蒼昊

諏訪森翔

蒼昊

「どうしてこんな事もできないんだ蒼昊そうこう

 うるさい

「まあ、ご頭首様はあんなにも優秀でいらっしゃいますのにご子息様は.....」

 うるさい

「なんでお前はこんなにも

 うるさいうるさいうるさい!!

「うるせえ!」

 反射的に目の前に立つクソ野郎おやじの影に拳を突き出した瞬間、それは影に到達する前の空間にメリッと音を立てて何かに衝突し、ぐえっと言う誰かの声が聞こえた瞬間覚醒すると、いつの間にか近くの河川敷の丘に寝かされており、空に向けて拳を突き出しそれは自分を上から見ていた異国人の頬にめり込んでいた。

「ああ、すまん!」

「.....ぐはっ」

 慌てて拳を引くと異国人は支えを失った棒のように寝そべっていた自分に倒れこみ覆いかぶさってきた。



「いてて.....」

「ほんとすいません。あ、コレどうぞ」

 近くを通りかかった移動販売人から買ったよく冷えているポン水*¹を未だ涙目のまま頬を抑えている異国人に手渡すと彼は礼を述べながらそれを腫れている頬にくっつける。

「あ、ラムネ?ありがとう......おお~冷える~」

「飲み物ですので冷やすならアイスクリンでも買いますよ」

 途中話しながら忌々しい一人の人間が思い浮かびかき消すように立ち上がると異国人に止められる。

「とりあえずさ、なんであんなことになってたの?」

「え?」

 異国人に座らされ、改めて彼の顔を見る。

 吸い込まれるようなエメラルドグリーンの瞳、髪はまるで熟れた蜜柑のようにきれいな色。もう少し髪が長ければ女性と見間違えるだろうと思えるほど整った顔立ち。そして先程自分が殴ったらしい青痣。

 英国人ではないのは明らかだ。否、そもそもこんな髪色の人種は家でも見たことがない。

「人の顔見て黙るんじゃなくてきちんと話して?」

「ああ、実はですね―――」

 初対面の異国人に自分でも不思議なほど身の上話を詳しく話す。

 自分は東京府の麴町区の家に住んでいること、父は軍人で母も軍人家庭で育ち、幼少期から自分に対し厳しく指導しできなければと称して鞭で打たれ一昨日、ついに家から逃げ出すもなんの手筈もコネもない自分はすぐに行き倒れ、あなたに助けられた、と。

「ふうん。じゃあ家出したのか」

「その家出?というのか分からないですけど今はこうしたやさぐれ者ってわけです」

 異国人のいう言葉はどこか理解できないが心の底から理解できない、というわけではなかった。不思議だ。

「あ、ぬるくなっちゃいますね」

「そうだね。飲もう飲もう」

 いつの間にか手に握っていたポン水は結露水もボタボタと落ちるだけなほど温度が上がり、慌てて栓を開ける。

 ポンッという軽い音ともにシュワシュワと心地いい音がし、溢れ始め慌てて口で封をして飲み込む。

「ぶっ!」

「ははは!慌てて飲むからだよ」

 むせながら異国人を見ると溢れもせず、チビチビと飲んでいた。

「飲んだこと、あるんですか?」

「ん?まあね」

 異国人はどこかはぐらかすような口調で言いながらまた飲み口に口を付けながら少し傾けて飲んだ。

 同じものを飲んでいるはずなのに彼の飲むポン水の方が美味しそうに見える。そんな風に見惚れているとまたしても視線に気づいたのかこちらに目線を送られ気恥ずかしさから川の方を見る。

