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USAのらきち

第1話 15歳の息子の思わぬ行動にドギマギするオヤジ42歳

2004年5月25日

 間もなく梅雨入りという火曜日の夕暮れ、原稿の校正を早めに終わらせて、面倒な日報は明日書くことにしてJR小倉駅へ急ぎ足。南福岡行きの快速電車にちょうど間に合ったので扉付近で手すりにつかまって15分で黒崎駅へ。そこからはバスセンターへ歩いて53番のバスを待つ。通勤と通勤帰りの人々で蒸し暑く混雑した乗り場には真新しいスーツ姿や制服姿もあった。午後7時を過ぎていたので学生たちは部活帰りなのだろう、いくつもの会話がビルの1階に位置するバスセンター内に反響する。

 そんな中で聴きなれた声がしたほうに視線を向けると同時に声を発した。

 「あっ、アー君!」その声が届いたようで、おしゃべりをしながらこちらを向いたのは山鹿麻矢(やまが・あさや)、15歳の男子で高校1年生。春からバスで隣区の高等学校に通い始めた。ここまでの路線は父親の通勤と同じだし、そのうち駅で帰りの時間が被ることもあるだろうとは思っていたのに、入学から2か月近くも会うことがなかった理由がこの後に判明した。

 「お疲れ~、今、帰り」麻矢に近寄りながらややテンションを上げて声をかけたのは父親の山鹿史矢(やまが・ふみや)。

 「あっ、ああ、そうよ」隣にいた2人の女子の視線がこちらに向き「どうも~こんばんは~」と挨拶を受けた史矢は意外な展開にドギマギしながら「あ、こんばんは」と言っていたら40番のバスが到着。乗るバスではないので乗車する人々に通路を譲っていたら麻矢と女子1人がその40番のバスに乗り込みながら、もう1人の女子に手を振っている。

「あらら~、何で?」今の女子たちや高校の事について話しながら一緒に53番のバスに乗って帰ろうと思っていたので、父親としてはガッカリしながら、その後に到着した53番のバスに乗った。

 40番のバスは途中で住宅が密集するエリアを通る通称「馬場線」と呼ばれていて、帰路で降車するバス停で合流して、すぐそばのバス営業所(車庫)に入る。バス停の位置は別だけど国道200号線を走る53番と同じような所要時間のはずだがら「家までの歩きでまた合流するかもしれない」と勝手に思っていただけで、そんなこともなく父は帰り着いた。

 「ただいま~、麻矢はまだ?」

 「まだよ、あと1時間くらいでは」と夕食の準備中の妻・麻郁(まあや)が冷蔵庫の扉を開けた。

 そうだった~、だいたい麻矢が学校の部活を終えて帰り着くのは8時半過ぎ。授業を終えて3時間はみっちり部活を頑張っとるなあ~と思い込んでいたが、ちょっと違うのかも~と思いながら巨人戦のナイター中継を見ながら夕食後に淹れてもらったコービーをすすっていると「ただいま~」と麻矢が帰宅したのが8時ごろ。

 「おかえり、今日はちょっと早いね」と言いながら食事の用意を始める母・麻郁。「明日から中間テストなんで部活は1時間短縮なんよ。ああ、やっぱ巨人負けてる。監督が(原監督から堀内監督に)代わっても弱いね」と言いながら耳から外したイヤホンをMDプレーヤーの上に置く。

 2003年の巨人(ジャイアンツ)は原監督が責任を問われて解任のような形になった。2002年の監督就任1年目は松井が50本もホームランを打って独走でセントラルリーグ優勝、西武ライオンズとの日本シリーズも4連勝で日本一になったのに、2003年は松井がメジャーリーグに行ったのも響いて3位に終わったからだ。

 大好きなカレーライスをほおばりながら「オトさん、野球中継が終わったらCD借りに行こう」とレンタル会員の父・史矢へねだった。史矢は昔のカセットテープ時代から好きなロックやJ-POPのLPレコードやCDアルバムから好きな曲を集めて1本のベスト盤として編集していくのが好きだったのでラジオやテレビから得た好きな音楽アーティスト情報を思い出しながら、コレというCDを棚から取り出す頃には、既に3枚のCDを麻矢が店のカゴに入れていた。ヒップホップで2002年の紅白にも出たキック・ザ・カンクルーが活動を休止するというので、これまでのシングルとアルバムをコンプリートしたいらしい。もう1枚はバックストリートボーイズ、初めて聴いてみるとそのサウンドは心地良いし、この秋に来日することで話題になっているらしい。もはや小学生の頃に夢中だったミニ四駆やドラゴンクエスト系のゲームやアニメのサントラだけではないんだなー、もう高校生だし。

 その夜は巨人が負けたこととレンタルしたCDをダビングすることで、バスセンターでの女子たちのことや、なぜ40番の馬場線バスに乗っているのかを聞き出せないままだった。

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