第10話 魔女の核心

 レンファに頭をポンポンしてもらうのも、ひと月半ぶりだっけ? 僕はすごく嬉しくなって、いっぱい笑った。


「――ということで、遊んでください!」

「こんなに早く調べて来るとは思わなかったので、心の準備含め何の用意もしてないんですけど……約束は約束ですからね――それで、何をして遊ぶんです?」

「…………えっ? ――わ、分かりません……」

「……はい?」


 何をして遊ぶって言われても、普通は何をして遊ぶものなんだろう?

 ――しまった。僕ってばレンファに遊んでもらうことに夢中になっていて、肝心の〝遊び〟をひとつも考えていなかった!


 村の子たちは何をしていたかな? 思い出すのは、僕に向かって石やモノを投げてはしゃいでいた皆の姿だけだ。

 人に向かって石を投げるのが楽しそうとは思わないし、木や動物に投げるのもつまらなそう。だって、どんな小さな石でも当たるとすごく痛いんだから。

 痛いのが分かっていて、それを僕以外の人にも味わわせようって言うのはすごくおかしいことだ。僕はやっぱり、僕がされて嫌なことは絶対に人にしたくないな。


「……もしかして、遊んだことがないんですか」

「えっ? あ、う、うん……ごめんね。村の子は何してたかなって、今思い出してる――もう少し温かい時に遊びに来られたら、レンファに魚とりを教わりたかったけど……もう寒いからなあ」

「ええ。さすがに私も、最近は魚をとりに川に入るのを控えています」


 僕は思わず「だから最近、川に行ってもレンファが居なかったのかあ」って呟いた。またゴミでも見るような冷たい目で見られたけど、平気だよ! もう慣れてきたからね!

 僕は何をして遊ぼうかなって必死に考えたけど、勉強と同じだ。まず誰かに教わらないと、何が楽しくて何が面白いかなんて分からない。

 だからもう何かをして遊ぶんじゃなくて、せっかくここまで来たんだから、レンファの話が聞いてみたいと思った。


「ええと……じゃあ、レンファの話がたくさん聞きたい。話を聞く遊び」

「それは遊びと言えるのでしょうか……話す遊びなら、君も話すの?」

「僕? 僕の話は、あんまり楽しくないかも知れないけど――」

「最近セラスと何をしているか」

「……あっ。そうか、最近の話なら楽しいよ! じゃあ僕から話すね」


 僕が言うと、レンファは頷いてから「もらったお茶を淹れます」って椅子を1脚引いてくれた。



 ◆



 この森に来てからひと月半。

 僕はレンファと会ってケガの手当てをしてもらって、セラス母さんと会って手当てをしてもらって――なんだか手当てしてもらってばっかりだな?


 母さんはお腹いっぱいご飯を食べさせてくれるし、僕を大事にしてくれる。掃除をするだけで褒めてくれるし、家の裏から水を汲んでも、料理の手伝いをしても喜んでくれる。

 商人のゴードンさんは服や体を大きくするプロテインをくれて、体を鍛えるための運動も教えてくれる。お陰でガリガリに凹んでいたお腹が、最近ぽっこりしてきたんだよ。


 あと、母さんからは色んなことを教わっている。

 僕のをどうにかするために道徳の授業をたくさんしてくれるし、文字や計算の勉強も。僕が教えてって言ったことを、全部教えてくれるセンセイだ。

 知らないことを新しく知るのはとても楽しいし、体も大きくなる。カウベリー村に居た時とは何から何まで違う生活は、なんだか夢みたいなんだ。


 セラス母さんにとってもゴードンさんにとっても『アルビノ』は珍しいものじゃないのか、僕を見ても気味悪がったりいじめたりしない。

 ただ、ゴードンさんは男の子の僕がセラス母さんと仲良くしていると悔しいみたいだ。たまに息ができなくなるくらいお腹をくすぐってくるから、相手するのが大変なんだよね。


 その話をすると、レンファは小さく「ふふ」って声を出して笑った。こんなにはっきり笑ってくれたのは初めてかも知れない。

 レンファがセラス母さんと友達だったってことは、やっぱりゴードンさんとも友達だったのかな?