「奇麗だよね」

「え?」

 突然声をかけられ思わず聞き直すと異国人は繰り返すように呟く。

「奇麗だよね。ここの川も、人も」

 言っている意味がよく分からなかったが、痛く感心しているその口調に嬉しさを覚え、強く頷く。

「はい。ここは奇麗です」

 そうしてしばらく二人で河川敷に腰掛けながら人の往来を見て夕暮れまで時間をつぶしていた。

「さ、日も暮れたし僕もいかなくちゃ」

 腰をあげ、尻についた土や草を払った彼に呼び止めるように自分でもおかしな声で話しかける。

「あ、あの待ってください!」

「ん?」

 すがるような声に顔を向けた異国人の目はガス灯に照らされまるで硝子細工のように煌めき、自分を見つめてきた。

「もし、宿など目処めどがなければ提供しますよ?」

「―――ご飯も?」

 異国人はこの時初めて笑顔を見せた。

 そして同時に自分がこの言葉を発するように誘導されたような気がしてハッとさせられた。


「美味しい!この牛鍋?っていうの。良いね~」

「どうぞどうぞ。―――あ、あと二人前追加で」

 通りかかった従業員に声をかけると一瞬ギョッとしたような表情を見せるもすぐに笑顔でそれを覆い隠しかしこまりました、と言ってそそくさと奥の厨房へと去っていく。

 内心ヒヤヒヤとしながら自分の懐にある巾着の中を見る。

 チャリンと音を立てながら数え、一圓銀貨がヒイフウミイ......まだ十圓ある。ああ、なんとかなりそうだ。

「これを食べさせたいな.....」

「ん?」

 急に食べていた牛鍋を見ながら悲しそうな表情でつぶやいた異国人に注意を向けると朝に水浴びをした犬のように首を横に振ってまた会った時と変わらない笑顔ともつかない表情で食べる。

 結局彼は牛鍋を六人前平らげて店主を驚かせその食らう様と異国人だからと会計を少なくしてもらい、さらにまだ空腹そうな彼のために近くのミルクホール*²まで案内してくれた。店主に感謝と少しの恨みをぶつけたくなった。

「これはなんていう名前のお菓子?」

「シベリアですね。僕も昔一度だけ食べたことがあります」

 料金を払いながら目の前にある硝子製の容器から二つ取り出し屈託のない表情でまた食す。

 少し驚きながらも重要なことを思い出し質問する。

「あの―――」

「ほい。珈琲」

 質問は残念ながら女将さんが持ってきた珈琲の言葉で遮られ、同時に彼を見ると同じく首をかしげていると女将さんが奥の机に屯っている男女を指差す。

「あの人たちから」

「ありあほう!」

 口に頬張りながら礼を述べる彼を見ていると小さな子供を見ているような気分になるがどう見ても自分と同じくらいの年齢であるため不思議な感覚でいると異国人の彼から話しかけられる。

「言ってなかったね。僕の名前」

「んえ?あ、はい」

 虚を突かれた気持ちで答えると彼は珈琲を一気に飲み物凄い顔をしながら舌を突き出す。

「苦い......」

「そりゃあ、珈琲ですもん。あ、蒼昊そらです」

 名乗ってからポン水はあんなに上手に飲んでいたのに、と不思議に思いながらズズズと啜り呑んでいるとようやく名乗った。

「あ、クロスっていうんだ」

 十字架クロス、クロス?本当に不思議な名前だと思い眉をひそめた。

「それで、クロスさん。お腹はもうそろそろいい頃合いだと思うんですが」

「全然!まだまだいけるよ!」

 やれやれ、コレは皿洗いをしなくちゃいけなさそうだ。


「ん~、いい所だね」

「そういってくれるとありがたいです.....」

 散々な目にあった。なんとかミルクホールから去っても不運にも近くにあった団子屋で四包みも勝手に購入し、そのまま去ろうとするしなんとか払って追いつくころには半分も残っていない。挙句には茶屋で鍋うどんを食べ始めた。

