第3話 規格外れ
レンファが家にやって来た、次の日の朝。
僕は昨日やりかけだったお皿の片付けをしてから、いつも通りに家の外壁のホコリ払い、それと森から飛ばされてくる落ち葉掃きをした。
落ち葉は一か所に集めて、山にしてある。セラス母さんが言うには、じゃがいもとは種類の違う芋と落ち葉を使えば〝とっておきのバター吸い込み芋〟が作れるらしいんだ。
やっぱり、何がゴミで何がゴミじゃないかなんて分からないんだな。
昨日レンファとセラス母さんは、その方が早く済むからって2人一緒にお風呂に入っていた。僕だけ仲間外れにされちゃったけど、母さんに「本気でレンと結婚したいなら、まずデリカシーを身に付けなきゃね」って言われたから仕方がない。
でもデリカシーって何? プロテインとどっちが強いんだろう。たぶん、クマみたいになるためには必要なものなんだろな。
「――アレク。今朝も早いわね、お掃除ありがとう」
「あ、おはよう母さん。レンファは?」
集めた落ち葉の山は、また風に飛ばされないよう木の板で作った囲いの中へ入れる。すると家の扉が開いて、まだお化粧前の母さんが目をこすりながら出てきた。今日も髪の毛が全部右側にシューンって流れている。完全に寝起きだ。
母さんは口元に手を当ててあくびをすると、ちょっとだけ眉尻を下げた。
「それが、声を掛けても起きないのよ。朝に弱い訳じゃないはずだけど――昨日は色んなことが起きたから、疲れているのかもね。本当は朝からレンの家を見に行こうと思っていたけれど、泥棒が入る心配もないだろうし……彼女が起きるまで待ちましょうか」
「そっか。うん、きっとたくさんビックリしたと思う。いっぱい泣いていたし、ゆっくり寝かせてあげた方が良いね」
僕は、いつも玄関入ってすぐの台所がある部屋の床に転がって寝ている。
セラス母さんは「一緒のベッドで寝ましょうよ」って言ってくれるんだけど、朝早く起きる癖がついているからなあ。同じベッドだと、毎朝母さんを起こしちゃわないかなって心配になる。
それに、今はマシになったけど、最初の頃は大人の女の人と一緒に寝るなんて、気持ち悪くて考えられなかった。
でも、昨日はレンファが母さんと一緒のベッドで寝るって言うから、ちょっとだけ後悔した。もし僕が〝ベッド使用権〟を持っていたら、確実にレンファと一緒に眠れたのに!
そうなったらそうなったで、なんとなくレンファは「じゃあ、私は床で寝ます」って言う気がするけどさ。僕、すごく色んなこと――色んな可能性を考えられるようになったと思うんだ。これは絶対に〝まとも〟に近づいている証拠だね。
とにかく、レンファは僕のことを変だと思っている。あとどうしてか、怖いとも思っている。それと――何だっけ、セーシンイジョーシャ?
だから、あんまり僕のことが好きじゃないのは分かってるんだ。ちゃんと分かってるから、そんなに悲しくはないかな。うん、平気平気。だってもし好かれていたら、毎日「嫌われたらどうしよう」って不安に思うもの。
でも最初から嫌われているなら、なんかこう――明日も大丈夫! って気がするからね。よし、大丈夫で良かった!
「朝ごはん、先に食べちゃいましょうか。レンもお腹が空いたら起きてくるでしょう」
「そうだね! 僕、早く落ち葉で焼く芋も食べてみたいな~」
「サツマイモね? ゴードンに調達を頼んでいるから、そろそろ仕入れてくれる頃じゃないかしら……規格外のものばかり頼んだせいで、かえって手間取っているのかもね」
「キカクガイって?」
清掃用具を片付けて、母さんと一緒に家の中に入る。
もうかまどには火が入っていて温かい。外の空気で冷えた指先や鼻の頭、耳の上の方がじわじわ~って、むずがゆくなる。
前に母さんが「冷たい空気で
僕はそんなことをしろなんて命令してないのに、人間の身体って勝手に動いて、不思議で面白い。
「世の中の色んなものには〝規格〟っていうのが定められているのよ。例えば――アレクの思うにんじんは、どんな形?」
「えぇ、なんでにんじん? ええと……葉っぱがついてて、赤い実は真っ直ぐだよ。オレンジのもあるけど、長さは僕の拳二つ分ぐらいのをよく見るかな」
「私もそう思うわ、よく見る形だものね。標準――つまり、皆が思う〝普通〟の形が規格よ。もし、私の頭ぐらいの大きさのにんじんがお店に並んでいたらどうする?」
「怖いし、普通のよりもっと買いたくない」
「虫が食べて穴だらけになっていたら?」
「うーん……見た目は悪いと思うかな。でも、村では虫がついている野菜の方が美味しいって話を聞いたことがあるよ? 森でも虫がつかないキノコには毒があるんだ」
「だけど、にんじんの中にはまだ虫が入っているかも知れないわよ。虫そのものが居なくたってタマゴやフンがあるかも。でも、味だけは普通のにんじんと変わらないわ。アレクはそれに同じ料金を払える?」
僕は、にんじんの中から「やあ」って顔を出す芋虫の姿を想像した。もっと他に美味しいものはいくらでもあるのに、どうしてにんじんの中に住むんだろう? 全く、見る目のない芋虫だな。
でも思い返してみると、カウベリー村でも生育の悪い小さな野菜や虫食いだらけの野菜は、人じゃなくて牛に食べさせていた気がする。
森で採ってきた食べ物だって、潰れた木の実やカサが千切れたキノコは、物々交換する時に人気がないらしい。
――あ、ええと。セラス母さんから習ったのは、人気じゃなくて〝価値〟だったっけ。
「そっか。キカクガイって言うのは、普通のものと見た目が違うせいで価値が低くなるってこと?」
「ええ、そうよ。アレクはよく知ってるわよね? 「皆と違う」「普通と違う」ものって、ちょっと変な目で見られがちなの。だから規格外の野菜は、普通のものより少しだけ安い――けど
「ああ、分かった! 僕の目と髪もキカクガイってことなんだ。うん、すごくよく分かる。じゃあ、僕だって見た目を気にしない人からすればお得な人間なんだ!」
「人に対してそんな表現をするのはどうかと思うけれど、世の中そう捉われがちかも知れないわね。そもそも〝人間の規格〟ってなんなのよって話だけど――すごく嫌な言い方をすれば、私だって規格外だわ。
「ふぅん、じゃあレンファもキカクガイだね。見た目は子供だけど、中身は凄いお婆ちゃんだからさ」
セラス母さんは笑って「果たして彼女は「お婆ちゃん」と呼べるのかしらね」って肩を竦めた。確かに、あんまりお婆ちゃんらしくないかも知れない。
村に居た薬師のお婆さんは、もっとゆっくりぼんやりしていた。すぐ疲れちゃうし、すぐ眠くなっちゃうんだって。僕もお爺さんになったら、もう少しゆっくりぼんやり考えられるようになるのかな。
「ねえ、アレクもしこのままレンが目を覚まさなかったら、どうしようって思わない?」
「えっ……レンファ、もしかして呪いが解けて死んじゃったの?」
いきなり思いつめたような顔をするセラス母さんに、僕はギュッと胸が締め付けられた。
だけどすぐに「朝目が覚めた時に不安になって、すぐ呼吸を確認したわよ。ちゃんと生きていたわ」って言われて、安心してホッと息を吐いた。
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