第4話 瓦礫の山
僕は、セラス母さんに言われた事をゆっくり考えた。
ある日突然、レンファが目を覚まさなくなったら? それはすごく怖いことだと思う。きっと、僕が誰にも愛されずに終わるよりも、もっとずっと怖いことだ。
もう会えなくなるのは辛い、話ができなくなるのも辛い。だけどそれは、たぶん全部、
「レンファは……目が覚めない方が嬉しいと思う。もしかしたら、毎朝「また死ねなかった」って泣いているかも知れないって考えると、なんだか僕まで辛くなる」
「それは――でも、そう……そうかも、知れないわね」
「もちろん、僕は嫌だよ? まだまだ生きていて欲しいし、ちゃんと結婚して欲しい。でもね、今度こそ死なせてあげたいとも思うよ。
僕は、一生懸命考えたことを言葉にした。本当は「死にたい」よりも「生きたい」や「死にたくない」って言葉を聞きたいけど、それだって結局は僕の願いで――レンファの意志を無視している。
セラス母さんはどこか納得していない顔で目を伏せていたけど、それでも小さく頷いてくれた。
「そういう考え方も、あるわよね。きっと、アレクはレンファのことをたくさん考えているんだわ。私はまだ、そこまでレンの立場になって考えられないけれど……」
「うん、だって母さんは前のレンファのことも知っているもんね。僕よりもっと仲が良いんだから、色んなことが気になるに決まっているよ」
「ええ、そうね。人と別れるのって、何度経験しても慣れないものだから」
母さんは明るく「よし、この話は終わり!」って言って、台所に向き直った。
僕は別に、人と別れることに慣れる必要はないって思う。
だって、誰かが居なくなった時に何も思わない人よりも、ちゃんと泣ける人の方が――絶対に優しくて、良い気がするから。
もしかすると、レンファもそうなのかな? 何百年も生きているのに、まだ慣れないのかな。きっと慣れないだろうな。だって、僕みたいなのが相手でも、目を見て手当てしてくれるような優しい子だから。
◆
結局レンファが起きたのは、11時前ぐらいだった。朝ごはんどころか、もうすぐ昼ごはんの時間だね。
前はあんなに早起きして、川で魚をとっていたのに――もしかして、クマみたいに寒いのが苦手? 寒くなると冬眠しちゃうのかも知れないな。
レンファは「すみません、寝過ぎました」って謝りながら、母さんの焼いたパンと卵のスープだけ飲んで、軽く腹ごしらえする。そうして食べ終わったら、昨日約束した通り3人で〝魔女の家〟の様子を見に行くことにした。
「これは……見事に潰れたわね」
昨日までは緑のツタに覆われていたはずの家は、ガレキの山になっている。あんなに青々と茂っていたツタは枯れて茶色くなっているし、家の中にあった薬の棚もぐちゃぐちゃだ。
本当に、レンファが下敷きにならなくて良かった。
「少し片づけましょうか。そうでなきゃ、地下室がどうなっているか分からないわよね」
「片付けと言っても、手作業ではなかなか難しいですよ。地下室まで辿り着くのに、どれだけの瓦礫を撤去しなければならないか。だからと言って、ここまで道具を運んでくるのも厳しいですし」
「ゴードンに頼みましょうか? たぶん手伝ってくれるわよ」
セラス母さんが言えば、レンファはちょっとだけ渋い顔をした。小声で「あなたが頼めば、そうでしょうね」って呟いた辺り、きっと2人の関係をよく知っているんだと思う。
「まあ、急いだところで陣がどうなる訳でもありませんし、片付けはゆっくりで良いです。むしろこうして瓦礫がそのまま残っている事が、既に陣が機能していない何よりの証拠だと思います」
「それもそうね。もし地下室まで崩れて瓦礫が陣に雪崩れ込んでいたら、それらが全部消えていてもおかしくないもの」
「……つまりやっぱり、解呪の陣はダメになっちゃったってこと?」
それって、レンファはどうなるんだ? もしまた死ねなかったら――また生き返っちゃったら。
今レンファは、どんなに不安な気持ちを抱えているんだろう。
ちらっと窺っても、やっぱりいつもの無表情だった。ただ黙って瓦礫の山を見つめていて、悲しんでいるのか喜んでいるのか、何も分からない。
「陣は――ダメでしょうね。呪いが解けたのか、それとも陣が損傷して機能しなくなったのか……それすら分かりませんが、ただ使い物にならないのだけは確かです」
「そっか、ええと……じゃあ、1回試しに、死ぬまで生きてみる?」
試しに死んでみる? とは言えなくて、僕はなんだか変な言い回しをした。レンファは僕をチラッと見て、ほんの少しだけ口元を緩める。
「そうですね。ちょうど私も、試しに死ぬまで生きてみようと思っていたところです」
「うん、それが良いと思う。それで、もしレンファが僕より先に死んだら、ここで君が
「……私より先に、君が死んだら?」
「え? うーん、そうならないように頑張るよ」
「君は本当に根性論が好きですね。すぐに危ない橋を渡って、命を捨てようとするくせに」
僕は首を横に振った。だってもう、昨日までの僕とは違うからね!
命は何よりも大事だから、これからは自分の命だって大切にするよ。もう誤魔化さないし、目も逸らさないって決めたんだから。
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