連れ連れなるままに
ましろっく
第1話 黒猫と少女
夏休み真っ只中の八月。
何となくやることが無くなり、無計画で加瀨神太郎は一人家を飛び出し、自転車に跨がりジリジリと照りつく白日の下、のそのそとペダルを漕ぎ始めた。
「暑い…」
加瀨にとっては高校二年生の夏。普通なら部活にいそしむ時期だろうが生憎どこの部活にも所属しておらず、今まで通りと変わらない、ただただ不毛で暑いいたって普通の夏休みなのだ。
右足、左足、右足、左足と交互にペダルを下に押し込む動作でどうして前に進むのだろうか、なんて自分の頭だけで決して解消出来ない疑問を浮かべつつ、気づけば加瀨は鎌倉第一高校へと向かっていた。
加瀨が通う鎌倉第一高校は鎌倉市の海沿いに位置する進学校である。ただ高台にあることもあり、校門前には自転車で行くにはあまりにも急な坂道が立ちはだかっていた。
坂道を失念したまま無計画に高校に向かっていた自分に小さく舌打ちをし、汗が滴る額を着ていたYシャツで拭い、グイッグイッと先ほどよりも思いきり力を込めてペダルを踏んで昇る。
そして一心不乱に校門を目指す…と思った矢先に加瀨の視線が校門よりやや手前の横断歩道に移った。
「あれは…?」
横断歩道を見ていたわけではない。
「猫?」
そう。一匹の黒猫が横断歩道のど真ん中でちょこんと座っていた。
加瀨が近づいても逃げる素振りは無く、かといって近づく素振りもない。ただその潤った黒い2つの大きなアーモンド形の瞳で加瀨を真っ直ぐ見つめるだけである。
「えと…何してんだお前?」
自転車を降り、周りに誰もいないのを確認してから黒猫に話しかけた。猫に話しかける男子高校生とは端から見れば些か異端なものである。
「その、危ないぞ。車も来るしさっさと行った方が…」
「ニャーン?」
猫は分かっているのか分かっていないのか首を傾げるだけで全く動かない。
「はぁ…分かった、ちょっと待ってろ。」
見かねた加瀨は驚かさないように黒猫にゆっくり近づき、慣れない手つきながらも優しく猫を抱えあげ中腰になりながら道の脇へとせっせと移動した。
「よいしょっと。ほら、おうちへお帰り。」
脇の茂みの前辺りで黒猫を放すと、
「にゃー」
とお礼でも言ったかのように鳴いてそのまま背を向け歩き出して、そして忽然と消えてった。
その猫の姿を見送りつつ、加瀨はさてまた自転車に乗ろうかと振り返る。
そして、そこで一人の少女と目が合った。
そして少女は言った。
「貴方にも、視えるの?」
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