第6節

 すると、ノアの背後から少女の声が聞こえる。


「主様、殺しちゃいましょうよ?」

「こら、ミーニャ。そういう野蛮やばんな考えになるな」

「えー、だってマーヤさんを傷つけた相手ですよー?」

「だとしても、殺すのは違うだろ。せめて身包みぐるいでゴブリンの巣に放り込むくらいで止めてやれ」

「いや、ちょっと待ってくださいっ!」


 リリアは耐えかねたように机をたたく。


「なにか?」

「あ…失礼しました。その、先程からシネル様の背後から聞こえる声は…?」

「僕の飼っている魂灯カンテラです」

「え?」

「これです」


 ノアはどこからか黒を基調とした質素しっそなフレームに入った青く光る魂灯を取り出して机の上に置く。


「きれい…」

製燈屋せいていやで売ってますよ?」

「せいていや…?」

「ええ。魂灯を作る職です。馴染なじみの店なら紹介できますけど…」

「是非!」

「分かりました。…では本題に戻りましょうか」

「あ、すみません」

「で、つぐないをしたいとの話でしたが…賠償ばいしょう、ということでよろしいでしょうか?」

「はい。相違そういありません」

「僕の一存いちぞんでは決めれませんので、マーヤ…先ほどの女性が起きるまで待っていただけますか?」

「ええ。それと、マーヤ様とは別にあなたにも賠償をしたいと思いまして…」

「? 別に僕は何ともありませんが」

「これは貴族令嬢きぞくれいじょうとしての矜持きょうじみたいなものですので…」

「分かりました。では、今後のヘルリア侯爵家の魂灯の調整は僕にお任せください」

「え?それだけ…ですか?」

「ええ。固定客をつけても数十年かそこらで死んでしまうので」

「…あのつかぬ事をお聞きしますが、シネル様はいつから?」

「さあ? 自分の年齢ねんれいもはっきりとは」


 ノアは肩をすくめながら言う。


「じゃあ、ヴィンディブルグ王朝のことはご存知でしょうか」

「ええ。ヴィンディブルグのお客さんは気前がよくって良かったですよー」


 シャルとリリアは驚愕きょうがくのあまりに開いた口がふさがらなかった。

 ヴィンディブルグ王朝時代といえば数百年以上前で文献ぶんけんすらまともにのこっていない古き時代なのだ。


「まあ、この島の中には結構いると思いますよ。確か…一番古くてレフェーゲントスが客に居ましたね」

「レフェーゲントス?」

「はい。エルヴィーン・フェルガ・レフェーゲントス一世。ご存じない?」

「ええ…」

「気さくでいい人でしたよ。昔はよくお茶をしたものです」

「…なんていうか、もう次元が違いますね」


 リリアは諦めた様に言い、ノアは懐かし気に文献どころか遺跡いせきすらも残っていない太古の話を楽しげにするのだった。

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