第33話 EX1-5生きるということ

「どうして僕だけ生きてるんだろう……」


 診療所のリビング兼寝室のソファーの上に座らされた少年がポツリと零した呟きに白衣の男性は乱雑にその頭を撫でながら苦笑いを浮べた。


「そりゃ運が良かったからだろ」


 男性の言葉に少年は呆然と目を丸くする。


「それだけ?」


「それだけだ」


 少年の問いに対する男性の答えは簡素なものだった。少年の頭から手を離すと男性はベットの脇に置いてあった煙草を手に取り、一本口に咥える。白衣の胸ポケットからライターを取り出し、火を灯すと白い煙が室内にふわりと漂った。


「お前が今日まで生きてきたのは全部、運が良かったからだ。大事に大事に守って育てている赤ん坊でも、運が悪けりゃ吐き戻したもんで窒息して死ぬし、ただ転んだだけでも打ち所が悪ければ死んだりもする。今、生きてるってのは幸運が偶然連続的に続いてるだけだ」


 言い終えると男性はすーと息を吸い込みぷはーと大きく息を吐く。男性の口からもくもくと白い煙が溢れ、煙にむせた少年はケホケホとむせこんだ。


「まあ、直ぐに納得できるもんでもないし、納得しろとは言わんさ。……さて、もう一人の方も面倒見てこないとな」


 そう言うと男性は少年の頭を一撫ですると倉庫の扉を開いた。




 倉庫の整備用ハンガーに収められた青鉄色の機兵の瞳に光はなかった。


「CK、起きて起動してるんだろ?」


 男性の呼びかけにもCKは応えない。


『CK、マスターガ貴方ヲ呼ンデイマス』


 隣のハンガーに収められているSS400が声をかけると暗かったCKの瞳にうっすらと光が宿る。


『あぁ、先生か……俺に何か用か?』


 ぼんやりとした声でCKが問いかけ、男性の方に顔を向けるとやるせない面持ちの男性の姿があった。


『何でそんな顔してるんだ?』


 はてとCKは首を傾げる。そんなCKに男性は真面目な口調で尋ねた。


「これからお前はどうするつもりだ?」


 男性の問いに一瞬CKの瞳が眩く輝くがその光は直ぐに薄暗くなる。


『……分からない。俺自身どうしたいのか分からないんだよ!』


 強引にハンガーのロックを外し頭を抱えCKは叫んでいた。


「CK……」


 どう言葉をかけてやれば良いのか男性が考えあぐねていると突如CKからけたたましいアラート音が倉庫に鳴り響く。


「巨獣か?場所はどこだ?」


 怒鳴りつける様な男性の問いにびくりとCKの肩が跳ねる。


『ここから……20km北西の方向。数は1……場所はSS400に転送した』


「分かった。行くぞSS400フェツルム!今から動けば間に合う」


 言うが早いか男性は灰白の機兵に乗り込むとSS400に転送された地図の赤い点に向かって駆けだした。慌ててその後ろ姿にCKは声をかける。


『相手が10m級でも量産機1機だけじゃ無理だ』


 引き留めようとするCKにフェツルムは振り返らず、歩みを止めることなく言い放った。


「そう思うなら、お前も来い。お前は機兵だろう」


 お前は機兵。その言葉がCKの胸に突き刺さる。


(俺は機兵。巨獣から人類を守る守護者)


 自分がどうしたいのか今のCKには分からなかった。けれど、自分が生まれた意味、なずベきことは分かっていた。

 それでもCKは動けぬまま、徐々に小さくなっていくフェツルムの後姿を見つめていた。




『巨獣を確認。これより戦闘を開始します』


 戦術AIモードになったフェツルムの流暢な音声がコックピットに響く。白銀の槍を構えたフェツルムの前には明灰に黒ぶちの毛並みをした自身の倍ほどの大きさの巨獣の姿があった。


「参ったな。20m級が相手とはな」


 やれやれとため息を吐きながらも男性と灰白の機体はその場を退くということはしなかった。


「こいつは気やすめだがな」


 そう言うとフェツルムは左手で金属製の球体を巨獣に向かって投げつける。球体は巨獣の足元に落ちると白い煙幕を盛大に噴出させた。

 様々なセンサーから敵の位置を測る機兵には無意味でも、視覚で標的を探す巨獣には煙幕の目隠しは有効だった。

 相手を見失い、たじろぐ巨獣に灰白の機兵の槍が叩きつけられる。10m級であれば肉を断つことの出来た一撃でも20m級の前ではただ、叩きつけただけに過ぎなかった。

 攻撃を受けたことでおおよその位置を把握した巨獣の丸太のような尾がしなり、フェツルムに迫る。

 直撃は避けたものの、巨獣の尾の生み出した衝撃波でフェツルムはバランスを崩しその場に転がる。慌てて立ち上がろうとした灰白の機兵の眼前にはがばっと開かれた巨獣の咢があった。


「しまった!」


 男性が声を上げると同時にほの暗い巨獣の口内に銀青の輝きを纏った刃が突き刺された。銀青の刃は巨獣の喉の奥の脊髄をも貫く。

 最後の抵抗と巨獣はその巨大な咢を閉じ、口にねじ込まれた青鉄色の機兵の肘をかみ砕いた。しかし、反撃はそこまでだった。脊髄を砕かれた巨獣は脱力しドォンと騒音をたてながら倒れ地面揺らした。


『先生、一人で無茶するなよ』


 苦笑を零しながらCKは無事な左腕を振り、着いた巨獣の血を払うとカシャンと音を立てブレードが収められる。


「CKもな」


 そう男性が返すとガクンとCKは片膝を地面につけた。巨獣を貫いた右腕は引きちぎられなかったものの肘が砕かれ力なく伸びたままになっている。


『流石にばれるか。間に合わせるのにちょっと無理した』


 いたずらを咎められた子供が浮かべる曖昧な笑みをCKが浮かべる。


「そのおかげで助かった。ありがとなCK」


 礼を言う男性にCKは気恥ずかし気に左手で頬を掻きながら視線を彷徨わせた。


『俺は……まあ、機兵だし。俺に出来ることて言ったら巨獣を倒すことだしな』


「そっか」


 男性は相槌を打つとCKの脇腹にフェツルムの肩を入れ、担ぐように立ち上がらせる。


「それじゃ、帰るか」


『止めは刺さなくて良いのか?』


「脊髄が逝って、あの失血量だと頸動脈も切れてるだろ。ほっといてもそのうち死ぬさ」


『それもそうだな』


 倒れた巨獣を背に二機の機兵は寄り添いながらゆっくりとした足取りで町に戻っていく。その背中を静かに労るように白銀の月が照らしていた。

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