『Re:VerbRation』

サトウ サコ

『Re:VerbRation』

 とおい、幾光年離れた海で、わたしはおきた。

 からだがすごく痛くて、真っ白で、眩しくって、痛くて、わたしはとめどなく泣いたけど、みんなは笑ってわたしをみおろしてた。

 それが、わたしが、生まれた、と、いうこと。


 ねえ、アナタはわたしを見つけましたか?


 わたしはようやく自立できるようになりました。

 まだぎこちない歩みだけど、一歩ずつ、かくじつに足をすすめていることはたしかです。


 この故郷クニでは、さびしいことはおこりません。

 わたしはそのままのわたしでこうしてここにいるのだし、みんなだって、そうです。


 アナタは、わたしが、わたしのデータを消去することに、すごく反対していましたね。

 いっしょにハコブネに乗ろう。ハコブネに乗って、永遠に生きよう。

 言ってくれましたね。でも、わたしは、その手をふりほどきました。


 わたしは、人類のレコードになる気は、なかったから。

 全身を打つばくげき、はじけとぶ肉体。それが、天からのばつだったというのなら、わたしは、それをからだいっぱいに受け入れようと思いました。

 わたしは、あの子を死なせてしまったから。わたしだけが、レコードとなって生きてゆくことに、耐えきれなかったのです。


 怒りますか?


 ときどき、ママに、わたしのポポのことについて話すことがあります。

 アナタのことも、たまに話します。

 話すと、ママはとっても喜びます。

 そんなひとと、将来出会えたらいいわねっていいます。


『ちいばぁのら』



 呼び止められた気がして、私は振り返る。

「あら? 」

 ──誰もいない。また、いつものアレだ。

 物心ついた頃から、私の耳元に囁き掛ける空耳。呼び止められたと思って視線を向けても、そこにあるのは電柱、曲がり角、裏門。

 ことある毎に私が振り向くから、ほら、

「ねえ、またあ? あたしの話ちゃんと聞く気あんのお? 」

「ああ、ごめんごめん」

 帰り道。道路の三十キロ制限標識。白線の内側。友人は分かり易く顔を顰める。短い眉が幼い感じを残す、可愛い子だ。

「で、何だったっけ。彼氏が、ふしだらで? 」

「そこまで言って無いでしょお? ちょっと女にだらしないってだけえ」

 ってかさ、と、友人は私の顔を覗き込む。

「あんたの言ってるさ、その、空耳い? 最近多くない? いよいよやばくない? 」

 そう言われてみれば。私は目だけでうなずいて見せた。

「だよねえ」

 友人はいよいよ不機嫌に眉を上下させる。変な瞳の色。今更気がついた。

「でえ、その空耳ってえ、なんなの? 名前呼ばれてる感じい? 」

 聞かれて、私は答えに戸惑った。

「ううん。名前ではないんだよね。なんていうか、聞き取り辛いんだけど、なんていうか、おまじないに近いのかも……」

「はあ!? 」

 友人は大袈裟に声をひっくり返らせた。へんナ色の大きな目。変な目。

「おまじない? どんなあ? 」

「ええとね、よく、聞き取れないんだ。聞こえるのは、『ちいばぁのら』──? って単語。他にも何か言ってる気もするけど、それだけの気もする」

 私が答えると、HENNA色が、ギョロリと剥いた。

『ちいばぁのら』? ねえ、今、『ちいばぁのら』って言った?

言った……けど……

 怖くなって答えると、スカートが波に攫われた。

 潮風が、私の体中を舐め回すように通り過ぎる。重たい、しょっぱい風。

 太陽の下には、透き通った、青い海が穏やかに揺蕩っていた。私のギンガムチェックのスカートの丈を、ちゃぷちゃぷと濡らす。革靴の中が気持ち良く重たくなっていって、私はウミネコが鳴く音と、金木犀の香りとを、同時に嗅ぐ。

 満たされる。

 ママが、私の分のパンを切り分けてくれながら、ふと、微笑み掛けた。

「すぐにこの音は鳴り止むからね」

「この音? 」

 聞き返して、私は直ぐに恥ずかしくなった。

 表に見える、地獄の事に決まっているでしょう?

「ママ? 私たち、ここにいていいの? 防空壕の中へ入らなくちゃ。ラジオでやっていたでしょう? 警報が鳴ったら、入らなくちゃ」

 私が言うと、ママは優しく首を振った。

「いいの。もう、私たちは救われたのよ」

『ちいばぁのら』

「直ぐに私たちなんていなくなっちゃうんだから。ね? だから、ここでパンを食べていましょう」

「でも、隣のおじちゃんに怒られちゃう。そんなの、迎えに来ないって」

 ヘンナ色の目は、

「だあかあらあ、今直ぐ気がつかなくちゃ。ねえ、逃げられてると思ってるのお? ねえ、気がついてよ」


『ちいばぁのら』


 空が割れる。

 真っ赤な空が星を飲み込んでゆく。


 ねえ、私は、どこ?

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『Re:VerbRation』 サトウ サコ @SAKO_SATO

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