ワールドトランス~魔力が少ない男に転生しましたが、弱い男性は家畜扱いされるので強くなってみせます~

タバサックス

異物

輪郭がぼやけた光景、焦点の合わない対象。意のままに動かない体。

これはいつもの夢であるということをティアは理解した。


辺りの光景を見るとゴテゴテと飾りのある何かが見えたが、それが何かはわからない。これはたぶん赤ん坊だから見えない。だが、見覚えの無い風景ばかりだ。


なんて思っていると男性が近づいてきた。浮遊感を覚えるが、すぐに暖かいものに包まれたような気がする。見覚えの無い男性のはずなのになぜか、感覚は据え置きなのか、と思っていると急に近くの壁が爆発する。


そちらを見ようとするが、男性が急に動き出した。衝撃に身を当てられ瞼が徐々に重くなっていく。


その瞬間ティアは目が覚めた。

彼の目に映る光景は本物であり、きちんと目に見えたものを脳で処理できる。

自部むき出しの木やボロボロの扉。これは間違いなく自分の家だ。


自らの身体も夢よりは大きく、黒色の短髪や大きな黒い瞳、そして五歳児にしてはやや小柄の身体と自分の特長を踏まえている。そのように身だしなみを確認していると大人の男性特有の低い声が聞こえる。


「ティア、おはよう。ご飯の準備をするぞ」


呼び出されたティアは、台所へ向かいご飯の準備を始めるのであった。食卓に並ぶのはパンと野菜がわずかに入ったスープ。その量はどれも少なく、子供のティアをもってしても、お腹いっぱいにならない程度。同居人で、そして親代わりのソロンにとってはとてもではないが足りない。


「ねえ、ソロン。俺のも……」


「ティア。俺はこれだけで十分だ。さ、早く食べなさい」


ティアが話すよりも早く応答する。このやり取りもすでに何回も繰り返されているが、そのすべてが断られていた。その代わりにソロンはいつものごとく、例の話を始める。


「いいか、ティア。今は貧しく満足のいく生活が送れないかもしれない。だが我慢すれば、白馬の王女様が訪れる。お前は気立てもよく、努力家だ。きっとティアのことを気に入ってくれるさ」


「はいはい、わかったよ。その王子様に会えるように頑張りますって」


そんなため口をつきながらご飯を食べ終え、片づけをさっさと済ます。

そして外行きの少し良い服……といっても、あまり染色されていない服であるが、を着て学校へ向かうのであった。


ティアが外に出ても見える光景は田園であった。たくさんの田んぼに細いあぜ道。朝早くにも拘らず、すでに農作業を始めている人も多い。そんな道をとぼとぼと歩いていると肩をたたかれた。そちらを見ると茶髪の少年二人がその場にいた。


「おっす、おはよう」

「おはよう~」


「ああ、おはよう。カタ、キタ」


あいさつの後三人で登校を始めた。田舎の村ということもあり、話題は基本的に外部からの訪問者などの話だ。


「そういえばさ、コラさんがでかい商家に婿入りしたってよ」


「ええ~いいな~。僕も偉い人に婿入りしたいな~」


「ばっかろう、男ならもっとでかい夢を目指さないか!」


今日の内容は誰が結婚したかという話。そういう話は毎回出てくるため、飽き飽きであったがでっかい夢とカタが言ったためティアは興味を示した。だがその興味は当てが外れる。


「そりゃあ、この村に来るご令嬢に迎えに来てもらうことだろ!」


そんなあほみたいな返事だったため、ティアはずっこけそうになった。なおキタはそんなカタに対し「おお~すごい~」と目をぱちぱちしながらほめている。その後も理想が他人に頼りっぱなしである二人の話を聞いて、いたたまれなくなったティアはつい突っ込みを入れてしまった。


「あのな……そもそも、婿入りとか、射止められるかじゃなくて、自分の手で強くなろうとか、自分でお嫁さんを見つけるとかないの?」


ティアがそのように聞くと、二人とも一瞬何を言われたのか理解できない顔をした後、本気で心配したような顔になる。


「おい……どうした、急に? 体調でも悪いのか?」

「無理してる~?」


「……ごめん。変なことを言った」


二人の真面目な態度に関して、自分の意見をこれ以上主張する気にもなれずそのように話を打ち切るしかなかった。このようなことをティアは親代わりのソロンにも何回も言ったことがあるが、窘められるか不謹慎だといわれて怒られるかの二択であった。


