Section.1 貴族令嬢との出会い

第1節

 黄昏時たそがれどきの古ぼけた街を青年は憂鬱気ゆううつげに歩いていた。

 青年――ノア・シネルは魂灯カンテラの中の魂を清める仕事にく、燈屋ともしびやだ。


「まさか外出先でりゅうおそわれるとは…」


 ノアは今日の朝に新調した仕事鞄しごとかばんを見てつぶやく。

 数日前、竜砲ブレスを受けて灰燼かいじんと化した本革ほんがわの鞄を思い出し溜息をつく。

 鞄だけでなく仕事道具すら灰燼と化してしまったのだから洒落しゃれにならない。

 燈屋の仕事道具は主に二種類だ。

 一つは魂の状態を見るモノクル片眼鏡

 もう一つは魂の調整をする宝具と呼ばれる特殊な機器。

 これが馬鹿みたいに高い。

 一つ買うのに白亜の豪邸ごうていを二つ買えるレベルの金がかかる。

 故に魂灯のメンテナンスには非常に金がかかる。

 そして、ノアは頭の中で今月の収入と支出の計算をしながら知り合いの店へと足を踏み入れる。


「いらっしゃ…」

「なんだよ?」

「いや、なんでも。それより人間のおじょうさんがアンタのこと探してたわよ」

「この島に人間なんか来るものなのか?」

「さあ?危急ききゅうの用じゃ無いの」

「そもそも船に乗れるのか?」

「私に聞かれても知らないわよ」

「ま、良いか」

「で、何の用よ」

「ああ、そうだ。このフレーム、直せるか?」


 ノアは鞄からバキバキに割れたフレームを取り出してカウンターでだるそうにグデっている女に見せる。

 女――マーヤは近くに置いてあったモノクルを付けてフレームを見る。


「これ、素材が手に入らないわよ」

「?」

「ガラスの部分はめれば良いからどうとでもなるんだけど、この周りよ、問題は」

「いたって普通の金属製のフレームに見えるが」

「…これでわかる?」


 マーヤは鈍色にびいろに輝く鉱石こうせきをノアに見せる。


「…アレスチレン鉱石か」

「ええ。上から鉄とカレフステンで塗装してるから分かりにくいけど」

「材料があればどうにかなりそうか?」

「出来なくは無いわよ」

「…何が言いたい?」

「これの融点ゆうてんを超えれるような溶鉱炉ようこうろがあればの話よ」

「あ…」


 そう、アレスチレン鉱石とは非常に硬く、融点ゆうてんは一万度、沸点ふってんは一万五千度と加工するのが非常に大変な鉱石なのだ。

 それゆえに数も出回らず、加工できる職人も少ないのだ。


「ね?無理よ、現存技術じゃ」

「…そういうことか」

「ええ。アイツなら確実よ」

「ありがと。助かった。それと仮フレームもらえるか?」

「仮フレーム?」

「これの魂の部分を入れてやらないと」

「ああ。うちの弟子が作った試作品なら仮フレームには丁度良いと思うけど」

「見せてもらっても?」

「良いわよ、自由に見なさい」


 マーヤはノアを店舗てんぽの裏の工房へと案内する。

 そこでは一人の少女がフレームの加工をしていた。

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