 そんなこんなでやっとの思いで空いている宿屋に入って布団を敷くころには自分の持っていた巾着も大分軽くなっていた。

「さあ、寝ますよ」

「あーい」

 洋灯ランタンを吹き消すと狭い部屋は薄く開けた障子から差す月光のみが灯りとなった。

「蒼昊は、なんでこんなに一緒にいてくれるの?」

「んん~、一度手を差し伸べたら最後まで責任を持てって父に.....アイツに教えられていたからですかね」

 言いながらなるほど、これまで耳に胼胝たこができるほど言われたことは簡単には落ちないと感心しているとふーん、とあまり興味のなさそうな声が返ってきた。

「クロスさんは、どうしてこの国に来たんですか?」

「偶然だよ。船に忍び込んだら偶々ここに来たの」

 え?密航者なの?やばいな、と考えているとスース―、と安らかな寝息が聞こえる。勝手に金を使い、勝手に寝るとはなんとも傲慢だと笑い、瞼を閉じると意識は深淵に落ちる。


 家を飛び出し二日目、さすがにまずいと思って女将さんに電話を借りて家にかける。

 電話交換手に名前を告げると数秒間の後、重い雰囲気が漂う。

『.....蒼昊そうこうか。今どこにいる』

「今は....諏訪町*³の宿屋に異国人と一緒にいます」

 またしても数秒の沈黙の後、ため息と共に父から返答が来る。

『行き倒れていたのか』

「はい」

『―――なら、最後まで彼を助けろ。家にはそれまで帰ってくるな』

 乱暴に切ったのだろう。ブツッという音がし、女将さんに礼を言ってから部屋に戻る。

「お、どこ行ってたの?」

「家に電話を―――って、何食べてんですか」

 部屋ではクロスが白米を頬張り、すでに空の米櫃があった。

蒼昊そらも食べようよ」

 もうどうにでもなれ、と自棄になった自分もクロスにならい白米を頬張り漬物をむさぼる。

「う~~食べた~~」

「おかげで巾着も空です」

 昨晩まであった銀貨はいまや全て女将さんの懐へと引っ越し、もう無一文となった二人は東京を放浪しようと思った。

「電話したってことは家族に対して何かしらの思いはあったんだ」

「え?」

 路面電車の窓から外の景色を見ているとまたしても突然口を開いたクロスに虚を突かれながらも頷くとどこか遠い目をしながらあまり口にしていなかった身の上話を始めた。

「僕は、旅をしてるんだ。え?知ってるって?まあ、そうなんだけど目的は姉を探しているんだ。唯一の血縁者――――両親は、って?覚えてないんだよ。いや、姉自体もいるのか僕は怪しい。この名前さえ借り物なんじゃないかって何度も思ったけど、コレを見て現実に存在するって確信して今も旅をしてるんだ」

 そう言って懐から紙切れを取り出して見せてくる。

「.......ぷっ」

「あ、笑ったな!」

 思わずそれを見て笑うとクロスは少し顔を赤くしながら紙をしまう。

「お客様、切符は?」

「あ、やべ。逃げるよ!蒼昊!」

「はははは!......そうだった!」

 後ろから呼び止めようと声を上げる駅員を無視し列車から飛び降りて堅い舗装された道をカランカランと自分の履く下駄とカツンカツンとクロスの履いているブーツの音を響かせながら逃げ、しばらく走って見つけた茶屋に入り座敷でくつろぐ。

「それでね、僕が言いたかったのは君は両親が今いて、申し訳ないって気持ちがあるなら今すぐ戻って謝った方がいいってこと」

「......それはできません」

 申し訳ないと思いながら否定するとクロスは顔を曇らせた。

「―――まあ、なら仕方ないな」

 恐ろしく簡単に身を引いたクロスに拍子抜けしながらも同時に空虚な何かが消えたと感じた。

「山上さんに頼んで出国しようかな.....」

「山上?」

 一人呟いたクロスの言葉に驚き、身を乗り出して質問する。

「山上?山上って山上辰雄ですか?」

「そう!何で知ってるの?」

 雷に打たれたような衝撃を受け、震えた。

「山上辰雄は.....僕の父です」

「ええ!?タツの息子なの!?」

 目を見開き、自分以上に驚いたクロスへ矢継ぎ早に質問する。

「なぜ父を知っているんです!?父は僕が生まれてから一度も海外へ赴任していませんし東京を出てもいません。異国人のあなたはどうやって父を知ったのですか!?もしかして僕をからかうために旅人だなんて言っているんですか!?」

「お、落ち着いて.....あ、粗茶をもらってもいいですか~?」

 看板娘らしい子がクロスに呼ばれると彼女ははにかんだ顔で奥に去っていき、向き直って答えてくれた。

「タツは.......懐かしいなあ。僕があの時学生生活を謳歌してる時に会ってね、とても活発でね~留学生って名乗ってゆくゆくは山上家の当主になるんだって意気込んでたよ。あれからもうそんなに経ってたんだ.....確か今は外務省?にいるって聞いたから出国記録ちょろまかしてもらおうかなって思ってね」

「ちょっと待ってください。じゃあクロスさん何歳ですか?」

 率直な疑問を口に出したと同時に先刻の娘が二つ湯呑をもって座敷に来て、それぞれの前に置いてクロスの方を見ると彼は微笑み返し、彼女は持ってきたお盆で顔を隠しながら走り去った。

