第12話 自称“天才”の麻矢が心細かった10年前の出来事
1994年2月11日
2月11日は憲法記念日で祝日、週刊誌を制作発行する業務的に毎週毎週締め切りに追われるため週の中ほどが祝日にる場合はほとんど休めない史矢が10年前に休めた2月11日は、一生忘れない悔やんでも悔やんでも取り返しのつかない日になった。
前日までの雪まじりの寒空から一転して小春日和を思わせる日差しが久しぶりで心地良い朝だった。
客間の横の縁側はちょっとしたサンルームなのだか、ほとんど開かない古い本棚や箪笥がひしめき合っていた。ここは宮前麻郁の実家であり、山鹿史矢はサザエさん一家でいうところのマスオさん。新婚生活は近所のアパートの一室でスタートしたのだが、出産~育児がきっかけで同居することになったのだ。
郁矢が生まれたころに発売されたのがロールプレイングゲームの「ドラゴンクエスト」、ファミコン初号機はまだ8ビットで画質はそれなりだったが当時の小さなブラウン管テレビには十分。深夜に夜泣きするのを抱っこしなから2人で夢中になった。じいちゃんやばあちゃんも巻き込んで家族で交代で遊んだのが初代スーパーマリオブラサーズ。酷使されたコントローラーのボタンがすぐに沈み込んで戻らず状態になって何度かコントローラーだけを買ってきて付け替えたほとだ。
客間には仏壇があったが、じいちゃんの希望で大きな仏壇を設置することになり、仏間を拡張工事。線香や蝋燭の煤を排気するための換気扇も新設。そのついでに隣の物置になっていた縁側も整理して子どもたちが遊べるスペースをつくった。そのころには小学生になっており、ゲームが室内遊びのメインになっていたから古いテレビをゲーム専用のテレビとしてそこに設置したのだ。
冬の茶の間はコタツと石油ストーブが暖房のダブルエース。火鉢に練炭の頃の名残なのか、ばあちゃんはストーブを簡易コンロの代わりにしており、煮物づくりに大活躍。そうでない時は大きな薬缶が乗っているのが普通だった。噴き出す湯気が乾燥も防ぐので湯が沸いてもそのままストーブに乗っているのがごく普通の光景だったし、寒い朝は子どもたちでもストーブの前で着替えることは普通のことだったのだ。
そんな暖かいストーブの前で事故は起きた。沸騰した薬缶が何かの衝撃で床に転落したのだ。その時に飛び散る熱湯が着替え中の郁矢に襲いかかった。一瞬の出来事だ、逃げられるすべはなく背後から熱湯を浴びた郁矢。客間から聞こえた大きな鈍い音に気づいて茶の間から駆けつけて目に飛び込んできた郁矢のその姿に母・麻郁の声にならない悲鳴、家の中が凍りついた。
すぐに浴室に連れて行って服を剥ぎ取り流水で冷やすなどの応急処置をする母・麻郁。史矢は気が動転しすぎて身体が硬直してしまった。痛々しく腫れあがった背中の熱傷は目を覆いたくなるが、気を取り直しながら懸命に車を出すことにした。救急車を呼ぶ状況なのに、何に遠慮したのか救急病院に連れて行った。どうやって運転して行ったのか~まるで覚えていない、こんなことは2度目だ。
高校生の頃から漫研つながりのメンバーで月例のボウリング会をしていた時に付いてきた郁矢は幼稚園の年長さん。1人で100円玉を持ってコーラの自動販売機に行き、ボタンと投入口に届くように踏み台(ボトルコーラのケース?)に乗って、取り出し口に落ちてきたコーラを踏み台に乗ったまましゃがんて取り出そうとしたときにバランスを崩したのだろう、転倒したようだ。父・史矢はゲーム中だったので、その場にいなかったのだが。
郁矢の頭部の真ん中あたりから噴き出る血が止まらないのでゲームを中断して慌てて救急病院を探し回ったのだ。
処置室では手に負えない熱傷らしく、背中から右足に達している。郁矢はまだ小学2年生、母・麻郁が元気づけるように声をかけ続けて励ましているのも手伝って辛抱強く激痛を耐えて泣くことも辛抱している。
入院、そして傷の状況が落ち着いたら形成手術が必要だという。
一緒についてきた麻矢は幼稚園の年長さん、兄ちゃんの怪我の具合を心配しているが、そんなに痛くないように見えたのか、すぐに一緒に帰れると思っていたようだ。
喉が渇いたというのでコンビニ店へ連れて行った。
「兄ちゃん、大丈夫よね」
「大丈夫、治るけど入院しないと」
「一緒に帰れないの」
「うん、あと1週間はね」
「オラ、おうちで1人で遊ぶの…」 (オラはテレビアニメのクレヨンしんちゃん、またはドラゴンボール悟空の影響)
缶のファンタオレンジを抱えた麻矢の小さな身体は不安でいっぱいのように見えた。
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