第6話 父との対峙



 お皿を片付けた後、僕達はテレビのある居間に戻り、電源をつけた。昼のニュースのハイライトをやっているけど、遭難そうなんのトピックはないようだ。


「山で子供の行方不明と捜索そうさくは、地方局なら一晩でもニュースになっておかしくないんだが」


 お兄さんも気になっていたようだ。


「ネットも確認しよう……ってダメだった」


 お兄さんはテーブルの上に置かれた携帯を手に取り、動かそうとして、がっかりと元に戻す。


「防水のやつにしとくんだった……」

「ごめんなさい!新しいのに取り替えるので!」

「気にしないで」


 僕を助けたときに水に濡れて壊してしまったに違いなかった。大事な物なのに申し訳ない。

 それと、僕の携帯が持ってこれるようになったら連絡先を交換しようと思ってたのに……まずは買い換えてあげないと。


「さて、落ち着いたところで、これからどうするか考えないとな」

「あの人、僕のこと探してないのかな」

「子供がいなくなるのは一大事だ。お母さんも心配するだろう?」

「お母さんはけっこう前に離婚しちゃったからどうだろう」


 お父さんとの不仲が原因らしい。もともと僕の世話をしていたのはお手伝いさんなので、あまり寂しいと感じたことは無いが、お兄さんは心配してくれた。


「ごめん……ちなみにオレも両親はいない。どっちも」


 この家で祖母と二人暮らしと言っていたから、もしかしてとは思っていた。


「僕も本家のひいおばあちゃんはいるよ。叔父さん達とも仲はいいし、こっちは心配してくれると思う」


 都築グループの創業者の奥さんである曾祖母は、今現在の都築で最も権威のある人だ。経営には口を出さなくなって久しいけど、今も影響力はすさまじいらしい。


「じゃあやっぱり、早く元気な所を見せてやらないとな」


 お兄さんは穏やかな声で言った。


「うん……」

「警察に連絡してくる。ちょっと待ってて」


 これでお父さんと会うことになる。どんな事を言われるだろうか、不安になってうつむく僕の頭を、ぽんと先輩は撫でた。

 その手から、向き合う勇気を貰えた気がした。


 

 ……お兄さんが電話をかけにいってから何分たっただろうか、居間には声が聞こえない所で話しているようだ。

 テレビもつけていないから、あたりはとても静かだ。


 いや、風が枝をゆらす音や、鳥の声は聞こえる……目を閉じて耳をすますと心地よい……


 そういえば、ぼくはとても疲れている


 このまま眠ってしまいそう…………




「――――ここまでお父さんと警察がくるそうだ。まぁ、30分くらいはかかるかな」

「うん……」


 お兄さんがやっと戻ってきた。でもまぶたは重たくてなかなかしっかり開いてくれない。


「寝てな」


 お兄さんは僕の頭を少し持ち上げると、座布団を枕にしてくれた。タオルケットがそっと掛けられる。気持ちがいい。絶好の昼寝場所……だ………


 

 どれくらい寝たのだろう?僕は複数の足音で起こされた。なにやら言い争いも聞こえる。


「子供の足であのキャンプ場から上川に来るのは無理ですよ。もしそうなら、事件性があるんじゃないですか?警察がちゃんと調べるならオレも協力しますが」

「いえね、無事に見つかったわけですから。この先どうするのかは保護者の方の意向になりましてですね。えー、こちらで話し合ってですね。決めることですので……」

「無事ではなかったと説明したはずですが」


 たぬき寝入りをしながら薄目を開けて見る。足元しか分からないが三人。お兄さんと、多分警察の人、そしてお父さんだ。

 真実を知るお兄さんの追求に、警察の人はかわいそうなくらい焦っていた。

 警察を困らせているのはお兄さんじゃなく、お父さんだ。なのにお父さんは、その空気を読まない発言をした。


「危ないところを助けて頂いて本当にありがとうございました。息子がご迷惑おかけしました」

「彼は迷惑なんてかけていない!」


 こっちを無視し、一人だけ事件が終わったかのような態度。お兄さんもついに怒りで声を大きくした。

 

 この場にいる全員が本当は何があったか見当がついている。そのうえで無かったことにしないとならない。警察だって上司からの命令で来ている。個人的にどう思っていても、方針を変えはしないだろう。


 僕が起きないと話が終わらないだろうな……。


「お父さん」

「起きたか。体はどうだ?」


 昨日見たはずの顔が、もう何年も前に別れたような遠さを感じる。喜びとか反省とか、もっとないのだろうか。お父さんは機嫌が悪いときの仏頂面ぶっちょうずらだった。


「特に何も」

「病院に行って診てもらおう」

「一見無事でもダメージが深いことがありますからね。すぐに病院にいくのがいいでしょう!」


 警察も場を切り抜けられそうな提案に、これ幸いと食いつく。


「くっ……」


 正論のためお兄さんも行くなとは言えない。その本当の目的は明らかでも、保護者でも警察でもない、お兄さんには止める権利がない。


 ここまでだった。

 唇を噛んで悔しさをあらわにするお兄さんの、そでを引っ張って、僕は呼び掛ける。


「お兄さん。ありがとう。

 ……トイレってどこ?帰る前に行っときたいな」


「……ついてきて」


 嘘だ。風呂の前にトイレは教えてもらっていた。意図を察したお兄さんが、僕と手を繋いで廊下に出る。


 が、後ろからついてくる人がいたので僕たちは止まった。振り返ると、やはりお父さんだった。僕たちが何を話すのか、やましい自覚があるから気になるのだろう。


「…………」


 少しの間、お兄さんはお父さんと向かい合っていた。

 何も会話はない。でも僕の手をいっそう強く握っている。離さないと伝えるように。


 僕は繋いだ手を見つめた。二人のにらみ合いに余計な視線を入れてはいけない気がしたのだ。

 だから「お兄さんがんばれ」って気持ちは、ぎゅっと握り返す手の強さに込めた。伝わっただろうか?


 お兄さんが口を開くより前に、お父さんは無言で部屋に戻った。二人はどんな顔で睨みあっていたのだろうか?僕には分からない。




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