第40話 土方歳三vs不破健介

「いやあ参りましたよ。俺じゃ絶対勝てませんねあれ」


「お前の腕でそこまで言わせるとは、相手は俺以上の使い手かもしれん」

「まさかそんなことありませんよ、こいつが油断しただけじゃないですかね?」


 不破としては、甲斐が実力で完敗したとは信じられぬようで、油断という敗因を作りたがっているように思えた。


 「しかも相手はエルフの美少女だったんですよ。あれ、やばいっす。というより、なんか俺たちと剣の基本が似てる気がしたんですよね」


「そやつの名は?」


「ミシュア・ファルベリオス」


 ◇


 身の丈は160cmほど。

 すらりとしていながらも、身の筋から大地に鋭く強固な芯が通っているような存在感が際立っていた。

 エルフらしい痩躯に見えるも、その実は引き締まった肉体であるが、容姿もまた人目を惹くほどの美少女である。

 輝く蜂蜜色のような豪奢なブロンドヘアーをサイドテールで結び、大きく好奇心が強そうな瞳が周囲をきょろきょろしているあたりは年頃の少女のように可憐だった。

 エルフ族特有の線の細さと笑顔が妙にマッチしており、男たちはそれだけで目が釘付けになってしまっている。

 

 甲斐の名誉のために言っておくならば、この容姿に見惚れて負けたわけではない。

 圧倒的な剣技により、瞬殺されたのだった。


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 当日の控室に決勝のトーナメント表が張り出された。

 喜ぶ者、落胆する者、淡泊な反応を見せる者、多種多様ではあるが、あのミシュア・ファルベリオスは、じっと歳三を奇妙な雰囲気を滲ませながら見つめていた。

 無論歳三も察知してはいたが、殺気とも異なる視線にどこか居心地の悪さすら感じている。


 他人を装ってはいるが、すれ違いざまに米倉が声をかけてくるほどに異様さが漂っていたらしい。

 「先生、俺が奴の狙いを直接聞いてくるぜ」

「やめておけ。どうせ一回勝てばお主と当たることになる」

「まじだった! よし、俺がぶちのめせば済む話さ。甲斐の野郎、どうせあのかわいさに一目ぼれでもしちゃったんだろうぜ! ぎゃはははは!」


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 「先生、あいつやべえよ!」

「だから言ったではないか」


 米倉は二回戦でミシュア・ファルベリオスと対戦し、物の見事に叩きのめされて帰って来た。

「米倉ってさ本当にお約束を絵に描いたようなっキャラだよなぁ。あれじゃあ甲斐が負けるのもしょうがねえかな」

 不破は順当に二回戦を突破したが、負傷もないようだ。

「うるせえ、おめえもあのミシュアと戦えば分かるっての!」

「俺がミシュアと戦うのは無理っぽい」

「はぁ? てめえ勝つ気がねえのになんで出場してんだよ? ああん?」


 ポカリと米倉の頭が叩かれた。

「いてっ! って先生!?」

「俺と次に戦うのが不破だからだと気付かぬのか、このたわけ」

「あっ!」


 次の試合で歳三と不破が対戦し、ミシュアとSランク冒険者の勝者が決勝であたることになる。

 観戦に来ていた日本人村の人々は組み合わせ運が悪かった、決勝が不破と歳三ならばと残念がっているが、本人たちといえば強者と戦えるという剣士らしい血の滾りを堪能しつつその興奮に酔いつつあった。


 それは不破も例外ではない。


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 元々、なんでも器用にこなせてしまうタイプで、しかも見た目も女性から好感を持たれることの多い不破は、人生はイージーモードを素で行くタイプの人間であった。

 能力があるので努力も苦にならず、がんばっただけ身に付き才能も豊かなことからすぐに結果に表れるなんともうらやましい男である。


 そんな不破がこの異世界に来たときに感じたこと、それは罰が当たった。

 自分のように何でも器用にこなせてかわいい彼女が向こうからよってくる、いわば勝ち組。家も資産家でお金で苦労したことがなかったのであれば、ああこれは帳尻合わせなのか、と妙に納得したものであった。