つい漏らしてしまった言葉に後悔を覚えながら歩いていると学校についた。そこで洗濯のやり方やら料理のやり方やらを午前中で習う。午後は畑仕事や牧畜業について実践するという学業よりも実践を重んじていた。


午後の授業中ティアがふと目を向けると、自分達とは明らかに装飾が異なる服を着た女性たちを遠い場所で発見した。その彼女たちがとんでもない速度で走っており、遠くからでも土煙が見えるほどであった。そのことを他の人に聞くと、


「ああ、あの人は魔法師様だな。村に唯一在住している女性の人で、村を魔獣から守ってくれているんだぞ。基本的に俺たちには関係ない話だがな」


「まあでも、たまにあの勇姿を見れるもんだからそれだけで充分だろ」


と先生たちで盛り上がるところにティアがサラに質問をぶつける。なぜならその方向はいつも魔獣がいるといわれている山のほうではなく、村の出口に向かって走っているからだ。そんな質問をしても先生たちは態度を崩さない。


「村の出口から魔獣でも現れたんじゃないか? でも、あの人たちが守ってくれるなら安心だ。俺たちはそんなこと気にしてもどうしようもないから、畑を耕すぞ」


ティアが夢中で作業を続けていると陽が落ち始め、空も赤くなってきた。

ようやく仕事も終わり生徒たちも帰るわけだが、そこにソロンが迎えに来る。


「今日もお疲れ様、ティア。それじゃあ行くぞ」


そういいながら、夕日が良く見える丘へと向かう。ティアが勉強という名の労働が終わるといつもその場所へと行く。丘の上には、赤い太陽が地平線へと沈む光景が輝いていた。太陽の光が地面に反射して、普段は輝くはずもない地面や家が心なしか輝いているように見える。

日常の中にある非日常としてティアはこの光景が好きだった。


「なあティア。お前の夢は何だ?」


「俺の夢……それは、ここから外に出て強くなること……かな」


「それはなぜだ?」


なぜ。そう聞かれて彼はすぐに答えられなかった。


彼の身に起きた現象を一言で言えば転生したといえる。ただし、細かい記憶はすべて彼の頭から消えていることを除けば。例えば家族がどうこうや、友達がいたか、そもそも転生前は何をしていたかということも覚えていない。その一方で、転生ものと呼ばれる作品を読んだことやその大まかな内容はなぜか覚えている。


実質、異世界人の知識をその世界の子供に注入したというのが最もしっくりくる説明と言える。現にティアもそのような認識で過ごしている。


それもあり物心ついた時から違和感しかなかった。この世界では価値観が異なる。なんせ、女性が戦う存在であり、男性は家族や子供を守ることが主流である。一番びっくりしたことは、男性は女性にすべて任せることが当たり前ということ。


その中で自分に染みついているものを押し出すと今日のように心配されるか引かれてしまう。これをソロンに相談できない。引かれるだけならまだしも、異端の子扱いされかねないから。そのため見も知らずの人たちのグループにポツンといる異物感しかティアにはない。


この正体不明の知識に対しティアは馬鹿になることで対処した。つまり、考えることを止めた。できる限りこの知識を用いず、この世界の常識を理解することに意識して努めた。異世界の価値観とこの世界の価値観のすり合わせである。良く発狂しなかったものだ。


だが、どれだけこの世界の常識を身に着けようとも、むしろ身に着けるほどに違和感が大きくなる。その結果、彼の価値観とこの世界の常識の折り合いをつけた。それが強くなるという目標である。


「それは……自分の手で未来を切り開くために強くなるべきだ。ソロンは「いいお嬢様が現れる」といった。だけど、俺からすると現れるかどうかわからない人を待つよりも、自分の手でお嫁さんを探した方が納得できる。だからこそ、強くなりたい」


幸いかどうかはともかく、この世界は安全な世界ではなく獣が多くいる世界だと聞いたティア。ならば、獣を倒せるほど強くなるというのは異世界の中では比較的まともな思考回路であり、そしてティアの持つ価値観にも沿った考え方だ。だからこそこれを全面的に出したわけだ。