「その答えはまた今度。それでね、今も旅先で時々タツに電報送ってるんだ」

 その言葉に思い当たる節が自分にあった。時々父は貰った電報を見て柄にもなく笑い、それを見られていると分かるとすぐにまた能面のように無表情になっていた。

「そうか~タツの息子なのか.....なら今からお邪魔しよう」

「え?」

 そうして急遽自宅へ通りかかった人力車で向かった。

「ただいま戻りました」

「タツ~!久しぶり!」

 玄関で大声で呼びかけるクロスの声が響くと奥の階段からドスドスと音を立てて降りた父を見た。

 こんなに表情を表に出している父を見るのは初めてだと思ってみていたがそんなことお構いなしなのか父は両手を広げながら近づく。

「クロス!久しぶりだな!」

「タツも変わりないね!」

 男同士の熱い抱擁を間近で見ながら唖然としていると父自ら広間に案内する。

「にしてもタツに子供ができるなんてね!」

「クロスこそ電報の一つぐらい打ってくれれば出迎えたのにな。にしても本当にお前はあの時と変わってないんだな」

 言われてみればその通りだ。隣に座る彼は今年十七になる自分と大差ない顔立ちだ。対して対面する父はまだ白髪こそ見えないものの顔に皺が寄っており、はたから見たら親子のようにも見える。いや、彼は明らかに異国人だから養子か?

「―――ってことなんだよ」

「分かった。出国の手はずはこっちで整えよう。それまでは家で過ごしているといい」

 いつの間にかクロスの密航者嫌疑は晴らしたらしい。さらにこの家に滞在まで許可するとは驚きだ。あんなにも規律の鬼のような男がここまで破格の処遇をするなんて、だ。

「ありがとう。それでね、今日ここに来たのは君の息子―――蒼昊そらについてだ」

蒼昊そら蒼昊そうこうだぞ。こいつは」

 マズイな。ここで本人には言ってないが今ここで明かされるとは。父からの視線が突き刺さる。気まずさから視線を逸らすと低い声が聞こえる。

「こっちを見るんだ」

「――――はい」

 改めて父を見る。怒りと理由を問う時のあの高圧的な感情が見える。

「まあタツ、彼についてだけどもう少し優しくあげて」

「なんのことだ?」

「いや、だって幼少期から虐待を受けていたんでしょ?自分の子供なんだしもうちょい優しくしても.....って」

 ここで初めて違和感に気づいたクロスはこっちを見た。驚きを孕んだ視線、誰とも目線を合わせないように俯く。

「なんで嘘をついたの?」

「やめろクロス。コレはもう病気なんだ......どうあがいても治せないんだ」

 父のどこか突き放した声に反論したくなる。だがいったところで意味がないと分かっているから唇を嚙みしめた。

「タツ、彼の《治療》を僕に任してくれない?」

「クロス正気か?.....分かった。だが出国は四日後だ。気を付けてくれ」

 ため息をつきながら昔なじみの友人?からの頼みを受け入れた父は立ち上がり、広間から去る直前に小さな声で

「お前は幸運だな」

 と聞こえよがしに言って扉をカチャン、と閉めた。


蒼昊そら、君は嘘をつかなくてもいいんだ」

「嘘じゃない.....嘘じゃないんだよ。クロスさん......」

 あの後すぐいたたまれない気持ちとみじめな気持ちから席を立って自分の部屋に閉じこもっているとクロスが扉越しに話しかけてきた。

「ん~......じゃあ君にとっては真実なんだね」

 頷く。勿論外からは分からないはずだがクロスはうんうんと言ってきた。

「でもさ、蒼昊はこの二日間で一回正直だったよね。覚えてる?」

 何が?どこが正直だったんだ?

