第39話 怪童に寄せた悪童

「せん、ぱぁい…………っ」


 迷宮へ入るための虹色の入口から手が伸びていた――やはり、リッカだったか。


 彼女に掴まれ、俺は迷宮へと引きずり込まれた。いきたい場所へいけるかどうか分からない不便さがあるのが迷宮だが、今回はギミックのおかげで、なんとか合流できたらしい――。


 まさかピンチのど真ん中だとは想像していなかったが、まあ、切羽詰まっていないと、俺を引き寄せるほどのイメージができるわけでもないだろう。


 リッカなら、俺を頼るよりも先に自分の力でどうにかできそうだが、それは単純な腕力や戦闘力だけを考えればの話だ。

 ……自慢ではないが、リッカの中での俺への信頼度はかなり高いと言える。……好きだ、とまで言ってくれたのだから、恋愛感情もあるし、そうでなくとも神童として彼女のペアを務めてきたのだ――どれだけあいつに指示を出したと思ってる。


 危機的状況で俺を頼るのは納得できた。


 ――ただ、もしも視覚が取り戻せるゴーグルがなければ、俺はきっと、この場にいてもなにもできなかっただろう……。

 助けるどころか、迫りくるドラゴンをさらに強化してしまっていただろうな……――ヒーローが参上して場を悪化させてどうする。


 だが、今の俺には迷宮の内部がよく見えている。

 これまで見えていなかったドラゴンの姿も、くっきりと……。ゴーグルの性能の限界なのか、さすがに細かい色までは分からないが、色のあるなしは大差にはならない。


 ドラゴンの色が黒だろうと赤だろうと、脅威が変わるわけではないし、感じる恐怖が増えるわけでも減るわけでもない――相手の形さえ分かれば、俺にとっては未知ではなくなる。


 そして、全体像を把握してしまえば、物理的で具体的な攻撃手段が実行不可能だったとしても、ギミックによる曖昧なイメージによる奇襲が成立するなら、俺の土俵だ。


 イメージによって対象の戦力が増減する。


 つまり、手を使わず相手を掌握できるってことだろう?



「まず、翼を大きくしてやろうか。ドラゴンの戦力を削る方向でもできると思うが、マイナスへ寄った方が、他人の想像と拮抗しなくなる。

 翼が大きくなることは、俺たちにとってはマイナスであり、ドラゴンにとってはプラスになる戦力強化だしな――」


「おいッ! 敵を強化してどうす、」


「ドラゴンが移動できる広さはあるが、だが、結構ギリギリだろ。翼が大きくなれば、さすがに壁、天井に引っ掛かるはずだ――

 翼だけでなく図体をでかくすれば、こっちがなにもしなくとも相手は勝手に迷宮内部で拘束されるんじゃないか?」


 さすがに内部崩壊が起きそうなのでしないが。


 翼を大きくし、左右の壁に引っ掛かるくらいであれば、迷宮も耐えるだろう……、後続にいるドラゴンが引っ掛かったドラゴンに突っ込めば、そのまま玉突き事故が発生する。


 その隙に俺たちは距離を取り、脱出するか、迎え撃つかを決め、対策を講じればいい――。


 迷宮最大の脅威は闇であり、


 怪物自体を相手にすることは、そう難しいことではない。


 もちろん、どうしようもない状況があれば、想像もできないような怪物が突然、目の前に現れたりもするし……、

 そうなればパニックになってしまうだろう……が、今回の敵は面が割れている。


 何度も遭遇したし、情報も出揃った相手だ。


 初見ではない。未知ではない。情報は刃以上の武器である。


 それがあれば――、環境を利用すれば、対処できない相手じゃない。


 はっきり、言葉にしておこう。


 じゃねえと、俺以外に不安が残るだろうからな。


「この怪物は、脅威じゃねえよ」



 後方で玉突き事故を起こしているドラゴンを見もせずに、俺たちは脱出を目指す。立ち止まっていれば追いつかれるだろう――足止めをしただけで、撃退したわけではないのだ。


「先輩――せんぱいせんぱいせんぱいっっ!!」


「うるせえ暑苦しい近づくなっ! 走りづらいだろうが!!」


 リッカは抱えていた少年を横にいた少女に放り投げていた。

 どんな関係なのかは知らないが、その扱いはあんまりなんじゃないか……?


