第28話 約束

「これが海」


 クロムの全天モニタ一面に広がる白い砂浜と澄んだ青い海にミィは思わず感嘆のため息を吐いた。青い海ははるか水平線の彼方まで続き、ザザーと白波がゆるやかに寄せては返しを繰り返している。

 青鉄の機兵が片膝をおり、開け放ったコックピット前に手を添えるとミィは軽やかな足取りで砂浜に降り立った。


『こうしてゆっくり眺めるのは俺も初めてだな』


 巨獣討伐のため海岸線を訪れたとしてもゆっくり海など眺めている暇などあるわけもない。改めて海の広大さと美しさに見惚れて漏れたクロム呟きにミィは飛び切りの笑顔を向ける。


「今度はあたしと一緒にいろんなところをゆっくり見て回ろうよ」


『そうだな。次は……』


 クロムが次の目的地を思案している僅かな間にミィはパイロットスーツを脱ぎ捨て用意周到に着込んでいた白いワンピースの水着姿で海に飛び込んでいた。


「うわー、海の水ってしょっぱいんだ」


 海水のしょっぱさに驚くミィにクロムは呆れ笑いを浮かべるしかなかった。


『風邪ひくなよー』


「はーい」


 クロムの心配にミィは弾ける笑顔で応える。楽しそうに白波と戯れるミィの姿をクロムは微笑ましく見守っていた。


「ねぇ、クロム」


 呼びかけるミィは穏やかな浅瀬で水面に背を向けプカプカと浮いている。


『ん?何だ?』


 呼びかけられたクロムも片膝立ちの待機姿勢から砂浜に寝転がり空をゆったりと流れる雲を眺めている。


「約束守ってくれてありがとう」


『まぁ、約束したからな』


 微笑みかけるミィにクロムは気恥ずかし気に頬を掻きながら視線を泳がせた。

 パシャリと水音をたてひたひたと水を滴らせながら視界の外から何者かが自身に近づいて来るのクロムは察していた。それが、誰かなど見なくても分かっている。足音の主はゆっくりとクロムの胸の上によじ登るとパイロットスーツ片手に平らな胸部甲の上に寝転がった。


「クロムはあたしとの約束守ってくれたから、あたしもクロムとの約束守るからね」


『俺とミィの約束?何かしたっけ?』


 はてとクロムが首を傾げながらミィの方を向くと真剣な眼差しでクロムを見つめるミィの顔があった。


「あたしはずっとクロムと一緒にいるから」


 ミィの言葉に咄嗟にクロムは言葉が出なかった。果たされることのない約束。

 人の生きる時間と機械が在り続けられる時間は違う。ましてや巨獣を元にして作られた機兵アウルゲルミルの時間は100年はくだらない。下手をすれば1000年でも存在しうる可能性を秘めている。そんな存在と消費されるために作られた命。共に在れる時間は大きく違ていた。


(きっと、ミィは俺を置いていくんだろうな……)


 そう思っていてもクロムはそれを口にはしなかった。どんなに願っても永遠に一緒に過ごすことなど不可能なのだから。


(俺が忘れなければ良い。俺が忘れなければ主は今も俺の中に在り続けている。ミィだって同じだ)


 想いの決まったクロムはひょいとミィを掴むとコックピットに押し込み立ち上がった。


『これからもよろしくなミィ』


 笑うようなクロムの声にミィも「あたしの方こそ」と元気よく笑い返す。シート下からタオルを取り出し髪を拭くミィに何気ない口調でクロムが問いかけた。


『さーて、次はどこに行く?』


「うーん、次はどこにしようか」


『どこでも良いか』


「そうだね、クロムとならどこでも良いよ」


『風の向くまま、気の向くままってな』


 笑い合う機兵と少女を頭上高く昇った太陽が明るく照らす。行く先も決めずに青鉄色の機兵は歩き出した。銀色の髪の少女と共にまだ見たこともない景色を見るために。


 ーおわりー




文遠ぶんさんから素敵な完結イラストをいただきました。有難うございます。

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