第3話 合成たんぱく質の塊

 青鉄色の機兵アウルゲルミルの眼前には煤けた白かった壁と人類が通るのに適した大きさの扉があった。先ほどの生命反応を示す青い点はこの壁の向こうにある。しかし、どう楽観的に見積もっても扉は機兵が通れるものではない。


『……これはぶち破るしかないか?』


 外のシャッターと同様にぶち抜いた場合、中に瓦礫が飛散し生存者の身に危険が及ぶ可能性がある。

 結果、機兵が導き出した解答はなるべく瓦礫が飛散しないように扉周りを解体することだった。器用に機兵は扉周りを解体して自身が四つん這いで通れるほどの穴を作りあげると上半身をねじりこみ室内を伺った。

 室内は機兵の掌に収まる大きさのガラス質の培養カプセルが砕け床に散乱し、その傍らには人型の合成タンパク質の塊が多数転がっていた。ただ一つだけ。最奥のものは割れずに蛍光緑の培養液を湛え、その中に人型の合成タンパク質の塊をたゆたわせていた。


『生命反応はあいつか』


 既に生きてはいない。それが分かっていても機兵は合成タンパク質の塊を潰したくはないのか慎重に身体を支える左手を置く場所を選び、右手を無事な培養カプセルに伸ばす。カプセルを掴み身体を部屋から引き抜き、壁に寄りかかり座り込む。一息つくと機兵はカプセル脇にある小さなボタンを押した。

 カプセルから蛍光緑色の液体が流れ出し、機兵の掌を濡らす。全ての液が流れ終えるとプッシュと空気の抜けたような音を立ててカプセルは一人でに開いた。開いたカプセルから姿を現したのは腰まである長い銀髪のまだ未発達の体つきの全裸の少女の形をしたものだった。

 少女の形をしたものは閉じていた瞼をぱちりと開くとその金色の瞳で青鉄色の機兵アウルゲルミルをじっと見つめると、開口一番


「オジサン、誰?」


 とのたまった。これに機兵は明らかに不機嫌な態度を見せた。


『俺はまだオジサンって歳じゃない』


 ぶつくされた声を出しながら機兵は胸部のコックピットハッチを開いた。胸部甲が上下に分かれ内部のコックピットがあらわになる。


『シートの下に予備のパイロットスーツがある。それでも着とけ』


 言うと機兵は少女をコックピットに押し込むとすぐさまハッチを閉じた。

 あまり広くないコックピットに押し込められた少女は何とかシート下から背開きの臙脂えんじ色のパイロットスーツを取り出すと袖に手を通した。だいたい少女が着替え終えたところでコックピット内部のスピーカーから機兵の声が流れてくる。


『そこまで出来たら、後は指先とつま先を揃えたら手首のボタンを押せば、勝手に身体に合わせてくれる』


「うん、分かった」


 機兵の言葉に少女は頷くと素直に指先とつま先を揃えると手首のボタンを押すと、プシュっと圧が変わる音ともにパイロットスーツは少女の身体に吸い付いた。


「ちょっと、息苦しい」


 少女の不満に機兵は少しだけ優しげな声で


『我慢しろ。すぐに慣れる』


「むー、分かった」


 唇を突き出し不満を顔に出しながらも少女が大人しくシートに座ったのを確認すると機兵は立ち上がった。


『せっかく見つけたバッテリーを持っていかない手はないからな』


 ホイールローダーの格納庫へ戻ろうと機兵が足を踏み出したのと同時に少女の腹の虫がくーと小さく鳴いた。


『お前さんの飯も確保しないとな』


 どこか笑うような声で言う機兵は既に近隣の町の有無を検索していた。

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