第20話 遠隔の先

 地に足をつけ、巨体に囲まれながら、俺は暗闇の中を歩く……。


 見えていないせいか、だからこそ必要以上の大きさで想像しているせいか、圧迫感をすげえ感じる……、歩く度に地面が揺れるように感じるのは俺の錯覚か?



 ……リッカ・ガーデンスピア……、俺が知るリッカと同一人物なのだろうが……しかし、俺が知るリッカと、相手が知りたいリッカは果たして同じなのか?


 ……亡命。


 それが事実かどうかは今は置いておくとしてだ――。リッカは、少なからずの記憶を失っている。その失った部分を俺に聞かれても答えられないことは必至だ。


 それを俺の意思で黙秘していると判断されたら――。


 俺に従う意思があっても、反抗心だと捉えられてしまうだろう……。


 それはまずい。

 かと言って、嘘を吐けば状況は悪化する……――。


『あなたとリッカが既知の仲だとどうして知っているのか? とでも聞きたそうですね』


 ……いや。まあ、それもまったくないわけではないが、そんなことは後回しだった。……以前、リッカと遭遇したロボットが、この中に混じっているのだと思っていたが――、


 そこで情報共有がされている、と勝手に思い込んでいたが、違うのか?


 ロボットなら、オンラインで共有もできるだろう。


 ……確かに、リッカを追っている彼らロボットたちが、リッカの居場所をある程度絞って接触できたとしても、俺との関係性までは知りようがないのではないか?


 俺が彼らの……ロボットの先の本体を知らないように、以前遭遇した時、俺はナビぐるみの先にいたのだ――、ナビぐるみから俺の情報まで知ることはできないはずだ……。


 リッカが漏らすはずもなく、もしも情報を喋っているなら、俺を捕まえてリッカの情報を吐き出させる必要もない……。それだと時系列はどうなっている? って話だ。


 リッカを求め、俺を拾ったんじゃないのか?


 だが、俺の情報はリッカからしか得ることができないはずだが――。


 それとも、既にリッカは確保済みであり、俺の言葉をリッカの意見の答え合わせに使おうとしている――? いいや、それだとまどろっこしいか。

 リッカを疑い、俺を信じるというのもおかしな話だし――。

 相手が機械なら、嘘も吐けないはずだろう。


 嘘を吐けば人間、小さくとも態度に出る。


 心拍、挙動……、比較データさえあれば、嘘を見抜くのも容易だ。


 ……記憶喪失のリッカに通用するかどうかは……――そうか、だから俺か?


 だとしてもやっぱり、俺はリッカの、記憶を失った後の、これまでのことしか知らない。

 それを知りたいのであれば答えられるが、やはり記憶を失う以前のことは――。


 亡命。

 ……それ以前のことは、俺だって分からない。


『色々と熟考しているようですが――』


 すると、彼らとは違う駆動音が聞こえ……、それは聞き慣れた翼の音だった。


 見えないが、よく知ったナビぐるみが、近くに着地する……、その音を聞いた。


『あなたとリッカのことを教えてくれたのは、彼女です』


 ……ステラ。

 どうして……とは、聞かなかった。

 どうして教えたのか、なんて分かり切っている。


 ――答えなければ壊されていた。


 迷宮でナビぐるみを失うことが、俺たちのような『闇に視界を奪われた人間』にとってどれだけ痛手が、彼女が一番、よく分かってる。


 不便なんてものじゃない。


 利便性どうこう以前に、身動きが取れなくなり、たとえ安全地帯に引きこもっていたところでそれこそが体を蝕む毒だ……。ゆっくりと、精神が死ぬ。


 だから、ステラはなんとしてでも、自分を――ナビぐるみを壊されることを避けたのだ。


 たとえ、仲間の情報を売ってでも――。


「ああ……そういうことなら、理解した」


『責められるとは思っていなかったけど……だとしてもやっぱり、その物分かりの良さと判断は、気持ち悪いわね』


「責められた方が楽だったか?

 気持ちは分かるがな……。だったらお前も、俺の気持ちが分かるだろ?」


『……まあね。こうすることが最善だった……こうすることしかできなかった――』


「なら、気にするな。今は死なないことを選び続けろ」



『優秀なお二人のようで……、さすがは神童です』


 その言葉は、神童に向けた憧れがあるように聞こえた。


「……そういうあんたは、神童じゃ、ない、のか……?」


『ええまあ。ごく一般の「兵士」ですよ』


 ……やはり、だ。統率が取れたチーム……、足並みを揃えた移動。加えて、自由に発言できるわけではない規則でもあるのだろうか……一部の人間しか喋っていない。


 俺を支える『彼』が率先して喋っているところを見ると――いや、聞くと、彼が隊長か?


 兵士だなんて、珍しいわけではないが……しかし戦場――つまりは迷宮内部だが、送り込まれるのは基本的に怪童である。

 怪童も兵士のようなものだとも言えるが……、兵士ほど、規則に縛られたわけではない。


 俺とリッカの秘宝回収を見ていれば分かると思うが、自由度がある。


 極端な話、面倒だったら探索に入らなくてもいいのだ……、そのへんは自己判断である。


 秘宝の回収は仕事ではあるが、絶対に回収しなければいけない任務ではない。兵士は成果を持ち帰らないと罰則があるが、回収屋は違う……。もちろん成績に応じて、ペナルティこそないが、回収屋としての恩恵を受けられなくなる――くらいだろう。


 未だに兵士を使い、規則で縛って結果を求める国があるなんてな……。


『規則は悪いことばかりじゃありませんよ。自由過ぎるとそれはそれで重い腰が上がらなくなるものです。規則、ペナルティ……、鞭を打ってくれた方が継続して労働できますから』


 と言った。……完全に飼い慣らされている兵士って感じだな……。

 俺がそう思うのも、育ってきた環境のせいだろう。


 俺だったら、規則で縛られていたら、本領発揮なんてできやしない。

 自由度が高い方が、気軽に働きやすいと感じるしな。


 ……遠隔操作のロボット――この存在が大きい。


 怪童ほどの極端なパワーは必要ない。

 かと言って、神童のような頭脳労働だけで動かせる代物でもないだろう……。


 以前のリッカとの戦闘で見て分かったが、このロボットは、指で手元のコントローラーを操作して操るタイプではないはず……。


 俺の国でもプロトタイプ版ならあるので知っているが……――さすがにここまでスムーズに動くロボットではなかった。


 しかも、国と迷宮を繋いでいるのだ……、実際の距離が分かっていても、迷宮に入った段階で距離なんてあってないようなものだし、なくてもあるようなものだ。


 伝える情報が多ければ多いほど、ラグが生じる……、にもかかわらず、彼らのロボットは、恐らくだが一切のラグがない。


 まるで、中に人間が入っていて動いている、と言われていても違和感がないくらいには……。


 実際は、ちゃんと遠隔で、彼らの国で本人が実際に動き、その情報が迷宮内部のこのロボットへ繋がり、動きが連動している、と見るべきだろう……。


 だからパワーではなく忍耐力……、

 体力の消耗が少ない動き方を知っている兵士が適任だったのだ――。


 よその国が回収した秘宝の中の技術だろう……、だから詳細は分からないが、もしかしたら怪童でも神童でもなく、兵士にしか乗りこなせないものなのかもしれない。


『それなりに体を鍛えないと操れないですね……少なくとも、子供には無理でしょう』


「そんなの当たり前だろ。ナビぐるみだって、操作するのは、子供には無理だ」

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