第19話 凛水・この気持ちは
「リズ姉!ごめん、待った?」
息を切らした玲香が、ノンスリーブのワンピースの裾を揺らして駆け寄ってくる。
「ううん、全然大丈夫」
「ならよかった…それじゃあアパート見に行こう!」
パーカーのポケットに地図を突っ込んで、私は頷いた。
私、月樹、玲香、それに山脇さんの4人で、二軒に絞られたアパートの部屋を見に行く約束をしていたのだ。
「山脇さん、道案内よろしく」
「うん。ちょっと山の方だから、みんな歩くの頑張ってね」
知らないうちに春から夏へと向かっている空は、この時間帯でもまだうっすらと明るさを帯びている。
さっそく山脇さんを先頭に私たちは歩き出した。
「どんな部屋なんだろ、楽しみ」
「楽しみだねー!るき兄はどんなとこに住んでみたい?」
「うーん、景色が綺麗なところかなぁ」
月樹のシルエットが光でくっきりと映し出される。
――綺麗なのは月樹の顔だよ…
思わず毒づきたくなる。
月樹がいればどんな景色だって綺麗に見えそうだ。
って何考えてんだよ私!月樹に――実の弟にときめくなんて。
月樹がいればどんな景色だって綺麗?自分で言うのもなんだが、正直気持ち悪い。
だめだ。気持ちを切り替えよう。
ぺちん、と頬を叩く。
「どうしたのリズさん」
兄弟らしくしないと。
恋愛感情なんてものは必要ないんだから。
…恋愛感情?私はさっき恋愛感情を感じたの?
なんだか無性に恥ずかしくなってきた。
鼓動が急に早くなる。
「い、いや別に!!なんでもないよ!!」
そう、そうなのだ、月樹は誰から見たって綺麗なのだ。
これが恋愛感情なわけがない。
それに、誰かを好きになったこともない私が恋をするなんてありえないじゃないか。
でも――深呼吸して自分を落ち着かせようとしても、その「感情」は収まりそうにない。
「もしかして気分悪い?大丈夫?」
月樹が私の顔を覗き込む。
瞬間、顔が赤くなったのが自分でも分かった。
「そんなことない!!私は大丈夫だから。れいっかと話してきなよ」
「ほんとに大丈夫?顔赤いけど…熱ない?気分悪くなったら言ってね?」
「わかったかられいっかと話してきて!!私今ちょっと…」
「ちょっと?」
「な、なんでもない…」
「そう?」
不満そうな顔をして月樹は玲香と話を始めた。
あーあ、今日の私はどうかしている。
――あんな話を聞いてしまったからだろうか。
教室での沙月とかいう女子の様子を思い出す。
玲香に何かを囁かれた瞬間私に謝ってきたあの場面。
…仕草や視線から、予想はしていた。
これでもう決定的だ――あの子は月樹のこと好きなんだ。
ため息が漏れる。
いや、だめだ。
姉たる者、こんな感情に左右されてはいけない。
「リズ姉ー!」
「うわっ、何?!」
後ろから玲香が飛びついてくる。
「何ぼーっとしてるの?着いたよ!」
「あ…」
顔を上げる。
そこは、いかにも現代的な綺麗な部屋だった。
「広いねー。リズ姉は気に入った?」
「うん。落ち着く部屋だね」
「ベランダにも出てみよー!」
心地よい音とともに玲香が引き戸を開ける。
恐る恐るベランダに出ると、爽やかな風の奥にさっきの変な感情を吹き飛ばしてくれるような、美しい夜の街並みが広がっていた。
「うわぁ、綺麗…!」
抑えきれないとばかりに玲香が声を上げた。
きらきらと輝く瞳に夜景が映る。
月樹は無言で景色を惚れ惚れと見ていた。
「こんな景色を、もう会えないと思ってた兄弟と見ることができるなんて…」
「それは私のセリフだよ」
私は玲香の肩に手をかけた。
「ほんと、出会えてよかった」
半月が目立ち始めた空の色に思いを馳せる。
玲香の肌から伝わってくる温かさが、私たちがここに存在しているような――それを証明してくれているような、そんな気がした。
「これからもずっと、一緒にいられたらいいね」
月樹が微笑む。
その笑顔にまた心の奥が疼く。
このままじゃもっとおかしくなってしまいそうだ。
でもやっぱり、手すりに頬杖をついて風景を眺める月樹は、その景色に負けないくらいに――
「みんな、そろそろ次のアパートに行こうか」
山脇さんの声ではっと我に返る。
また気持ち悪いことを考えてしまっていた。
「2軒目はここからすぐそこだからね」
山脇さんに続いて歩きだす。
2軒目のアパートは、本当にすぐそこだった。
1件目から徒歩10秒くらいのところ。
「場所はそこまで変わらないんだよ」
山脇さんが木のドアに手をかける。
…と同時に、私にウインクした。
急にどうしたんだろう、山脇さんはそんなキャラじゃないのに――
ゆっくりとドアノブを回す山脇さん。
そして目についた、扉の奥のその物体。
見た瞬間、私はすべてを理解してしまった。
「――!!」
誰にも知られたくない私の趣味――でも、これがないと私は生きていけない。
そこにあったのは、
「わぁ…すごく大きなピアノ!リズ姉もそこに突っ立ってないで見に来なよー!」
山脇さんの家にあるのと同じ型の、グランドピアノだった。
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