とはいえ、師匠の当てもなく具体性のない目標にすぎない。実際、ティアもいずれ強い人に逢えたらいいなぁ……という思考しか持っていない。要するに現実逃避のために何かの目標を立てたというだけである。ソロンはそれを見抜けず感心した顔になったため、一定の効果はあっただろうが。


「なるほど……お前の言いたいこともわからなくはない。まるで魔法師の考え方だけどな」


いつもは窘めるか怒るかのソロンは、今回は神妙な顔でティアの話を聞いていた。その様子を訝しむティアへ向けて腰のポケットから種を取り出す。


「ティア、これはお前が朝食べた野菜の種だ。最初この村では野菜なんてものは作れなかった。だが、俺たちはここから努力を始めた。何に使う強さかは違うが、その本質は同じだ。努力して自分たちがもっと豊かな暮らしができるようにしている。だから、もう一度考えてみてくれ」


そんなややずれている会話をするソロン。ティアの言う「強くなりたい」というのは身体面に関連した話であり、ソロンの言う「強くなる」は自分でしっかり未来を切り開けるようになる人という意味で捉えている。厳密にいえばソロンの方がより広義であるが、ティアには通じていない。


彼は前世の知識はあるが、前世の記憶がない以上変な知識を持つ五歳児以上の何物でもない。要するに精神は未熟だということ。だからこそティアとソロンの会話のずれも起きてしまう。


この部分を説明すべきかと思ったティアだったが、急にカーンカーンと鐘が鳴り響く音がする。ソロンとともにその方向を向くと、鐘を鳴らしている人が見えた。その様子を怪訝に思い丘の上からあたりを見わたすと……四足歩行の化け物が、群れを形成して村の中に侵入していた。


「魔獣だ、急いで村から離れるぞ! さあ、早く」


――――――


ソロンはティアを背負ってから今の山を下り始めていた。いつもならそのように甘やかさずに歩かせるが、今回は緊急事態であり自分で走ったほうが速いとソロンは判断した。


「ソロン! 魔獣って……」


「話はあとだ! ここにいては逃げ場がなく魔獣に囲まれるかもしれん! 今はとにかく走るからつかまれ!」


有無を言わさぬ口調のソロンに黙るティア。

そうして彼は走ることに専念するが、ソロンの走る速度は異常に速い。なんせ、少し遠くの場所にある木を一瞬で走り抜ける。しかも、ティアを背負っているという条件である。


最初こそ周りの光景の移り変わりに気を取られていたティア。だが先ほど自分たちが耕していた田んぼの地域になるとその光景にくぎ付けになる。魔獣に荒らされたのか、植えた種がすべて掘り返され、必死に用意した肥料がすべて台無しになっている。ティアは思わずソロンの服を強くつかんでいた。


彼が何も考えないように目を下に向けた時、遠くの茂みからガサガサという音が聞こえた。その音にソロンも反応したのか走る足を緩める。その瞬間、がさっという音ともに小さい何かが目の前に現れた。そこにはカタと少し後ろに追いかけている小型の四足歩行の獣。だが子供のカタよりずっと大きい。


「ソロン、カタが襲われている! 助けなきゃ!」


「だから、助けるだけの余裕は……」


「じゃあ、見捨てるのか!? だったら、俺一人で助けに行く!」


そういうや否や、無理やり背中から降りた後に魔獣のほうへ向かうティア。だが、その瞬間にカタのほうへ向いていた魔獣が彼のほうへ振り向き、ティアへ近づきながら爪を向ける。いきなり攻撃を仕掛けられたティアはパニックなってしまった。


よくよく考えると、手元に武器もなくどうやって助けるつもりだったのか。まさか自分より大きな獣相手へ殴っただけで倒せるとは思えない。自分が実際に襲われて、その思考へたどり着いたティア。だが、そこに至るのに何秒も遅い。


避けるべきだ、と脳はわかっているだろうが全く動かないティア。せめてもの抵抗なのか、手を前に出し目をつぶっていると獣の悲鳴が聞こえてきた。恐る恐る目を開けると……目の前の獣は不透明な白い剣のようなものに突き刺されていた。


