レオンツィオの言葉に不意をつかれたティーナは、わずかに目を丸くした。それからぎゅっと丸いトレーのふちにかかった指に力を入れる。
「……そんなことは」
「そうかな。突然環境が変わったんだ。色々と慣れないことも多いだろう?」
「それは……そうですけれど。でも、どうってことないです」
ティーナは無表情でいるように努めた。口を開けば憎まれ口が飛び出しそうになる。けれども今のティーナとレオンツィオの関係上、そういうことをするのは憚られると理性が止める。
「それならいいけど」
レオンツィオはいつもの微笑を浮かべてティーナを見上げている。余裕を感じられるその顔に、ティーナは己の中でイラ立ちが募るのがわかった。
ドアベルが鳴り、新しい客が店に入ってくる。ティーナはレオンツィオとミルコに頭を下げて、踵を返した。
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