第2話 家族旅行に素直に付き合う中学3年生

2003年8月20日

 1週間前のお盆に近隣に住む家族らと3年前の同じ秋に亡くなった麻矢の3つ上だった兄・郁矢と109歳という長生きだった曽祖母のお参り。麻矢の4つ上の従姉・祐紀は国立九州工業大学の工学部へ通い始めた理数系の才女。中学三年の麻矢の進路は誰もが心配する中で父・史矢は楽観していた。

 長男を14歳で亡くして実質一人っ子にしてしまったのもあるが、父親としては~面白いと思うことを楽しく伸び伸びとやってほしい、元気が一番~と勉強を強要することなく自由に遊ばせた、はずだったのに、意外に中学校での授業の飲み込みは良いようで、いわゆる主要5教科はオール4で、保健体育5、技術家庭5、音楽4、美術5という素晴らしい通知表。英語が2で県立の工業高校でさえ落ちてしまった自らの暗い過去の二の舞にはなりそうもなかったからだ。

 従姉・祐紀やその母親・富士子からは最近の高校と進学情報が発せられ、大学に行くつもりならそのレベルの生徒が集まる高校に行った方が良い、という当たり前のアドバイス。受験の半年前でも志望校が決まっていなかったのは学習塾に通っていないせいもあったし、仲良しの同級生たちも受験生なのだが休みのたびにゲームをしに遊びに来る環境もあったし、親子で小学生時代から週末に続けていたキャッチボールも軟らかいテニスボールから軟式とはいえ結構硬い試合球に替えて続けていた。


 次の土曜日から麻矢と両親の3人で鳥取県へ。旅行好きの母・麻郁はディズニーランド(TDL)やユニバーサルスタジオジャパン(USJ)などのキャラクターテーマパークに行くことが大好き。USJオープンの初日にも3人でやってきた。その翌年には父・史矢がマイカーを運転、片道7時間かけて再び大阪のUSJへ。長時間ドライブを苦にしない山鹿史矢、むしろ運転が好きらしい。それもあって今の職場で働いているのだが。

 車はスカイライン、車好きの間ではR34の車号で呼ばれ、日産自動車がプリンス自動車との合併後も系譜を受け継ぐ車体とストレートシックス(直列6気筒エンジン)搭載の最終型となったスカイライン史上10代目のモデル。3ナンバーの4ドアセダンは山鹿のそれまでの車歴では最も大きい。

 オヤジセダンと揶揄されるほどの箱型セダンなら常識の2ペダルAT(オートマチック)車だが、山鹿が選んだのは、こだわりの3ペダル5速ミッション。それまで乗っていたファミリータイプのミニバンはAT車だったが、スカイラインは走りの車なのでグッと趣味性を優先したのだ。ただトランクルームの広さだけは重要項目で、畳んだ車イスがスッポリ収まる幅と奥行きは確保した。購入当時、麻矢の兄・郁矢は自立歩行がすでに不可能だったからだ。

 ゆっくりと昼前の出発だったため鳥取入りしたのは夕方近く。車内ではMDにセレクトされた名曲の数々が流れ、後部座席へ大量のマンガ単行本(ワンピース)を持ち込んだ麻矢も知っている曲(SMAP)なら口ずさみ、知らない曲(25周年を迎えたサザンオールスターズ)が続く時はイヤホンで自分のMDプレーヤーを回した。

 夕食を済ませてから予約していた宿へ。その夜の友は部屋にあった古い小さなブラウン管テレビ。視聴できる番組は都市部よりグッと少ないが巨人戦のある局はネットされていて、それが終わると夏恒例の24時間TV。スペシャルドラマはジャニーズのアイドルを主人公にした車イス物で母親の涙を誘うのに絶好のテーマ、見ながら麻矢の兄・郁矢との闘病生活が想い出された。

 母・麻郁がテレビを見ながら先に寝てしまったので、就寝前の歯磨きに立った史矢が持参した歯ブラシに小さなチューブを絞りながらミラーに映る麻矢に問いかけた。「アー君はどの高校にする? 進路希望、そろそろ提出やろ」

 麻矢の学区エリアで一番の進学校は西築、従姉の祐紀もここから国立大へ難なく進学した。今の成績なら猛勉強すれば合格も不可能でもないが、進路指導部としては成績順に2番手、3番手の高校を挙げてくるのが普通だ。受験生の希望は学力成績次第で叶うという風潮しかない。

 「受験、というのは仕方ないけど(小学校~中学校のように)家から近くの高校で良くない?」と言いつつ薄い掛け布団を被った麻矢を目で追いながら~近いというと北高校、東工業か。今の学力でも楽勝かも~という思いと、~まだ大学進学まで見通せていないのはこの世代でも一緒だな~と父・史矢は思った。


 翌朝からの目的地は鳥取砂丘。最近は長崎ハウステンボスなどロングドライブの行き先はテーマパークだっただけに久々の自然の景勝地、砂丘は初めてだった。昨夜からの地元のテレビでも盛んにご当地ソングとして宣伝されていて、現地のスピーカーというスピーカーからは鳥取砂丘(水森かおり)の洪水のようだった。

 砂丘での強烈な暑さにノックアウトされたのは母・麻郁。到着はまだ暑さがマシなはずの午前10時ごろだったが、砂漠地帯の暑さを実感。名所である急斜面をやっとのことで登った麻郁は息苦しい様子で高台から日本海を臨む絶景を楽しむどころではなく、早々に麻矢と手を繋いで下山。

 「お母ちゃん大丈夫?」「はああ~死ぬかと思った、もうちょっとでアンタの兄ちゃんのところに逝くところだったよ」と言いなから美味しそうにボトルの水を飲み干して事なきを得た母・麻郁だった。

 地球を感じさせてくれた絶景は写真に撮るよりも深く心に刺さったのは麻矢も同じだったはずで、春から使い始めた初めての携帯電話で写メを撮っていた。

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