「くそ……こんなところで使っちまった。大丈夫か、ティア?」


「う、うん。ありがとう、ソロン。カタ、大丈夫?」


「あ、ああ」


「ティアの友達か……すまないが、いったんここで休憩だ」



そして、三人は石に座り休憩を始めることとなった。シンとした空気の中、カタがぽつりぽつりとこれまでの状況を話し出す。


「俺がキタと一緒に帰っている途中……急に鐘の音が聞こえて……急いで親と合流しようとしたら、魔獣が目の前に現れて……そこでキタが俺をかばって」


「……そうか、つらかったな。もう大丈夫だ。なあ、ソロン」


ティアがそういってソロンを見るが、彼は呼吸が粗く返答するのも精いっぱいな様相だった。何とか返答を絞り出すが、


「すまない……ちょっと休憩させてくれ……体力が持たない」


この一点張りである。先ほどティアを背負ったときには全く呼吸が乱れていなかったにもかかわらず、先ほどの光の剣を出した時には全力疾走したがごとく疲労している。まるで意味が解らなかったティアだが、ソロンの言う通り黙って待つことにする。


ふと、ティアは自分たちの進む道を観察していると奇妙な点が見つかった。自分たちの進路方向には、魔獣が通ったと思われる足跡が増えてきている。その足跡の向きも進路方向と逆。

これを大分呼吸が整ってきたソロンに相談すると目を丸くした。


「クソッ、道理で……二人とも。逃げる方向を変えるぞ」


急いで指示を変え、今いる交差点から右に進むと宣言した。そちらに進んでも村の出口ではなく西側。ただ山しかなく、人の交通もない。ティアがそれを指摘するが、ソロンの返答はとんでもないものだった。


「……これは予想だが、村の出口から魔獣が来ている可能性が高い」


本来、魔獣は村の北側に生息している。今回の襲撃も村の北側からやってきたものだと三人は思っていた。だからこそ彼らは村の南側を目指して走っていた。しかし実際の状況は逆で、村の南側から魔獣が来ている、とソロンは判断した。


そうなると出口に魔獣がいる可能性の方が高い。そして、現在戦闘がまともにできるのはソロンただ一人。お荷物の子供二人を抱えての突破は非常に難しいといわざるを得ない。よって、ソロンはあえて出口とは別の方向を指示した。そちらに逃げて避難したほうがまだ助かる可能性は高いと思われたから。


それに納得したティアだったが、どうしてこんな状況に……と考え始めた所にグゥゥという唸り声が聞こえたため中断した。結果的にその中段は正しかった。



その方向を見ると、村の北側から自らの身体よりもずっと大きな巨体をした四足方向の怪物が遠方にたたずんでいた。目は鋭く歯にはすでに赤く染まっている。体も黒かったが漆黒ではなく、血によるにじんだ赤を含む黒色。


ティアは本能で理解する。

こいつと歯向かっては死ぬと。

今回は認知してから判断が速く、それに伴い実行も速かった。


その場にいる誰よりも素早く体を起こし足が動かす。その方向は先ほどソロンが逃げるといっていた先。他人を慮る理性なんて、本能にはあらがえない。大分走ったと思ったときに、足が重く感じられてきた。


だが、筋肉が悲鳴を上げることも今は理性の一つにカウントされていた。ゆえにそれを本能で押さえつける。体内に酸素が足りなくなったのか、大きく深く呼吸をするティア。いつのまにか筋肉が軽くなったと感じてきたティアだったが、その理由も考えることなく走り続ける。


遅れて二人ともティアへついていく。ソロンはあっさりとティアを追い抜くが、カタは徐々に二人との距離が空いていく。遅れて走り始めた魔獣だが、その距離を詰めていく。奴は完全に狩るものとして三人を見ており、その追う足はゆったりとしたもので、焦っている様子はない。むしろ遊んでいるようとすら言える。


カタはすでに呼吸が荒く限界を迎えている。足がもつれ始めついに転んでしまった。その音を聞き、反射的に後ろを振り向くティア。そんなカタを見て急いで戻り彼へ手を伸ばす。それを見たカタも助かったといわんばかりに手を向けた。


そして、お互いの手をつかんだ瞬間……


ティアの身体に何かが入り込む。

その入り込んだものによって、疲れた体に浸透し力がみなぎってきた。だが、先ほどの手が離れていた。それを奇妙に思いカタのほうを見ると……




カタは地面に倒れうずくまっていた。

ヒューヒューと甲高い呼吸音を幾度も鳴らし、息をしようとしているが体が起きることはない。

ティアは彼の様子を見ても理解を拒んでしまう。その結果、二人とも足を止めることとなる。


そんなティアを見たのかソロンが急ぎ戻り、彼の身体を腕で支えながら走り始めた。後ろから追ってきた魔獣は倒れているカタに目を向けていたが、すぐにティアのほうへ向き、彼らを追い始める。


