挫折
打倒先生という目標が提示されてから一年が経過して、二人は八歳となった。日課として『感知』『操作』『強化』そして下積みとして毎日走り込みと筋トレと動体視力を鍛えるためのトレーニングを積むティア。
その結果ある程度の進歩は見られたのだ。具体的には感知は他人の存在をうっすらと感知できるようになり、操作で胸元の魔力を手元に二、三秒で運搬できるようになり、強化では自分で調整できるようになった。
だが、それ以上に攻撃が単調になっていった。
サラはともかくとして、ティアの戦闘センスは有体に言ってひどかった。なんせ、殴る蹴るしか攻撃手段にない。奇抜な動きで攪乱することはあるが、結局同じ攻撃手段なので対処は楽なのだ。
一応これでもセンス自体は磨かれている。なんせ、最初のほうは先生を本気で殴ることに抵抗を覚えていた。むしろ今まで教えてくれた先生を何の躊躇もなく殴れる方が異常だが、戦闘というのは良くも悪くも異常性が求められる。
そのため、ティアが本気で殴っても全くダメージを食らわない、ということを経験させたわけである。それはそれで彼に挫折を味あわせたわけだが、そのせいもあって単調的な動きしかしなくなった。
「魔力を一点に集中させることを極点と言いますが、あなたの攻撃はすべてそれです。当てる気満々すぎて簡単に読めます。もうちょっとどうにかしないと戦闘には使えませんよ」
というメルクの突っ込みが何度も来た。
ちなみにこれはサラも同じだ。彼女の場合は魔力の伸びがとんでもない。そのため、魔法弾を大量に作り弾幕攻撃を仕掛けていた。
が、結局本質的にはティアの脳筋行為と同じ。格下相手ならそれで十分だが、試験官相手にそんなシンプルな戦法が通じるはずもない。強いことは間違いないが、脳死で勝てるわけではないという理屈である。
おかげさまで二人とも順調に連敗記録を重ねていった。特にティアはすでに百回以上も負けている。それでもなお単調な動きが治らない。しかも自覚無し。
これは困った、なんて思ったメルクにある天啓が下った。だったら、強い人たちの戦闘を見せればよいじゃないかと。ついでに社会見学させれば効率よいじゃないかと。
「というわけで、来週二人には将来目指しているアバトワールへ社会見学に行きますよー」
こうして波乱ばかりの社会見学が幕を開けてしまったのだ。
「絶対にやってはいけないことを説明します。まずは二人に共通することですが、町の中では絶対に魔法を使ってはいけません。要するに暴れまわるような真似をするなということです。後は騒ぎを起こさないことに加えて……」
注意事項を垂れ流しながらうんうんと頷いている二人。こんな社会一般常識のことを町に向かいながら説明していたが、あまり聞いている様子はない。
確かにこの世界の常識についてティアは疎い。だからこそこのような説明を行うべきとは思っている。思っていても退屈で仕方なかった。この程度のことは転生知識で判断がつく。そんな退屈な説明を右から左へ聞いていると、一つ奇妙なことが聞こえた。
「後はこのフードを絶対に外さないこと。特にティアが外すと大騒ぎになります。人から外すように指示されたときは私が対応するので、繰り返しになりますが絶対外さないでください」
なんでだろう、という感想が湧いたもののあまり深く考えずに頷くことにした。もう聞き飽きていたからこれ以上深堀したくなかったというのが一番の理由である。
そんな不真面目少年ティアを含む一行は、ようやく町の門へとたどり着いた。
門からは割とスムーズに物事が進んだ。
三人の前に門番が現れ身元証明を行ったのだが、メルクが前に出て一言二言喋ると一瞬で終わり、すぐに中に入ることに成功した。
彼女曰く、「先に話を通していたからすぐにうまくいった」である。思い付きでありながら、なんだかんだいって話を通していたメルク。そして、二人に大きいバングルみたいなものを渡す。
「これは魔力を抑制するものです。これをつけることで魔力に制限がかかり破壊力のある魔法の使用ができなくなります。そうでもしなければ、町の人は安全に住めませんからね。きちんと他の人にも見えるように手首につけるように」
サラにも以前似たようなものをつけていたが、それの亜種だそう。これをつけることで、殺傷力のある魔法を使えなくしているそう。
三人がバングルをつけながら門を進むと視界が開ける。
そこには人よりも高い建物が数多く存在しており、中央には整備された大きな道があった。
そして見渡すばかりの女性。というか男性を全く見かけない。
