第21話 共有される少女
ゲームのようだ、と思えば、上手い子が一人くらいいるかもしれないが、重要なのはそこじゃない。操り、現場を見て、聞いたものを判断し、どう仲間に伝え、解決するかだ――。
ただ操作するだけのラジコン扱いなら、子供でもできる……。だが、仲間の命を背負い、生きて迷宮から連れ戻すための指示を飛ばす覚悟は、子供には持てないものだろう。
命を背負う覚悟と操作技術の両方を持つ子供を見つけるのは、ここから脱出するくらいに難しいはずだ。
『……覚悟があっても、未成年というだけでこっちは堪えられませんから』
「堪えられない? ……あぁ、そういうことか。ただ操作しているだけじゃないってことだな。体に負担をかけるような、ロボットとの『
神経に直接、電極をぶっ刺していたりするなら、子供には堪えられない……。
一般人だろうと無理だろう。痛みに慣れた兵士でもなければ……。
秘宝から得た技術とは言え、まだまだ、限られた人間にしか使えない製品のようだ。
ここで、「お前らはどこの国だ?」と聞いたところで答えないだろう。探る俺を、さらに警戒させてしまうことになるだけだ……。気になるが、深入りはするべきではない。
リッカの旧知ということは、リッカの故郷の国、という可能性もあるが……。
リッカ側から探れば、ぽろっと言うかもしれねえが……、そう甘くもねえか。
『お、広い部屋に出ましたね……ここにしましょうか』
「ここにする? なにをするつもりだ?」
『お前のために食糧を用意してやるんだよ。オレらは関係ねえが、お前は食わなきゃ死ぬだろうが。情報を吐く前に死なれたら、また「リッカ」と繋がるヤツを探すところから再スタートになんだよ、そりゃあ面倒だ……、だから管理はしてやる』
さっき、俺を投げ捨てたロボットの音声だ……。声の高さはみな同じなので、聞いただけでは誰が喋っているのか分からない……。口調で判断するしかないだろう。
他にもいる(だろう)三人は、まだ一言も声を発していない。
黙って列を作り、歩いている……。不仲ではないだろう、そういうチームではないのだ。
黙っているからと言って暇しているわけではない。
彼らも彼らで、振り分けられた役目をこなしているはず……。
「食糧って……、食えるものなんだろうな……?
一時的な空腹をしのげても、後々に毒で死ぬなら遠慮しておくが――」
『うるせえなあ。強火で焼けば毒なんか消えてなくなるだろ……。どうしても嫌なら……こういう……、チョコレートでいいならお前にやる』
「ありがたいけど……。いや、あんたそれ、いらないだろ。なんで持ってんだ」
『必要はねえよ、オレはな。お前のために用意しておいたわけでもねえが』
……ということは、リッカを回収した時のためか?
以前、出会ったロボットは、亡命したリッカを殺す、と言っていたが――殺すのではなく回収することを目的に変えたのか……? それとも、リッカの殺害はそのロボットの独断?
となると、彼らはリッカを殺すつもりはない、という認識でいいのか……?
亡命とは、確かに自国の情報を持っていかれたことを意味するが、逆も然りだ。
他国の情報を持っているリッカを、問答無用で殺すのは早計である。
他国の情報を抜き取ってからでも――損はないはず……。
「じゃあ、貰っておく。少ないが、俺も自分のを持ってるしな」
『なんだよ、あげて損じゃねえか』
「俺が持ってるエネルギー補給のビスケットじゃあ、腹は膨らまねえよ。あんたがくれたこのチョコもあって、やっと空腹がなくなるくらいだ……、助かったよ、礼を言う」
『じゃあ、とっとと情報を話せよ。お前が知る、リッカのことだ――』
リッカと繋がりがある俺――、だが、リッカと繋がりがあるのはステラも同じはずだが、彼女ではなく、俺の方に聞くのは――。
『は? あなたの方が知っているでしょう? 私が知っていることなんて、あなたの中に含まれるわよ。強いて言うなら、女子同士の秘密くらいなものかしら……。
さすがに私も、そんなプライベートなことを話すつもりはないけどね』
『こちらとしてはその詳細も聞きたいところですが……、まあいいでしょう。
リッカとペアを組んでいる、あなたが持つ情報をまず伺います』
「…………」
『どうかしました? まさか今さら、答えたくない、なんて――』
「そうじゃない。ただ……、そっちが知っているリッカのことも教えてくれ――」
『おい、今のお前の立場を、』
「これは交渉じゃねえ。純粋な――リッカのペアとして、友人としての、興味だ。
俺が知らないあいつのことを、知りたくなった――。亡命する前の、記憶を失う前のあいつは、どんな女の子だったんだ?」
躊躇う息遣いが聞こえた、『ような』気がした。