 そこで仲間たちと出会い、あの土方歳三に鍛えられたとき、不破は思った。

「自分がうまくこなせると思っていたジャンルは、ひどく狭い一部でしかなかった」

 これが不破の精神を向上させ、価値観を一変させたと言っても良い。

 初めて人を斬り、新選組として皆を守ることを意識したときに、名状しがたい高揚感を得た気がしたのを今でも覚えている。

 堂々とまっすぐに同胞を守ること、誇りにできる今の身の上がたまらなくうれいしい。

 そのことを教えてくれたのが、目の前で対峙する化け物のような気迫を漲らせるあの新選組鬼の副長 土方歳三であった。


 「本物はやべえ!」

 甲斐とよく口にしたものだが、こうやって向き合っているだけで逃げ出したくなるほどの恐怖。

 だが、同じぐらいに戦ってみたい。この人に認められたい、全力でぶつかれることの幸せに震えそうだった。


 「はじめ!」



「うおおおおお!」

 あからさまな気合の掛け声。スタイリッシュさが似合う不破らしからぬ無骨さが迸る。

 自らの恐怖を振り払おうと必死な、不破の足掻きとも言える叫びだった。

 だがそれを歳三は評価した。


 困難に、試練に抗おうと足掻く者が歳三は好きだった。最後まで函館で戦った同士たち。あれだけの負け戦にも関わらず、あきらめず戦おうとした幕府軍や新選組。


 どこか色白な役者風の色男である不破は、いいところの旗本の次男坊のように見えるがその実、中々に見どころと良い資質を持っている。


 自分が為すべきことは、不破のこれからの人生の糧となる戦いをしてやることだと即断した。


 歳三はぐっと腰を落とし普段とは違う下段へ剣先を下ろした。これには不破のほうが踏み込みを一瞬ためらう。

 見知った相手、普段から叩きのめされている相手だからこその迷い、虚動。


 その一瞬で歳三は神速とも呼べる剣戟を下段、そして目を疑うほどにありえない上段からの面撃を同時に放ったのだ。


 不破は下段からの切り上げには対抗できたものの、見た者全てが同時としか思えぬ上下の剣戟に会場は静まり返った。


 したたかに面を打たれた不破は、ばたりと倒れるが、審判はしばし呆けたまま歳三の剣を見つめている。

 

 「しょ、勝者、ヒジカタ!」


 静寂に包まれた会場。恐らくその原因は何が起きたか理解できなかったからだろう。

 そして、静寂の帳がゆっくりと開け、十秒ほどして会場がどよめいた。

 剣士でない人々には、何が起こったのかさえ分からない攻撃であっただろう。

 

 それは甲斐や米倉、起き上がってきた太田もまた同様だった。

 応援に来ていた室岡が自然に問いかける。

「甲斐君、土方さんの今のすごかったねぇ。いったい何が起こったんだい?」


 甲斐はそう素直に質問できる室岡がうらやましいとさえ、感じていた。

 「すいません、俺もさっぱりすぎて……でも不破を昏倒させた一撃は、先生らしい手加減された剣…… はははは! すげえや、剣の高見ってあんなに上の上があるのかよ!」


 この会場で歳三が放った剣技について理解出来た者がたった一人だけいた。

 そう、あのミシュア・ファルベリオス。


 興奮冷めやらぬ甲斐たちであったが、太田がぶっきらぼうに問いかける。


 「でもよぉ、どうせ決勝じゃ土方の師匠があのみしゅなんたらファルべりおす? を倒しちまうだろ? 優勝はいただきだな」

 

 「そう楽観できないと俺は思っている」

「はぁ? てめえはアホか? あの超絶剣技見てもわかんねえのか?」

「いや、だからますます分からなくなった。あの剣技を見るまでは、土方先生でもあのミシュアには敵わないかもしれない、って思ってた。でも今は互角、なのかもしれないって」


 「お、おい……」


 太田も甲斐の実力は知っている。なればその発言を信じざるを得ない。

 幸いにも不破は治癒魔法ですぐに意識を取り戻し、ふらついてはいるがこちらに手を振っていた。

 

 「ひとつだけ言えることは、俺たちは弱い。神位の先の領域にいる人たちの剣技について語る資格はまだないのかもしれない」


 全員が押し黙る。

 そう、ミシュア・ファルベリオスが、Sランクの冒険者 ダルニ・エヴァースを一瞬で倒してしまっていた。


 こうして決勝は、土方歳三vsミシュア・ファルベリオスとの対戦が決定した。

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