その年齢もずいぶん偏っており、ティアと同年代ぐらいの少女はそれなりにいるが、メルクよりも年上の女性はほとんどいない。大人の女性は全員若く、十代か二十代しかいない。
メルクとサラはスタスタと冒険者ギルドへ歩くが、ティアはキョロキョロ見渡していた。若い女性ばかりで正直自分が場違いではないか、なんて思ったからである。どうして若い女性ばかりなのかなんて聞くと、
「どうして……? ああ、ティアは老人とかも見たことあるのですね。そうですね……人は若い方が身体能力や判断能力が優れているからですかね?」
そんな答えにならない返答だった。実際のところは肌や筋肉などがいつまでも全盛期のまま保たれるという、女性待望の魔法を町民全員が使っているからである。
人間は若い時のほうが確実にできることが多い。壮年になった方が思慮深くなるとは言われるが、それは経験の話であって身体能力とは違う。
要するに人は戻れるなら戻りたいと思う生き物である。
そんな原理不明の魔法に想いを馳せていると、いつのまにか今回の主目的である建物へたどり着いていた。ここらの建物の中でも一番大きく目立つ建物であるが、メルクがお構いなしに入りサラもすぐ後ろについていったため、それに続く。
中は人が多い……が、やはり女性だらけである。唯一違うのはちらほらと男性がいるところ。その光景を見て、ようやく窮屈な気分から解放された、なんて思ったティアだったが二人がどんどん先に進むためそれについていく。
その先には男性の職員が一人いて、お辞儀の後に二人へ笑顔を向けた。そして一言二言交わすとメルクが出ていく。それに困惑するティアだったが、隣のサラが着席したためそれに続いて着席した。
そして前に立った男性がフレンドリーな感じで話を進める。八歳の子供を諭すような喋り方である。
「二人は対魔獣組織について興味があると聞いたので、それについて話すね。この世界には魔獣がたくさんいる。どこから生まれてくるのかわからない。そいつらから人を守る、あるいは調べるためにアバトワールという団体があるんだ。
アバトワールでは対魔獣に特化した団体だ。武器のサポートはもちろん、難しい魔法の訓練もできる。あとは強い人たちがたくさんいる。そんな人たちが切磋琢磨しているよ。後は……ここに入ることでお金とかも手に入るよ」
そこまでの説明を受けて、ようやくティアは先生の説明に納得がいった。この魔獣討伐組織に所属することが自分の能力を結果的に高められる。さらにお金も手に入る。
なんせ、いつまでもメルクのお世話になるつもりはなかった。別に今の生活が嫌だ、というわけではないが、自立できるならそれに越したこともない。
あくまで自分の身分はお邪魔しているだけ、という意識があるからなおさらである。
「そんな団体だけど、残念ながら誰もが入れるわけじゃない。魔法師ギルドのEランク認定が必要になる。これは魔法師ギルドが運営している初等学校を卒業するか、Eランク相当の実力が認められる必要がある」
魔法師にはE~Aのランク分けがされている。このランクについては要するに魔法が上手い順にランク付けしたものである。そのうちEが最も低い。
そのEランクの基準は基礎魔法をすべて実戦的に使えるようになること。
ここら辺はメルクが提示した条件と同じだ。
だからこそ、卒業試験なんてものを出したわけである。
「もし学校に入らずEランク認定がほしい場合、エリートコース認定試験というものに挑戦する必要がある。多分君たちが狙っているのがこれだね。
このコースに合格すると魔法師ランクのE相当の力があるとみなされ、すぐにアバトワールに所属できる。このコースは君たちが目指していると聞いたよ」
このコース認定試験というのは、十歳未満の子供を対象にしている。十歳以上の子供は全員学校に通うことになっているからだ。そして一度学校に通うと、すぐ卒業できない。いろいろカリキュラムがあるため、それらを満たす必要があるからだ。
つまり、手っ取り早くアバトワールに所属したいのならエリートコース認定試験に入る必要がある。実際は所属しても新入社員扱いのため、すぐに仕事をさせてもらえるわけではないが、少なくとも強者には出会える。それだけでもメリットは大きい。
その後もエリートコース認定試験について話が続いたわけだが、その中で重要な話があった。それはこの認定試験も誰もが受けられるわけではないこと。理由は単純でアバトワールにも人的リソースに限りがあるからだ。
そのため、同じくアバトワールに所属している人……それもBランク以上という組織の中でもエリートと言われる人から推薦をもらう必要がある。
