第14話 素敵な時間だけの連続
泊まってもいいかと聞くとお母さんは構わないわよ、と答えた。お母さんにしてみるとお寺はお母さんに代わってわたしを育ててくれた場所なので何も言えないんだろう。それがわかってて許可を求めるのは少し、胸が痛む。
「美波さんの部屋は取ってあるし掃除もしてありますよ。先生に言われてますから。それとも先生の仏前がよろしいかしら?」
それもいいかもしれないと思った。
小さな地域の中でいっしょくたに育ったとは言え、元はおばあちゃんとのふたり暮らしだった。こんな夏の夜はうっかりテレビで怪談を観てしまったりすると、おばあちゃんの隣で寝かせてもらったものだ。
「でもせっかく掃除していただいてるので、部屋で寝ます」
考えたけれど、ひとりになりたいような気もしたからだ。この今抱えている気持ちをひとりで味わいたいような。おばあちゃんから丸見えは困る。
「じゃあお布団の用意しましょうね」
『いま、電話しても平気?』
敷いてもらった布団の上で正座をして覚悟を決める。スマホに、わたしの効かない念を送る。微かに吹いているクーラーの風が湯上りの顔を撫でる。
『どうしたの? 珍しいじゃん。大丈夫だよ』
それなら、と通話ボタンをタップする。
いままでは飾りのように付いていたボタンが、今日は非常に重要なもののように思える。
『美波? どうしたん?』
『えっとー。その、いまは田舎に来てるんだけどね』
『例のお寺か』
『そうそう。おばあちゃんに相談したいことができたから』
一瞬ふっと天使が通り抜けるような間があって、久美は電話口なのに信じられない大声を上げた。
『うっそー!? 美波の話はちゃんと聞いたし、覚えてるけどさあ、おばあちゃんって亡くなっても相談できるの? どうやって? すっごい霊媒師じゃん』
『……言い方が悪かったね。そういうんじゃないの。おばあちゃんの近くに来て考えたかったの』
『ふうん。そんなに悩んでることがあったんだ?』
久美の声は落ち着いて、それで、とあとを促しているように思えた。
『実はこの間、帰りの電車の中でね……』
今度は久美は完全に沈黙して、わたしの下手な話の聞き役に徹してくれた。わたしは何度も何度も頭の中で話を繰り返しまとめて、起こったことと、思ったことを上手に伝えたいと思った。
『なるほど。多少強引なタイプなのね、その男の子』
『え? そうなのかな?』
『美波が自分を好きになるって確信してる感じしない? 自惚れてるな』
『でもわたしも思ったよ』
『なにを?』
『この人はわたしを好きになるって。そしてわたしもこの人を好きになるって』
『マジ? 知らなかった人にいきなり?』
『……変だよね。でもなにか、彼とわたしの気持ちが繋がったの。一緒に駅に降りた時に』
電話の向こうで、久美はなにを言おうか迷ってるのを感じた。わたしだって少しはバカげた話だという自覚があった。それでも久美に打ち明けたのは、やっぱり自分と周りのスピードが異なっているんじゃないかという疑惑がどこまでも追いかけてくるからだった。
『応援してるよ。美波が心の奥からそう思ったんなら間違いじゃないんじゃないかな? ただ、知らない男の子が相手なんだから、どんなにいい人に見えても油断したらダメだよ?』
『うん、わかった。大丈夫だと思うけど気をつける。それでね、実はね、明日……』
『えー!? デートじゃん! すっごく流れが早くてお姉さん、ついていけないな。何処に行くの?』
『……映画』
『映画ってつまんなくない? 相手と話ができないどころか、顔もよく見えないよ』
『そうなんだ。確かにそうかもしれない。でももう約束しちゃったの』
『お茶でもしてよーく相手のことを知っておいで。どんな人なのかすごい気になる! 純な美波を落とすなんてやるなぁ。そのうちわたしにも紹介してよ!』
いつになく話は白熱して、着ていく服の話でひとしきり盛り上がる。スタイリッシュな服がいいのか。持ってない。彼に合わせてスポーティーな感じのカジュアルは? 持ってない。じゃあ……。
ふぅとため息をついて終話する。
でも約束でもしないとなかなか会えないんだもん。部活、忙しそうだし、勉強もうちの学校より厳しそうだしなぁ。要するに瑛太くんは何事にも一生懸命なんだろう。
……一生懸命な人っていいよね。
なのにがんばってる部活の大切なラケットをわたしのために電車の床に落としてくれるなんて。咄嗟の判断とはいえ、優先されたことがうれしい。
次の駅でたくさん降りるから、ってそのことを知ってたのに。
明日、会ったらなにを話そう?
どんな顔をしたらいいんだろう?
あの人の頭の中に残るわたしを、素敵に見せたい。欲張りだろうか? 欲張りだとは思わない。だって、わたしたちには時間がない。素敵な時間だけの連続でも許されるんじゃないかな? そんな強欲な自分が不思議だった。今までこんなになにかを強く『望む』ことはなかった……。
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