 一人疑問が支配しているとクスクスと笑い声が聞こえ、扉と床の隙間から一枚の紙が出される。

「これは.....」

 裏返すとあの時路面電車で見た不格好な絵。金髪で青い目。それ以外はマトモに分からないヒトの絵。

「これと君は宿屋からの電話、昨日の寝る前に話したとりとめのない事。これらはすべて偽りのない言葉だった。これは全部

 意味が分からず混乱しているとクロスは一息ついて短縮して述べる。

「君は、自分の意思では無いものに対して無意識に嘘をつくんだよ」

「なら、俺は一生嘘つきだ」

 嘲笑を浮かべ呟くとクロスは扉越しにでも分かるぐらい驚いていた。

「ああ、僕って言ってましたっけ?もう偽らなくていいって言われたんでさらけ出しちゃったよ」

「―――そんなに窮屈?」

 愚問だ。

「ああ。俺はこんなところで一生を終える気はない」

 思い浮かべる。いつか行きたい英国、海の彼方にあるという米国。そこで財を成して満場の人生を尽くすと。

「でも、それは君だけではできない」

「は?」

 突然否定されたことに驚いた。今まで肯定ややんわりと否定するだけだったので尚更なおさら、だ。

「君は無自覚だろうけど君のお父さんが施した教育課程は全部―――君のその野望のために計画されてるよ?」

「は??」

 パラ、と紙を捲る音がする。

「それに、ここには君に対しての意気込みや嬉しかったこと、自身の反省点とかも書いてある」

「どういうことだ!?」

 思わず扉を開けようとする。しかし開かない。クロスが扉の前で座り込んでいるからだろう。

 お構いなしに彼はそんな日誌の一節を読む。

「今日は蒼昊そうこうが初めて私の書斎に自力で来た。机の上にある拳銃を取ろうと踏ん張る彼を見て思わず私は怒鳴ってしまった。妻になんといえばいいか」

「嘘だろ......」

 それからも一部抜粋し読み上げられ、父の思わぬ側面を見せつけられむず痒い思いでいると、扉が開いた。

「だからさ、お父上の指導に一回従ってみな?君が嘘をつく原因はきちんと説明しておくから。それとね、君が抱えている〈ソレ〉は全部幻だ」

 時々感じていた周囲からの視線は自分を中傷するものではなく、心配から成るものだと気づいていたが、それを自ら否定し自らを中傷する言葉を囁き合っているように勘違いさせていた。それを言い当てられた衝撃とここまでしてくれるなんて、と感無量のあまり頬を涙が伝う。

 



「それじゃあ、またいつかね」

「ああ。達者でなクロス」

 港で初めて会った時と変わらず軽装で船に乗り込むクロスを見送る。

「ただいま戻りました」

「.....ああ」

 あの日以来父はいつもと変わらず厳しかったがどこか愛情、というものを感じられるようになった。クロス曰く互いの真意に気づいたからだと言っていたが果たしてそうだろうか。


 そして六年経った。

 俺は陸軍に入隊し、最終試験として山中演習をすることになった。

 明朝、洋灯ランプで従者が足元を照らしてくれながら靴を履き、服を正して家を出ようとすると父から呼び止められた。

蒼昊そら、頑張れ」

「―――さっさと帰ってくるから」

 初めて自分の名を間違えて呼んだ。それだけで十分だった。

 そして何の滞りもなく装備満載で入山し、奥へ奥へと進んでいると周りにいたはずの同僚が消えた。さらに不思議なのは先程までうるさかったカラスの声さえも聞こえなくっていた。

「なんだなんだ?」

 森は相変わらず周りを覆い隠すように乱立していた。そしてさらに不思議なことに周囲の気温が上昇したらしく汗をかく。

「暑い.....」

 訓練では死んではいけないと判断し背嚢を破棄して歩兵銃の先端にある銃剣で道なき道を切り開きながら進んでいると突然つたが絡みつき銃を奪った。

「なにっ!?」

 思わず後ずさり、腰の小刀を抜いて構えると小刀だけ器用に取られる。

「進め、と?」

 蔦は無言だ。しかしザワザワと追い風が吹き歩けと催促され、歩く。

 歩いていると段々木漏れ日が目立ち、ついに草原に出た。

「うお......」

 草原の先に家があった。そしてその家の前で茶を楽しんでいる人影が見えた。

 その人物を見た俺はすぐある人物が思い浮かび、駆けだす。

「クロス!!」

 その名を呼ぶと茶を飲んでいた人影は立ち上がり、こちらに手をふりながら大声で返事をしてきた。

「久しぶり!蒼昊!!」



*¹ポン水......ラムネの当時の呼び方

*²ミルクホール......当時のカフェのような場所

*³諏訪町.....現在の東京都新宿区高田馬場一丁目と西早稲田二丁目西半分部分にあたる

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蒼昊 諏訪森翔 @Suwamori1192

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