 それも気になるが、それ以上に気になるのは、銀髪の少女だ……、俺のことを睨みつけているが、俺がなにかしたか……? 余計なことをするな、とでも言いたげだが。


 あのドラゴンくらい、対処できた、という自信でもあったのだろうか。


「あれ? 先輩、この子のこと知りません? 一度、会っているはずですよ?」


 一度、会っている……?

 悪いが、覚えてねえな。見覚えがねえ。


「だろうな」


 と、見覚えはないが、しかし聞き覚えがあった声である。


 乱暴な口調だ、そして、少女とは思えない言葉遣い……――そう言えば。


 確かに会ったことがある。

 正体不明の、迷宮にいた、少女――。


「そうそう、その子ですよ……サクラです」

「いや、名前までは知らねえよ」

「さっき、あたしが名付けたんですよ!」


「じゃあ俺が知るわけねえじゃねえか!

 俺とはぐれた後につけたんじゃないのか!? それを俺が言い当てられるとでも!?」


 なんで『サクラ』? と思ったが、リッカのことだ、おおかた好きな言葉を付けただけなのだろう……、それが悪いとは言わないが、相手の意見も聞いてやれ。


 名付けられた彼女が、『サクラ』に納得しているとは言い難い。


「いいよ、別に。番号で呼ばれるよりはマシだ」


「ふうん……番号で呼ばれるような環境にいたのか」


 迷宮内でゴーグルもなく、視界を持っているのだ、普通じゃない。

 怪物でなければ、彼女は恐らく、改造された人間ということになる。

 番号で呼ばれる施設にいた――人体実験?


 そういう実験がおこなわれていることは発表されていなかったはずだ……まあ当たり前だよな、発表すれば非難を浴びることは確実だ。


 だから水面下で秘匿し、進められていた計画だった――。


 迷宮内で、人間が地上と同じように行動できるための実験……。


 実験体が一人なわけがないので、恐らくは多数いた中の一人……、それが彼女か。


「ま、どうでもいいか」


「ああ、今更、オレに構っても意味ねえよ。

 偽善でオレの手を取ろうとしたらその指、へし折ってたところだ――命拾いしたな」


「実験過程がどうあれ、迷宮内で視界を得られたのなら、とんとんに見えるけどな。

 このアドバンテージは大きな価値がある……お前の立場も国内では高い方だろ」


「それがそうでもねえんだよなあ……」


 と、少女はバカにしたように溜息を吐いた。


 ……周回遅れの俺を見下すように。


「地上に出たらオレは死ぬ。急激な光を取り込み、視界は潰され、迷宮に合わせて作り変えられた細胞が殺されていくんだ……、あっという間に灰になるだろうぜ。

 そうやって死んでいった知り合いを何人も知ってる」


「…………」


「この体は迷宮に合わせて作られてんだよ。――この体になったら最後、オレは迷宮で生き続けることしかできなくなる……。それでも良ければ同じ体になってみればいい。

 地獄と取るか天国と取るか、オマエ次第だ……、闇を見て光を見れなくなる――オレとオマエの位置が入れ替わっただけ、とも言えるな」


「いや、それは違うだろ」


 俺とお前の位置が似ている? 入れ替えたら同じだと? そんなわけがねえ。俺にはリッカがいる……、リッカだけじゃねえ、ステラも、他の知り合いも――人間がそこにいる。


 だが、迷宮は? 怪物しかいねえじゃねえか。

 その怪物たちはお前を仲間だと認知し、助けてくれるのか? いいや、敵として、餌として、捕食しようとしてくるはずだ。

 安全地帯であるはずの自身の生息地が敵の縄張りであることを考えれば、同じじゃねえ――。


 お前の方が、過酷な環境だ。


 …………、


 秘策。


 ピンチになったら使えと渡された、まだ解明されていない秘宝の中身。


 技術――。


 未来のステラが、まだ解明できていないと言っていたのだ……、つまり、成功者である彼女は、さらに未来からきた、のか……?


 俺はポケットを探り、いざという時に出すつもりだったそれを今、取り出す。


「丸薬、SAB――」


「ッッ、オマエ、なんでそれを――」


「勘違いすんなよ、俺がお前を実験体にした関係者じゃねえ。この丸薬についてはなんにも知らず、ただ渡されただけだ――秘策、と言われてな。

 命が惜しければ食えと言われた――もしもこれを食えば、お前みたいに、迷宮内で視覚が使えるようになるどころか――リッカと同じような、怪童の怪力を得ることもできるのか?」

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