酔い潰れていたお姉さんを助けたら、俺の学校の教師で『女神様』と崇められていた件。

夜空 星龍

プロローグ

 何事にも終わりは訪れる。

  

 あの夜空に浮かぶ綺麗な満月もいつかは壊れてしまうだろう。


 永遠に続くものはこの世の中にはない。

   

 俺、木村正輝きむらまさきはそのことを知っている。

 

☆☆☆


 平日の塾終わり、俺は近道の公園を通って自宅に帰ろうとしているところだった。

 いつもの見慣れた景色に違和感を覚えた。

 違和感というには分かりやす過ぎる、その変化に俺は足を止めた。


 この時間、この公園に人がいるのは珍しい。

 現在時刻は23時。

 塾の閉館時間まで自習室で勉強をしていた俺はいつもこのくらいの時間に帰っている。

 二年間変追うなわらずこの時間にこの公園を帰っているが、今まで人と遭遇したのは数えるほどしかなかった。

 だからこそ、目線の先のベンチに座っている真っ赤なドレス姿の女性に思わず違和感を覚えてしまった。

 しかもよく見れば、その女性の右手にはビールを持っていて、地面にはパンパンに物が入ったコンビニの袋が置いてあった。

 女性が手に持ったビールに口を付けた。

 その光景がまるで漫画やドラマでよく見るようなワンシーンのように見えたのは、その女性がテレビに出るようなトップ女優クラスに顔が美しいからだろうか。

 少し離れたところからでも分かるほど、月明かりに照らされたその女性の横顔は整っていて美しかった。



「もう!なんでこんなことになったのよ!私の一体どこに不満があったっていうのよ!五年間も付き合っておいて、いらなくなったらあっさりポイなんてひどすぎるでしょ!」


 俺とその女性しかいない公園に、そんな悲痛の叫びが響いた。

 そして、その女性はまたビールに口を付けた。

 頬を真っ赤にした女性と目があった。

 

「あ……」


 そう呟いた時にはもう遅かった。 

 俺の存在に気が付いたその女性はふらっと立ち上がって千鳥足でこっちに向かってきた。


「こんなところに人がいる~。しかも、君、高校生~?」


 俺の前までやってきた彼女はお酒臭かった。

 いったいどのくらい飲んだのだろうか。

 元からたれ目なのか、それともお酒のせいで目がとろんとしているだけのなのか分からない目が俺のことを見つめていた。


「君はだ~れ?どうしてここにいるの~?」


 呂律のあまり回っていない口調でそう言った彼女は微笑んでいた。

 情緒がおかしい……。

 まぁ、お酒を飲んでるみたいだから仕方がないのか、それに何か辛いことがあったみたいだし……。


「誰もいないと思ってたのに人に会えた~!」

「あの、大丈夫ですか?」


 言ってることよく分かんないし。


「大丈夫、大丈夫~。ちょっと悲しいことがあってお酒を飲んでただけ~」

 

 あの叫びはちょっとじゃない気がするんだけど……。

 彼女は微笑みながら、またビールを飲んだ。

 しかし、女優のような大きな瞳は赤く腫れあがっていた。その瞳がどれだけ泣いたのかを示していた。

 それに気が付いてしまっては、その微笑みは無理して作っているのではないかと思ってしまう。


「あの、大丈夫ではないですよね?」

「もしかして、さっきの聞いてた?」

「すみません。聞こえました……」

「そっか~。聞かれてたか~」


 俺に聞かれていたことに彼女は多少驚いていたが、その顔はすぐに微笑みに戻った。


「聞かれていたものは仕方ないね。そうなのだ!私は今日五年間付き合っていた彼氏に振られました!」

 

 左手を挙げまるで運動会の宣誓の挨拶みたく彼女は言った。

 そう言葉にしてことで心に蓋をしていた感情が溢れ出してきたのか、彼女は地面に座り込んで泣き出した。


「うわぁ~ん。なんでよ!なんで私が……」


 そんな彼女の泣き顔を見て俺は「こんなにも美人でも恋人と別れることがあるんだな」と思った。そう思うと、やはり永遠なんてものは存在しなんだなって思ってしまう。

 この世界はどこまでも残酷だ……。

 心を一度は交わした好きな人と死ぬまで添い遂げることができないことがあるのだから……。


「俺にはこんなありきたりな言葉しか言えないですけど……きっとまた素敵な人と出会えますよ」 

「……」

「すみません。無責任でしたね」

「……」

  

 大粒な涙を浮かべた瞳が俺のことを見つめていた。

 また、やってしまった……。

 まぁいいっか。彼女とは二度と会うことはないだろうし。


「では、僕はこれで失礼しますね」

「ま、待って!?」


 帰ろうとした彼女が俺の手を掴んだ。


「な、なんですか?」

「名前……名前教えて!」


 個人情報を教えるのは少しだけ憚られたが、これだけ酔っていれば明日には覚えてないだろうなと思って俺は自分の名前を教えた。

 だって、そうしないと手を離してくれなそうだったし……。


「木村正輝です」

「……正輝君」

 

 彼女は俺の名前をボソッと復唱すると、手を離した。


「じゃあ、今度こそ僕はこれで気を付けて帰って下さい」


 俺は彼女に頭を下げると、本当に公園を後にして自宅への帰路についた。

 さっきまで見えていた満月はいつの間にかくもに隠れ見えなくなっていた。



 

 

 



 この時の俺はまだ知らなかった。

 これから起きようとしていた忘れられない高校生最後の一年が始まろうとしていることを……。


 

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