第3話 悪戯の結果

「――全く、とんでもないことをしてくれたわね!!」

「聞こえな~い」


 家に帰る馬車の中で、僕は両手で耳を塞いで笑った。レンファはシレ―ッとしているし、行きと違って1人御者席に座るゴードンさんは気まずげに咳払いしている。

 セラス母さんは、この通りプンプンだ。僕の両肩を掴んでブルブル揺さぶる。


「アレク! レンに唆されたんだろうけれど、あまりにも酷いわ! どうしてくれるのよ!!」

「聞こえない~」

「も~アレク! ……レンも、知らんぷりしているんじゃないわよ!」

「ようやく踏ん切りがついて、良かったじゃありませんか。あなたはゴードンを救うために、嫌々結婚するんです、それで良いでしょう? 止むを得ない理由があるのだから、亡くなった妹だって恨み言を漏らせませんよ」

「仕方なく嫌々結婚、おめでとう~」


 セラス母さんはグッと言葉に詰まって、すごく小さい声で「別に、仕方ないとか嫌々とか、思ってないわよ……」って呟いた。

 ――結局母さんは、あの場で頷くしかなかった。

 ただ急なことだったし、母さんは妹のことがあるから街には戻りたくない。今まで僕とレンファと一緒に森で問題なく生活していたって設定だから、結婚や養子の手続き? は、また今度ゆっくりなんだって。


 お爺さんは飛び上がるくらい喜んで「いつまで経っても身を固めずに、このまま孤独死するんだと思っていたのに――セラスと事実婚していたとはな!」ってゴードンさんの背中をバシバシ叩いていた。

 お婆さんもセラス母さんをギューッと抱き締めて「今まできつく当たって、本当にごめんなさいね。誰にも相談できずに、1人で苦労していたのに――」ってワンワン泣き出した。


 その時ばかりは母さんだけでなく、僕とレンファまでちょっと申し訳ないような顔になった。母さんとゴードンさんを助けて背中を押すためだったとは言え、嘘だからなあ。

 でもレンファは、僕に耳打ちする時に言ったんだ。これは取り返しのつかない悪戯で、二度と撤回はできない。母さんのために、一生嘘をつき続ける覚悟はあるかって。


 レンファ馬車に乗った途端、フッとロウソクの火が消えたみたいに無表情に戻った。あとなんかすごい疲れたみたいで、両手両足を伸ばしてダラッと座っている。まるでぬいぐるみが座っているみたいだ。

 生き生きしているのも可愛かったけど、やっぱり僕は、このジトッとしたレンファの方が好きだな。


 さっきはすごかったねって褒めたら「女性は誰だって複数の顔を持っています。それらを状況によって上手く使い分けるんです」らしい。女の人ってすごいな。


 母さんは僕から離れて膝を抱えて、モゴモゴぶちぶち文句を言っている。僕は荷台の上を這って、御者席の方に近付いた。

 覗き窓も何もついていないからゴードンさんの顔は見えないけど、声だけは届くから呼びかける。


「――ねえ父さ~ん、まだ家につかないの~?」


 御者席と後ろからもゲホゲホむせるのが聞こえて、僕は声を出して笑った。

 父さんと母さんはどうだか知らないけど、僕はずっとこの2人が親なら良かったのにと思っていた。嘘や悪戯で無理やりに変えられた関係なのかも知れないけれど、少なくとも僕は幸せだ。


「――あ!! でもさ、ひとつだけまずいことがある! ねえ、絶対にレンファはウチの子にしないでよ!? 結婚できなくなる!!」

「そうはいかんだろ、親父とお袋の前で子供は2人って言ったんだから……」

「ダメー! レンファだけ拾ったってことにしておいて! ――いや、僕が拾い子でも我慢するから!」


 もどかしくなって、荷台の中をぴょんぴょん跳ね回る。すると後ろから母さんが「危ないから、じっとしなさい!」って怒ってくる。

 僕はしょんぼり肩を落として、その場にゴロンと突っ伏せた。


「……だから、わざわざゴードンが「やむを得ず養子にするしかない」って話に持って行ってくれたんじゃないですか」


 レンファの静かな声色に、僕は顔を上げて「どういうこと?」って聞いた。


「セラスは今も子供を産めない体じゃないと困るんです。特別な魔女の秘薬で体を治したけれど、そのことを口外してはならないと魔女から脅されている――そういう設定だから」

「……うん」

「だから、アレクも私も公的には2人の〝本物の子供〟にはなれないんです。どこかで拾った養子――そういうことにしないと、セラスが産んだ実子なんて言い出したら、彼女が子供を産めない体じゃあなくなっていることが周りにバレてしまう」

「じゃあ、僕もレンファも血の繋がっていない拾い子?」

「そう。少なくともゴードンのご両親が存命の間は、実の兄妹で通すしかありませんが――その先はご自由に、ということです。公的には拾い子と拾い子、赤の他人なんですから」

「……もしかしてレンファも、そこまで考えてた? 僕との結婚、ちゃんと考えてくれているんだね!」

「気持ち悪い」

「うん!」


 僕はすぐ元気になって、体を起こした。レンファがため息をついても気にせずに、ニコニコ笑って荷台に座り直す。

 ――なんだ、そっか。じゃあ、レンファと兄妹になっても、悪いことばかりじゃないんだな。

 だって兄妹ってことは、同じ家で暮らせる。今までよりもずっと仲良くなれるかも知れない。仲良くなって、大人になって、そうしたら僕らも、父さん母さんみたいに結婚だ!


 ああ、だけど――レンファが大人になる前に、僕はまず僕の問題をなんとかしよう。ちゃんと前に進めるようにね。

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