第2話 ひどい悪戯

 あれから眼鏡屋さんに行って、色付きの眼鏡を買ってもらった。

 薄青いレンズで目が透けて見える。外に出て強い光が当たるとちょっと眩しいけど、でも我慢できるよ!

 眼鏡は、体が成長して視力が変わるたびに作り直さなきゃならないみたいだ。ちょっと大変だけど、すごく気に入った。これさえあれば帽子がなくても眩しくないからね。


 そうして街の用事を終えると、僕らはゴードンさんの商会まで馬車を取りに戻った。もう辺りはオレンジ色になっていて、ご飯の匂いがして、あとかなり肌寒い。


「さて、馬車を取って来るから少し待っていてくれ」

「――あ、待ってゴードン。私も挨拶して行くから」

「え? いや、でも……面倒じゃないか? ウチの親に絡まれでもしたら……」

「久々にここまで来たんだから、一声くらい掛けて行かないと」

「……わ、分かった。じゃあ、レンファとアレクはここで待っていてくれ」


 ゴードンさんは、なんだかドギマギ落ち着かない様子だ。セラス母さんがお家の人に見つかると、何か大変なのかな?

 僕はレンファと手を繋いだまま、大きな建物前でぽつんと立って待つ。


「君も私も、家族の縁が薄いですから……あまり共感しづらいかも知れませんが」

「うん?」

「例えば君が誰かと結婚して、子供――息子ができたとします。息子はメキメキ成長して、もう50歳近くになります。彼はよく働くのでお金持ちで、見た目はともかく性格は良いから人に好かれやすい。早々に結婚して、孫が居たっておかしくない自慢の息子です」


 僕は自然と、レンファとの間にできたキツネみたいな男の子を想像した。50歳のキツネはイマイチ上手く想像できなかったけど、平気だ。どんな子だって、僕の自慢には違いないからね。


「でも君にとって大事な息子は、もう何年も悪い〝魔女〟に夢中になっています。ただし魔女と結婚するでも、魔女から何か対価を受け取る訳でもなく、ただ一方的に尽くしまくっています。報われる事もなく約50年の人生を無駄にして、このまま1人きりで死んでいくのかと思うと――心配になりませんか? 目を覚まして欲しいとは思いませんか」

「……は、悪い魔女じゃないよ」

「例え話です」


 小さく肩を竦めるレンファの話を聞いて、僕は一生懸命考えた。

 母さんが悪い魔女のはずない。そもそも母さんは死んだ妹のことがあって、仕方なくて――だけど、ゴードンさんのお父さんお母さんからしたら?

 やっぱり悪い魔女、なのかな。


「……もしかして母さん、ひどく怒られる?」

「だからゴードンが気にしていたのでは?」

「そっか……でも、僕が怒らないでって言いに行くのは変? これって子供のワガママ? 僕は、あの2人は今でもそれなりに幸せだと思うんだ。それは、できればゴードンさんと結婚すれば良いのにと思うけど――死ぬまでそっとしてあげてって言うのは、やっぱり酷いことなのかな」


 僕の気持ち的には、母さんだって辛いんだから、意地悪しないでと思う。でもそれってたぶん、こっちの勝手な話だ。さっきレンファが母さんを叱っていたのと同じで「気持ちに答えないなら離れろ」「誠意を見せろ」って事だよね。

 どうしてあげるのが一番良いんだろうと悩んでいると、レンファが僕の手を引いて声を潜めた。


「意外と、であることを利用して引っ掻き回すのもアリなのでは? ……君は、取り返しのつかない悪戯に興味はありますか?」

「……え?」


 レンファは僕にコソコソと耳打ちする。その時、視界の端に建物から人が出てくるのが見えた。それは、物凄い形相でセラス母さんとゴードンさんを怒鳴り散らしているお爺さんお婆さんだった。

 ――いや、ゴードンさんは2人を止めようとしているだけだ。たぶん母さんだけが一方的に責められている。「出て行け!」って大きな声で言われて、母さんはしょんぼりしていて、それでも、決して2人から目を逸らそうとはしなかった。


 ああ、辛くても逃げないんだ。すごいな。


「――パパ、ママ、遅~い!!」


 すると、僕の隣から今まで聞いたことがないような高い声が聞こえてビックリした。隣を見れば、いつもと違って生き生きした表情のレンファが居て――僕はとんでもないが始まったなと思いながら、白い手を引いてのところまで走った。