呼吸音も聞こえないのに、ロボットが息遣いを拾うとは思えなかったが……、
聞こえたのは大きな溜息だった。
『……リッカを知る者同士、知らない部分の穴埋め、ということですね――いいですよ、教えてあげます。さすがに女の子同士の秘密のお話は明かせませんが――』
「そりゃそうだろ、あんたは男――、……じゃ、ないのか?」
音声の高さはみな同一だ。つまり、女性だろうと男性だろうと、聞こえてくる音声は同じなわけで……。丁寧な喋り方は男性にも当てはまるが、当然、女性の喋り方であるとも言える……。
もう一人の乱暴な口調のロボットは、男性だと分かるが……——いや、それもはっきりとはしないな。口調は手軽に偽れる……、乱暴な口調こそ、女性である可能性も――。
たとえ目が見えても、容姿も同一のロボット。音声も同じ高さ……、そして口調は色を付けるように個性を出している……。そう、性別という先入観を植え付けるように。
意図して性別を誤認させるようなことをしておいて――なのに彼、ではなく、彼女は、巨体を動かして足で地面を叩いた。
大地が揺れ、壁の破片が、ぱらら、と落ちていく――。
『私は女性です! 歩き方とか仕草で分かりませんか!?』
「分かるか! だってこっちは見えてないんだぞ!?」
巨体が詰め寄ってくる気配……、たぶん近い、頬にくちばしが当たってる当たってる!
ちょっとずらせば肉を切れる鋭利なそれを、安易に近づけてくるな! 見えていないから恐怖は薄まっているが、刃を頬にそっとつけられたとの同じだ……、人間の姿の時みたいに感情で動くなよ……? 巻き込まれて怪我をするのは俺だぞ。
まだ情報を吐く前なんだ、丁重に扱え。
『おほん、取り乱しました、失礼』
腰を下ろした巨体が、大きな音を立てた……、もっとそっと座れないものか――。
……実際の身長とロボットで差があるのだから、仕方ない、のか?
『相変わらず、隊長は座るのが下手だな……やっぱ近いからか?』
『……あまりこっちの私を特定するようなことは、』
「ん? ……もしかして、あんた、めちゃくちゃ小柄……?」
ぎく、と聞こえたのは幻聴か?
しかし、鮮明に俺の耳が聞いたはずだが……。
『ぶはっ、一瞬で見抜かれてやがるぜ、隊長!』
『おまえが情報を与えたからでしょうが! ち、違いますよ、グリットさん、確かに小柄ですけど、女性の平均よりは低いってだけです! リッカと競い合いたいがために底上げのブーツをさらに底上げしたこととかないですからね!?』
リッカと背を比べて……底上げブーツを、さらに底上げ?
リッカの身長はすぐに分かるので、そこから判断して…………あぁ、確かに……。
ん? いや待て、未成年はロボットを動かせないから……じゃあ相当、小さい?
『グリットさんっ、想像して答えを出さないでください! 見ないふりを、お願します!』
「見えてないから安心しろ」
それが相手の安心に繋がったかと言えば、違うだろう……。
迷宮内部に生身でいる俺が言ったジョークに遅れて気づき、
『私の実際の体のことはどうでもいいですから! 低身長は禁句です、いいですね!?』
ぐいっと近づかれて――だからくちばし、あぶねえだろ!?
今、反射的に避けていなければ、くちばしが俺の右目に突き刺さって……、
そうなっていたらと思うと、ゾッとする……。
「分かったっ、分かったから離れろ! もう言わねえ、いじったりしねえから!」
疑う視線が感じるが、俺も命が惜しい。
気軽にいじれる間柄でもない以上、嫌なことを指摘したりはしない。
低身長をコンプレックスに感じている気持ちは、俺には分からないが――。
『人がコンプレックスに苦しむ気持ちなんて、分からないでしょ』
背後、フクロウのナビぐるみが俺の背中をつつきながら、
『あなたがリッカより力がないことをコンプレックスに感じるように、ね』
それは――。
怪童だから、で納得できないことだった。あいつへ向ける好意を自覚した以上、怪童だから、神童だから――それで納得できることではなかったのだ。
俺は、リッカよりも弱いことが、許せなかった――。
それはきっと、世の神童は理解できない、俺だけが持つコンプレックスだ。
「……そう、だな」
『闇に飲まれて見えねえが、気分だ……焚火をするぜ』
……視界が黒く染まっているので炎の端すら見えないが、熱はある……。
手を伸ばして指先を温めると、ちょっとほっとする自分がいた……。
緊張感を解してくれている。
やっと、一段落できた、という感じだった。
だが、忘れてはならない。
今も、はぐれたリッカは、ひとりきりであるということを――。
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