第8話 受験勉強ナシで県立高校で野球部に入る(つもり)
2003年12月6日
麻矢がこの時点で勝手に決めていた志望校は、できるだけ家から近く、野球部に入って楽しく遊べる県立・北高校であった。通学に余計な時間がかからず野球部も甲子園出場なんて目指さない、部活として野球で遊べると目論んだ結果だった。
放課後、いつも通り美術準備室へ向かっている麻矢に野上先生が声をかけると並んで歩きだした。
「北高だったな、第一志望」
「競争率高いんですか?」
「俺のクラス(3組)も3人いるし北高志望が」
美術準備室に入って野上は窓際のデッサン用の石膏像(ジュリアーノ・デ・メディチ胸像)の向きを変えながら続けた。
「たぶん五分五分よ、受かる確率も落ちる確率も。今は安全圏内でも、これから成績上位のやつらが絶対合格安全パイの北高へ鞍替えしてくるし」
~父親と一緒の情報やん~と思いながら聞いていると
「ここ数年、北高は国公立大学への合格率が良くなっているからな」
~でも毎日頑張って勉強するしかないでしょ~と麻矢が口に出して言う前に、
「オマエ、美術どうなの?」
「えっ、…部活としては好きですよ、進学塾より断然こっちですよ」
「高校でもやってみる気ない?」
「! そんな高校あるんですか?」
「あるよ、桃園中央」
「桃園? そこって女子高じゃなかったんですか」
「4年前から男女共学になっているよ、まあ女子のほうがまだ多いけどな」
「桃園も美術部が盛んなんですか」
「男女共学化と同時に新たに芸術コースができたので、その中に美術専攻がある」
「へー、ウチ(の中学)からそこに進学した人(先輩)は?」
「まだおらんね」
「難しいんですか?」
「学力レベル(偏差値)は北高よりずっと下だけど、定員が少ないのよ」
「何人?」
「40人」
「すくなっ」
「普通科としては学年8クラスで計320人だけど、その中の1クラスだけだから」
「それ、かなり厳しいじゃないですか」
「高校でも美術を続けるんなら私が推薦状を作るけど」
「推薦って?」
「40人中、28人は推薦から選抜されて合否判定が出る、その中のたぶん20人は美術コース、8人が書道コースに振り分けられるんだ」
「美術はたった20人?」
「(2組の)山田先生から成績を見せてもらったけど頑張ってるし、2年の時もまあまあだったから推薦の成績基準に達してるよ」
「推薦って試験しなくてイイってこと?」
「学力試験は免除よ、ただし、静物デッサンがある」
「絵を描くんですか? 試験日に」
3年2組担任の山田先生は学年主任としても全体の合格率を高めるために~より合格の確率高い志望校を薦めるはず~野上は学校の立場からも事情を吐露した。
「すいません、先生。(高校では)野球部に入ろうと思っているので」
「甲子園目指すには北高は弱いと思うけど」
「違いますよ、草野球みたいに遊びたいので」
「(野球部の)山上も北高志望だったっけ」
「あいつ(山上)は甲子園とか目指すレベルじゃないですよ」
「…家から近いとか遊びで野球部とか、オマエら動機がまともじゃないぞ」
~と言いながら野上が2004年度の募集要項資料をめくると~
「あ、桃園にも共学化から3年目に野球部が出来てるぞ」
「ホント? 知りませんでしたよ、まだ夏の甲子園大会の予選には出たことないんじゃないですか?」
「そうねえ、男子が少ないし」
野球部に入れて美術も続けられる~面白そう~トキメキを感じた麻矢。
「美術推薦で受験できるということは、今の受験勉強はしなくて良くなるってこと?」
「1月20日が推薦試験としてデッサン作画と面接があって、1週間後に合否判定が出る、合格したら受験完了。2月から自由の身というか残りの3学期は部活のために学校に来る感じかな、オマエの立場だと」
推薦入学を薦める野上だったが、内心、不安も持ち合わせていた。
桃園の芸術コースは8月に推薦入学を希望する受験生を対象に体験授業会を行なっていたのだが、夏休み期間に入る前に麻矢らに伝えるのを忘れる失態をしていたのだ。この体験授業会に出席して、ある程度の画力を先生たちに印象付けできれば合格へのアシストになったかもしれないのに。~でも実力があれば未出席でも(山鹿麻矢なら)大丈夫だろう~自らのミスだったが、このことは言わないでおこうと思った。
「その気があるなら両親に承諾をもらっとけ、15日までに受験願書と推薦状を提出するので、急がないと」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
麻矢は帰宅して、すぐに両親に推薦入試のことを話した。ちょっと遠いのでバスの乗り換えなど通学に時間がかかることは我慢するので、北高から桃園中央に志望校を変更すること、芸術コースの推薦受験にすることを許してくれれば野上先生が美術部顧問として推薦状を作ってくれることを説明した。
桃園中央高といえば、もう30年以上前に父・史矢の実姉・富士子が通っていた女子高ということから情報が更新されていなかったので、共学になった、芸術コースができた、野球部も創設されたことを知って驚いたが、麻矢がその気で、野上先生の推薦なら大丈夫だろうと2人に任せることにした。
念のため従姉・祐紀にも確認してみたら~芸術コースは知らなかったが~推薦なら内申点重視なので9教科でオール4以上の麻矢なら心配ない、とのことだったが…。
早めに登校した麻矢は駐車場に青のエスティマがあるのを見ながら職員室に直行して野上先生と担任の山田先生のデスクへ。志望校を桃園中央の推薦受験にへ変更することをお願いした。すでに野上先生からは山田先生に話は通っており、早速願書や推薦状を作ることになっていたし、その日の放課後の部活からは受験対策として静物デッサンの特訓が始まった。
2日後の三者面談では「北高では五分五分だったので志望校を再検討したほうが~と思っていましたら、野上先生から良いアドバイスいただいて」と母・麻郁があっけにとられるほどスムーズに和やかに終わった。
そのことを帰宅した父・史矢に報告すると
「アー君、頑張れよ。合格したら何が欲しい?」
「最新型の携帯電話お願い」
父親としては~公立高校に行ってくれるなら安いもんだ~と思ったし、麻矢も~もうマジで勉強しなくてよくなったし~デッサンの練習は楽しみだし、もうすぐ誕生日でクリスマスもくるし、お正月だし~と高校受験を前にしているとは思えないヌクヌクの冬を迎えていた。
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