Cr&My 鋼の明日はどっちだ

犬井たつみ

第1話 脱走《旅立ち》は雨の降る日に

 巨獣、それは太古の昔に滅んだとされる恐竜の骨格を持ち、その表皮は鱗ではなく鋼のように強靭な体毛を持った恐竜と獣の合成体キメラ。ある日、突如現れた巨獣たちは人類とその文明を貪り食った。このままでは人類が滅ぶと思われた時、ニ腕二脚の人型の機兵は生み出された。人類は機兵に原初の巨人を表すアウルゲルミルと名付け人類の守護者とした。

 こうして始まった巨獣と機兵アウルゲルミルの戦いは半世紀たった現在でもまだ終わる兆しは見えていない。



 暗雲立ち込める嵐の中、全長10mはあろうか、銀青青みががかった銀色のニ腕二脚の人型の機兵アウルゲルミルが背と腰に備え付けられたブースターに青い炎を迸らせながら雨にぬかるんだ荒野を疾走する。

 その背後には銀青の機兵アウルゲルミルとよく似た灰白の機兵が数機、機兵用のアサルトライフルを手に追随する。時折、アサルトライフルの先端が輝くと銀青の機兵の足元の地面が抉れあたりに破砕音を轟かせた。

 無限に続くかと思われた銀青の逃避行は長さ数km、幅およそ1km、深さはうかがい知ることも出来ぬほど、底の見えぬ闇の広がる大渓谷によって阻まれた。


「これ以上の逃走は無意味だ!大人しく投降しろ」


 灰白の機兵アウルゲルミルのうちからまだ若い男性の声で崖を背にする銀青の機兵に呼びかけが行われる。それに対し銀青の機兵のうちからは


「わりぃが投降は出来ねぇな」


 と中年男性の声が返ってきた。その返答に銀青の機兵を囲う灰白の機兵達は一斉にアサルトライフルを構える。


「仕方がない、撃て!」


 隊長機の号令とともに機兵アウルゲルミル達のアサルトライフルの引き金が引かれるのとほぼ同時に銀青の機兵はその身を背後の大渓谷へと投げ込んだ。

 言葉を失い、その場に立ち尽くす灰白の機兵達を余所に銀青の機兵の姿はあっという間に渓谷の闇の中に溶けていった。



 落下する銀青の機兵のコックピットの中、中年の男は申し訳なさと愛おしさを込めた声で機兵に声をかけた。


「ここまで、突き合わせて悪かったな……CK」


『いえ、本機はマスターと在れたことを誇りに思います』


「悪いな……どうやら、俺はここまでみたいだ……。お前は自由に生きろ」


 言うと男は正面の操縦桿の間にある青く輝くボタンを力いっぱい殴りつけると青いボタンはその色を赤へ変えた。


≪これより、自立AI行動に移行します≫


 電子音声がコックピット内に響くと、ビクンと銀青の機兵アウルゲルミルの肩が跳ね上がると同時に若い男の絶叫が渓谷にこだました。


『な───にが、自由に生きろだ!!こんな状況で自立行動に切り替える奴がいるか!』


 銀青の機体が谷底に激突するまで残り30秒といったところ。

 機兵はブースターを器用にふかし空中で後方宙返りし、銀青の機体は下向きだった身体を上向きに戻したところで、両腕に折りたたまれたクローム色の指先から肘まで程度の長さのブレードを展開させると眼前の岩壁目掛けて突き立てた。

 ガリガリとブレードは岩壁を削るがなかなか落下速度は緩まない。


『こんなところで、スクラップになってたまるかぁぁぁ』


 銀青の機兵アウルゲルミルが吠えると同時に背と腰のブースターが青い炎を吐き出す。徐々に落下速度は減退し、地表すれすれのところで落下は止まり、銀青の機兵は無事スクラップになることをま逃れた。しかし……、


『ぐぬぬぬ、抜けねー』


 機体の落下は止まったものの、今度は岩壁に突き立てたブレードが引き抜けなくなっていた。

 両腕を突き出した状態で機兵は思い切り岩壁を蹴り飛ばすとズボっと両腕のブレードは岩壁から抜けた。抜けたは良いものの、その勢いは死んでおらず、銀青の機体はゴロゴロと後方でんぐり返しを披露する羽目になったのは言うまでもない。


『ったく、ひどい目にあった。おい、マスターどういうつもりだ?』


 両腕の展開していたブレードを戻し、数度頭を振り胡坐をかいてぼやく銀青の機兵アウルゲルミルの声に答えるものはない。


『……主?』


 再度、機兵が呼びかけても返事はない。コックピット内にあるパイロットのバイタルを現すモニターには波型は描かれておらず、水平な線が描かれていた。


『なぁ、……主、またいつもみたいに俺をからかってるんだろ?そうなんだろ?……そうだと言ってくれよ主……』


 嗚咽にも似た銀青の機兵アウルゲルミルの呟きはさらに勢いを増した雨音にかき消された。

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