その推薦をもらった人たちが受験するのがエリートコースだ。
つまり、受験者だけでもエリートばかりである。
それも当然で、十歳未満の子供に十五歳の子供と同じ課題に取り組ませるわけだ。推薦をクリアしたということはそれだけでも相当の実力を持つ。
だからこそメルクも厳しく指導しているわけだ。
自分の名を使って推薦する以上、推薦された人がしょぼくては名が廃る。高ランクの人ほど、他人に指導する機会が増えることもあるため尚更だ。
その後もエリートコース認定試験について話が続くが、この話を聞くにつれ二人の心はまとまっていった。絶対メルクを倒せて見せると。
説明が終わると、その男性職員はティアに話しかけた。
この後で特別に話したいことがあるから待っていてくれ、と言うことで教室に待機する。サラが怪訝そうな顔をしていたが退出すると再び授業が始まった。
「ティア君は確か男性しかいない村の出身だとメルクさんから聞いているけど、間違いないかな?」
「!? ……はい、そうです」
「教えてくれてありがとう。じゃあ、この世界の男性事情について教えよう」
そうして二人の個別授業が始まった。本来なら、男性がどんな立ち位置にいるかというのは情操教育……というより性教育の時間ですぐ習うことだ。幼い子供に刷り込んだ方が理解させやすいからだ。
だがティアの場合はその教育の機会を失ってしまった。厳密にいえば教育自体は途中までされたが、ティアがその価値観を拒んだせいで身についていない。
どちらにせよ今回話してほしいと頼まれたわけである。
「まず、この世界は男性よりも女性のほうが多い。そして、男性は魔力が少ない。この二点はいいかな?」
それは知っているとティアはこくんと頷く。
どちらも座学のほうで習った。その理由は千年以上前の魔獣戦争が原因ということまで。
何でも、まだ魔法が使えなかった時代に魔法が使える獣が現れたそうな。そんな獣を倒すため当時強かったとされる男性が投入されたが、ことごとくやられてしまった結果男女比が崩れてしまったと聞いている。
「その影響で子孫を残すことにも問題が出てきたんだ。男性のほうが少ないから、産める子供の数はどうしても限られてしまうことだよ」
それは初耳だったといわんばかりに顔を歪めた。
ただ、言われてみると当たり前の話だ。子孫を作るには男と女のつがいが一組以上必要である。ならば、男性の数のほうが少なければ産める人数は少なくなる。
そこまで考えたところで一つの疑問点が浮かぶ。
男性側が少なくとも、多くのつがいを作ってしまえば問題ないんじゃないか。
つまり、一人の男性が複数の女性とペアになれば子孫の問題は解決できるのではないか。
それについて質問したところ、良く思いついたね、と言わんばかりのひきつった笑みを男性職員が見せる。子供のくせにそんな発想ができることに驚いていたからだ。
「確かにそうだけど、それができるのはごくごく一部なんだ。具体的にはノーブルと呼ばれる男性だけだ。他には約一年に一回しかそういうことができない人はコモナー、そして一生に数回しかできない人をスレイブと呼んでいる。
どうしてこんなランク付けがあるかというと魔力だ。子供を残すのに魔力が必要になるからだ」
子供を残す、と言葉を濁したが要は生殖行為において男性側は魔力を必要とする。しかし、男性は魔力が少ない人が多い。この二つが何を意味するか。
つまり、魔力が少ないスレイブは数回行為を行っただけで死ぬ人が出てしまうということだ。そして世の中その人が男性の半分を占める。そんな状況下で放置しては治安が保てるはずもない。
だからこそ、男性を保護するような状況に動いた。男性だけの村、というのができたのもそれが理由だ。結婚さえままならないのもそれが原因だ。
そして男性職員はつらそうに顔を歪めたが、すぐにきりっとした顔にしてティアに説明する。これは自分が言わなければならないとでも思ったのだろうか。
「そんな世の中だからこそ言っておきたいことがある。君の魔力はどれだけ見積もってもスレイブレベルだ。ティア君がこれからどれだけ頑張っても、Eランクが限界だろう。
キツイことを言うが、魔法師ギルドが君をエリートコースに合格させることはないと考えた方がいい。……悪いが僕が伝えたいことは以上だ」
その一言はティアの心を揺るがすには十分だった。ティアはロビーで待つよう言われたこともあり、そちらへ移動するしかなかった。
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