 セラス母さんとゴードンさんは、ぽかんと口を開けたまま固まっている。母さんを怒鳴り散らしていたお爺さんお婆さんも、ピタッと動きを止めた。

 そのすぐ傍まで走って行くと、僕はレンファの手を放して母さんとゴードンさんの服の裾を掴んだ。


「僕、お腹空いた! 今日はパパも一緒にご飯食べるって言ったのに、嘘ついたの!? もう時間ないじゃん、早く帰らなきゃ!」

「え……っ、ええ!? ど、どうしたのよ、あなたたち何を言ってるの!?」

「も~パパママ、早く馬車出してよ! 私、寒~い!」

「い、いや……レンファまでどうした? 悪い冗談はやめ――」


 すごく困っている2人に構わず、グイグイ服を引っ張る。チラッとお爺さんお婆さんを見ると、目を丸めて口を開けてプルプル震えているみたいだった。

 僕はニコッと笑って「こんばんは~」って言う。するとお爺さんがビクッと体を揺らして、震え声で「ゴ、ゴードン……」って肩を叩いた。


「お前、この子らは――」

「え!? ち、違う、違うぞ、たぶん、2人が考えているようなことではなくて……!」

「もしかして……セラスお前、魔女の秘薬でまた子を産める体になっていたとか!? だとすればこの子たちは、2人の――ど、どうしてもっと早く言わなかったのよ! まさか、セラス1人に子供を任せて、ゴードンは街で悠々自適に暮らしていたってこと!?」


 お婆さんがセラス母さんの両肩をガシッと掴む。皴々で細い手だったけど、掴む力はかなり強そうだ。

 母さんは青ざめた顔で、フルフルと首を横に振っている。するとお婆さんはハッとした様子で、大きく頷いた。


「――分かった! 秘薬の効果を秘匿するよう魔女に脅迫されたのね!? 子供を産めるようになる薬だなんて、そんなものの存在が街に知れ渡ったら大変なことだもの……だから街には帰れずに、森に隠れて過ごすしかなかったの!? 確か、魔女とは古い友人でしょう? かなり特殊なモノを処方されたんじゃあ……」

「いや、あの」

「なんて事! そうとは知らずに私たちときたら、お前1人を責め立てて! 表沙汰にできない理由があったから結婚に踏み切れなかったのね……何よ、悪いのは子供を作るだけで無責任に放置している、ウチのゴードンじゃない!! ねえ、ゴードン!?」

「そうだぞ! 子供を2人も作って……毎日ただ物資を運ぶだけのくせして、そんなんで偉そうに父親面している訳じゃあないだろうな!! 俺たちにまで黙っているのはおかしいだろ! こんなに大きくなるまで隠して……もっと手厚い支援だってできたはずなのに」


 お爺さんお婆さんのあまりの勢いに、母さんは酷く困惑している。それはゴードンさんも同じだったけど――でもふとレンファと目が合うと、ハッと顔つきが変わった。


「――ああ、そうだ! 俺とセラスの子だ!」

「ゴードン!?」

「だが、魔女と「秘薬の効果について口外しない」って約束があるし、そもそもセラスは街に良い思い出がないだろ。森から帰りたがらなかったし、俺だって商会を蔑ろにはできなかった。子供らと離れて暮らしたのは間違ったことだと思っていない。養うには金だって要るんだ、当然だろ」


 ゴードンさんまで悪戯に参加して来て、僕とレンファは顔を見合わせて笑った。お爺さんが「なんだと!」って怒っていたけど、僕らは構わずゴードンさんに抱きつく。

 途端にお爺さんはウッと身を引いて、モゴモゴ話しづらそうにする。


「そ、そうは言ったって、籍くらい――セラスのことと子供の責任はとらないと」

「セラスが子を産んだと周りにバレたら困るじゃないか。籍を入れるなら、この子らを養子扱いにするしかないのに」

「この際、名目なんて養子でもなんでも良いだろう! とにかく、結婚せんと許さんからな!! 責任を果たさん恥知らずなら、ゴードン、お前とは縁を切るぞ! 商会もクビにする! この商会はお前の代で終わりだ!!」

「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ……!?」


 母さんは酷く取り乱して、ゴードンさんの腕を掴んだ。

 ――なるほど、レンファが言っていた「取り返しがつかない」ってこういうことかあ。


 ここまで来たら、もう母さんは「結婚する」って言うしかない。だってもし嫌だって言ったら、ゴードンさんは家からも、商会からも追い出されてしまうから。

 そして、お爺さんお婆さんの前で「結婚する」って言ってしまったら最後、母さんはもう


 なかなか酷い悪戯だ。でも僕は、母さんだってゴードンさんを見るが違うことを知っている。2人が少しでも幸せになるための手伝いができたなら――それで良いか?


 ゴードンさんは真剣な表情で「どうか俺を助けると思って結婚して欲しい」って、すごく狡くて、優しい告白をした。いつの間にかゴードンさん1人が悪者になっていて、しかも「助けるために」――そんな逃げ道を残してくれたんだろうね。

 もう、母さんは妹のことだって言い訳に使えないだろうな。きっとここに居る誰もが「昔のことに囚われるな」って言うに決まっているから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る