第二章 「想」
第14話 玲香・入部届
あの日、私たちが生き別れた兄弟同士だとわかってから、事は気持ちいいくらい順調に進んでいった。
それぞれの里親も私たちが出会えたことにとても喜んでくれ、学校の近くのアパートを一部屋借りてくれると約束してくれている。
私はため息をついた。
「正直こんなにトントン拍子で進むと思ってなかったよ…ありがとうね、山田さん」
「今までずっと探してきた兄弟と会えたんでしょ?これくらい私だってするわよ」
山田さんは胸をトンと叩き、私たちの前にお手製のミックスジュースの入ったコップを並べた。
お日様を詰め込んだようなその液体を喉の奥に流し込むと、すっきりとした控えめな甘さが学校帰りの疲れた体に染み渡る。
ふぅ、いつ飲んでも本当に美味しい。
「本当にありがとうございます」
「山田さんの協力がなかったらこうやって集まる場所もありませんでした。ありがとうございます」
「いいのよ、凛水ちゃんも月樹君も!ゆっくりしていってね」
いささか赤い顔で手をパタパタと振る山田さんは、少し嬉しそうだった。
「そういえばれいれいとリズさんはどこの部活入るの?」
「私は吹奏楽部に入るよ!」
「え、れいっかって楽器できるの?」
リズ姉がからかうように私を見る。
「もー、私だってできるよ!」
「何の楽器?」
私が吹く楽器…フルートだ。
美しい音色と輝きに魅せられて、ずっと前から少しずつ練習してきた。
目を閉じると頭に湧き上がる、ゆるやかな旋律。
「…フルートを吹きたいんだ」
カランとジュースの氷が音を立てる。
「フルート?」
るき兄が意外そうに言う。
「うん。中学に入る前から決めてたんだよ。吹奏楽部でフルートを吹くのが夢だったから」
「へぇ、すごいね」
「そんなことないよ」
落ちているエアコンのリモコンを拾い上げながら答える。
「もう吹奏楽部入ったの?」
「ううん、まだ親のハンコもらってないから」
入部届をひらひらと振るとリズ姉は納得したようにうなずいた。
「リズ姉は部活どこ入る?」
「私は…」
恥ずかしそうに俯くリズ姉。
「私は、秘密」
秘密?どうしてだろう。
「ど…」
言いかけた時だった。
ガチャリ、ドアの開く音。
「玲香ちゃん、凛水ちゃん、月樹君」
にこやかに部屋に入ってきたのは山田さんだった。
「どうしたの?」
「クッキー焼いたけどいる?この家にはあんまりお客さんが来ないから、せっかくだし気合い入れて作ってみたんだけど」
「欲しい欲しい!」
「あはは、玲香ちゃんはいつも食べてるでしょ」
「えっと、あの…」
遠慮がちにリズ姉が手を挙げた。
「私も良ければいただきたいです!」
よく見ると目がキラキラしている。
あれ?
「…もしかしてリズ姉って甘党だったの?」
ぷいと横を向くリズ姉。
「別にそんなことないけど」
山田さんは嬉々としてクッキーのかごを置いた。
「じゃあ、置いていくわね。おかわり欲しかったらまた言ってね!」
「あ、山田さん!ちょっと待って」
この機会にハンコを押してもらおう。
机の上に置いてあった入部届を取る。
「入部届にハンコ押してほしいんだけど」
「うん、ちょっと待ってね」
山田さんは棚の引き出しからハンコを抜き取った。
かなり奥のほうに入っていたようだ。
「へぇ、吹奏楽部に入るんだ。やっぱりフルートを吹くの?」
「うん」
「そうなんだ。頑張ってね」
ポン。
小気味いい音とともに、入部届に朱色の模様が写される。
「はい。ハンコ押したよ。じゃあ私はこれで。ごゆっくり~」
「ありがとう!」
山田さんが部屋から出ていくと、私はハンコの押された入部届に目を落とした。
これで先生に提出すれば、私も吹奏楽部の部員になるんだ。
顔が自然とほころぶ。
「あれ?」
るき兄が入部届を覗いて声を上げた。
「え?どうしたの?」
るき兄の長い指が指したのは、さっき押されたハンコ。
「あっ」
ハンコには山田と刻まれていなかった。
そこにあったのは、
「
リズ姉がほろりと言う。
しばらく沈黙が走った。
「山田さん、押し間違えたのかな?音咲って何だろう」
キョトンとする私たちに、西に傾いたオレンジの光が降り注いでいた。
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