その姿をボッーと見ているティアだったが、今まで来た道に魔獣が数えきれないほど沸いている。その足取りはカタのほうへ向かっている。そしてティアにはカタが呼びかける声が聞こえてしまった。


「ソロン、とまって! カタが、俺の友達が食われている! 早く助けないと!」


「……ぃぃ!」


「ソロン!」


「うるさい、黙っていろ!」


ぜぇぜぇ言いながらもソロンはティアのことを運ぶ。何回も角を曲がり、普段入らない山道も駆使して魔獣をうまく撒く。後ろに魔獣がいなくなったことを確認したソロンはティアを地面に降ろし、自身は石に座った。


運ばれたティアもそれなりに疲労を覚えていたが、すぐに回復するとソロンへ近づく。彼はまだ呼吸が荒く、俯きながら必死に呼吸をして空気を補給している。失った体力が戻っていないソロンだが、今のティアにいたわる余裕がなかった。


「ソロン! どうして、どうしてカタを置いていった! 後ろから、大量の魔獣がやってきたのに」


「……そんな……こと、俺にもわかっているよ……」


「だったら!」


そこまでティアが言いかけた時、今までたまりにたまったものを爆発するがごとくソロンは強い言葉をティアにぶつける。


「仕方ないだろ! 俺は強くなく、ティアを助けるだけで精いっぱいだったんだ!

もしお前の言う通りに助けに入っていたら、全員殺されて食われるところだった! ティアとその友人の命が天秤にかかっているなら、俺は迷わずティアを選ぶ!」


ソロンの反論は子供相手に大人げないものであったが、現実と理想の衝突の末に出した結論だった。

今の自分が持つ能力ではティア以外に助ける余裕はない。たまたまティアの友人が目の前を通り、ティアが助けに入ったから成り行きで助けたが、ソロンからするとその気がなかったというのが現実。


そんな身勝手な、とティアは言いたくなったがすぐに口をつぐんだ。自分は何もしていないのに、人に怒ることができるほど偉い人物なのか。この場において力なきものに権利はない。後悔だけが染みつくティアだったが、後ろから獣の声が聞こえたため思考を再び中断する。


「ここには魔獣はいないはずなのに……畜生!」


ソロンが悪態をつきながら立ち上がり、複数の獣と相対する。茶色の毛をした獣はソロンを優に超える体格を持つ。先ほど追いかけられた獣と比べても遜色なく、しかも今回は消耗している。とてもではないがティアを運ぶことはできないと判断したソロンは案をひねり出す。


「ティア、頼みがある」


「え、な、何?」


「今の俺じゃこいつを倒せないし撒くこともできない。だから、俺が時間を稼ぐ。

その間にお前はこの道を進んだ先にある小屋から武器を取ってきてくれ」


ティアはこの作戦の本質を見抜いてしまった。これ以上逃げるのは厳しいから、ソロンが囮になって引き付けるものだと。嫌だ、と抵抗しようとしたティアだが口も足も動かない。そんな姿を見たソロンは怒鳴りつけるように言う。


「早くいけ! お前がじっとしていると生存率は下がる! お前だって戦いたいだろう! 武器さえあればお前だって戦える」


その言葉からティアは足を動かさざるを得なかった。

今まで自分が役に立ってこなかったこと、そして合理的な意見という二方向の攻めに彼は陥落した。そして急勾配の坂道をひたすら上っていく。


走ったばかりで体力は回復してなかったが、呼吸をすればするほど楽に走れると経験したティア。たとえつらくとも浅い呼吸をせずできる限り深呼吸を意識していた。


だがそれにも限界はある。徐々に痛みのほうが強くなる。それでもやめない。やめられない。足を止めるよりも動かしていた方が、まだ気が楽だったから。何分何秒走ったのか覚えていないとき、ようやく小屋が見え始める。しかし、目の前に何か別のものがいた。

近づくとそこには……



茶色い羽根に黒い瞳。

その黒い口に紅い跡と肉がついた、ティアと同じくらいの大きさである鳥が小屋の前で肉をむさぼっていた。

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