夢の中にある幻 

記憶の中に想いがある

美香はそれをたどることしか出来なくなっていた

それは川で出合った男性の香り

病の苦しみから逃れられる一つの手段だったのかもしれない

しかし、獣から襲われるような苦しみが常に存在している

いや、待ち受けていたのだ


夢の中に和明はいた

そこは咲き乱れる花の中

小川で出会った女性がいる

女性は和明に微笑みを白い花とともに投げかける

奥に見える青い海と空が広がっている空間の中に


そこに咲く白い花は小川で出会った時の白い浴衣姿を思い起こして

僕は花を女性の黒く美しく長い髪に添え優しく抱き寄せた

小川での女性の香りに包まれて透明な瞳に誘われる

震える女性に揺れる僕の想い

今はホタルではない

咲き乱れる花が僕の心に舞っている

優しい花は女性の香りと共に現実から逃げようとしている僕の心を癒してくれた

時は短かったが、長く美しい黒髪が風の中で僕の頬をそっとふれようとした時に

髪は消え現実が僕を呼んだのだ

コトコトと足音をたてながら


苦痛である病は美香を死への通り道を準備し始めた

いずれ到着する先は闇が待っているはずであるが今見える世界は異なる

美香が見えたのは小窓にうつる夕日

せめて闇ではなく沈みゆくものだったのが少しばかりの救いだったのかもしれない

沈みゆく運命の中に奇跡はあるのだろうか

奇跡を願うも周囲からはうめき声が聞こえた


しかし奇跡の音がわずかに美香に聞こえたのだ

異なる方向の窓の外から和明がかすかではあったが歩いていく光景

しかし美香のもとへ和明の足跡が届く事はなかった

追いかけることが出来なかったからだ

しかし美香はいつか自分のもとへ音が届くことに願いを込める


その事に和明は気づくことが出来なかった

しかし、奇跡の音が和明にも届く

美香は一人の男性と出会う

それは、どうやら和明の親友だったようだ

理由は今は言えない

美香は親友に男性のへの想いを手紙に託して渡す

それは想いのない想いの手紙だった

想いは和明の親友へと

親友は美香の置かれている現状を知る事により迷いの中にいた

しかし、彼女の想いが親友の迷いを解き放つことは容易だった


和明は手紙を受け取り中身を読むも理解できない

日常の何気ない事しか書いていなかったからだ

名前すらも書いていない

しかし、理由は分からないが気づくことができた

気づかせてくれたのは仕事からの帰り道に舞っていたホタルだったのだ

しかし、すぐに辺りから消えていく

何やら和明に知らせてくれたかのように

なぜ、たわいもない内容だったのだろうか

しかし、美香はそのようにしか書けなかったのだ

悲しくも


次の日に僕は親友の光男に当然ながら理由を聞く

なぜか光男は理由を答えなかった

雨のしたたる音が刑務所の薄い壁越しから聞こえてきた

それは僕の気持ちを代弁するようだった

なぜ、女性は想いを書いてくれなかったのか

小川での出来事はホタルのように幻想だったのだろうか

僕は僕に問いかけるもわかるはずがなかった

雨の音は何を意味していたのだろう


苦痛が再び美香を襲う

しかし、その中で幻をみる

それは和明という名の青年だ

二人は草原の中で横になっていた

固く結ばれた手に想いを込めていた

書けなかった手紙の代わりに

空を見あげるとそこには優しい雲が浮かんでいる

二人で手を伸ばせばすぐにでも届きそうだ

幻であることは美香は気づいていた

しかしそれを否定はしない

幻であれいつまでもこの空間と想いがそこにはあった

静かにゆっくりと動いていく雲はいつの間にか消えていった

美香の幻とともに


これから起こることは幻であるといいのだが

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