第20話 拠点潰し
時刻は夜10時をまわった。予定時間を大幅に過ぎている。
運転席で待機している
山の中腹、周囲に人気のない森の中の静かな土地に、この八淵病院はある。
幹也は3時間ほど前に病院の職員に連れられて話を聞きに行った。それから院内を
「あれは……」
その時、正面玄関からではなく、暗がりの通用口から出てくる人影があった。スーツ姿で傘をさしている若い男性、幹也だ。葛西は急いで運転席から出て待つ。
「お疲れ様です」
「悪い、待たせたな」
助手席のドアを開けて幹也を乗せ、葛西も運転席に戻る。
すると幹也が何かを差し出してきた。
「無糖で良かったよな」
「ありがとうございます。今頂いても?」
「もちろん。休憩してから出ようぜ」
院内で買ってきた冷たい缶コーヒーの差し入れだ。
幹也も自分のコーヒーを飲むのかと思いきや、彼はハンカチを取り出し
「あーー……、何でだろうなぁ……」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるか。予想は的中、それも最悪のやつがな。病棟は龍の胃袋の中だ。廊下にも病室にも
例の院内感染の四十四人、いや実際はそれ以上が去年から喰われている。本来ならもう少し、人生最後を心穏やかに過ごせたはずの時間をな」
葛西は息を
そうとも知らず、感染対策を再度徹底し、病院はそのまま運営されている。全国的に同様の感染症の話があったことや、ここが末期患者のターミナルケアを
「もう死ぬ命だからって、後腐れなく大盛り食べ放題ってか?クソが」
幹也は感情を吐き捨てた。目元は
「今年もまた起こるのでしょうか……」
「させるかよ」
強い意志と覚悟の言葉だった。そのために彼は今、懸命に道を探っているのだ。
幹也の指が持っていた
「で、例の魔除けはここに設置してきたというわけだ。それで遅れた」
「本当に効果はあるでしょうか?」
「アレでも効かなかったら、今頃とっくに都築の屋敷は突破されてるぞ。今現在は龍はいなかったからな、貯めといた餌をのこのこ食べにきて、鍵が閉まっていることに気がつくのさ。
それで急いで次の拠点を作る時に、何らかの尻尾を見せるだろうよ。ま、次は無しでこっちが用意したシステムに任せてくれたら事は終わりなんだがな」
「それは……」
システム、その簡素な言葉の意味することを思い、葛西は表情を曇らせた。
「4月の異例の大雨、あの時はシステムが正常に動いたことは確認できている。ということは、去年の梅雨の時期に停止していたのは、事前に必要分をここで喰ってたからだろう。ざっくり
「動機はもしかしたら」
「分からない」
幹也と視線が合う。彼は缶を目元から外し、ハンカチをとっていた。
葛西の言葉を
「
葛西は黙った。幹也が見てきた、一族の血が濃い男子にしか見えないその
プシュと缶を開けるいい音が響く。幹也はそのまま一気に加糖の缶コーヒーを飲み干し、一息ついた。
「こいつをここに使うのは仕方ないとして、学校に置く分はどうすっかなぁ…」
「正城さんと梢さんが心配ですか」
「梢はいざとなったら東京の母さんのところに行ってもらうが、正城がな。こんな事態に巻き込みたくねぇよ。いくら男系男子だからといっても、去年までランドセルのガキだぞ。代表も何をお考えなのやら」
男系男子。家系において、男の方のみを通してみる血縁の系統で生まれた男子の事である。都築化学の初代社長から会社を継いだのは長女であり、その二代目を祖母とする幹也は本家の血筋だが男系ではない。
一方、弟からの血筋が正城の家である。初代、祖父、父、正城と続く男系の血筋は、もうこの家しか残っていない。
企業としての都築の相続に男女は無関係だが、あの家の持つ、もう一つの能力はそうではない。
「
「それだよ。順番で言えば父親が先のはずだ。代表はすっ飛ばして正城に期待しているようだがな。まだ継承もしていないし、正城は何も知らねぇってのに」
「幹也さんから話せ、ということでしょうか」
「あーー、だろうな。本当、勘弁してほしい。広城さんを戻せるか、今日の件の報告と一緒に代表に相談してみるさ。期待はできないがな」
幹也は眉を
眼下には雨に
「でも無関係のままには、させてやれない。あいつは俺より呪いがよく見えるんだから」
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