 なんだかずるいな、皆だけ友達なんだ。もしかしたら、これがゴードンさんが言う『妬ましい』なのかも知れないね。


「そのお陰で、君は痩せウサギからウサギになったという訳ですね。まだまだ細いですけど」

「う、ウサギじゃないよ、アレクシス!」

「いつの間にか背も伸びたみたいですし……今まで栄養失調気味でしたから、当然と言えば当然ですね。そんな勢いで伸びると、成長痛が酷そうですけど」

「……セイチョーツーって何?」

「成長痛っていうのは……背が伸びる速度が早すぎると体が追い付かなくて、痛くなるんです。それが成長痛、夜中に痛くなるのが多いですね。牛乳や小魚をたくさんとっておいた方がいいですよ、骨がスカスカになると困りますから」

「夜に足が痛くなるの、セイチョーツーだったんだ! 病気じゃなくて良かった……」


 村に居た時はほとんどご飯を食べさせてもらえなかったから、僕はずっと体が小さかった。だから成長痛なんてものは経験した事がない。なんだか、大人になった気分だね!


「じゃあ次は、私が話す番ですね。ただ、人に何かを教えるのは……正直言ってセラスほど上手くはありません。だから、あまり期待しないでください」

「あ、ええと……ごめんね、もし話したくなかったらダメで良いんだけど――僕、レンファの〝呪い〟の話が知りたいんだ」


 チラッとレンファの顔を窺うと、予想通りすごく冷たい目をしている。この話、嫌いなんだろうな。

 本当はこういう嫌な話って、あんまり聞かない方が良いんだよね。僕だって、家族のことをどう思っているのか聞かれたら――ちょっとだけ、話したくなくなる。


 だけど、呪いについて知らないと、僕はレンファを助けてあげられないと思うんだ。母さんも「ダメで元々ぶつかってみなさい」って言ってくれた。


「僕、本当にレンファが好きなんだ。なんでか、よく分からないけれど……たぶん、レンファじゃないとダメなんだ」

「――だから、それは」

「初めて優しくしてくれたのがレンファだから〝すりこみ〟なんでしょう? ……でもね、僕はレンファよりもっとずっと優しいセラス母さんと一緒に居るんだ。確かに母さんも『好き』だけど、それはレンファに対するモノとは違う気がするよ」

「単に、セラスとは肉体の年齢に差があり過ぎるからです」

「でもレンファは、セラス母さんよりずっと年上だ――それに、忘れてる? 僕は元々、の魔女に愛されたくてこの森まで来たんだよ。年がどうなんていうのは関係ない」


 レンファは小さな声で「あのやらかしお節介おばさん、人の話をベラベラと――」って呟いた。

 僕はまだ、レンファから直接呪いについて聞かされていない。だからセラス母さんの手を借りちゃったんだよね。


「……どうして呪いについて聞きたいんです?」

「どうして……?」


 僕は改めて、どうしてだろうって考えた。

 いつまでも死ねないレンファが可哀相だから? レンファが好きで、助けてあげたら僕のことを好きになってくれるかも知れないから?

 ――どれも正解で、どれも間違っているのかも知れない。


「僕は、たぶん……レンファと死にたいんだと思う」

「――――死にたい? ……生きたい、ではなく?」

「生きるのは、もちろん。でも僕が一番欲しいのは、最後の――終わりの約束なんだ。だってレンファのことが好きだから、例え結婚できても本当の意味で一緒に終われないのは寂しいよ。僕の魂だけ終わって、でもレンファはまた次のレンファになって……次のレンファが別の、また僕みたいなのに好かれたら、それはきっと『妬ましい』から」


 僕は心の底からそう思ったから、正直に話した。レンファはちょっと不思議そうに首を傾げて、真っ黒なキツネ目をぱちぱちしている。

 僕もレンファもしばらく何も喋らなかったけど、少ししてからレンファが口を開いた。


「――もしかすると君は、私の想定していた以上にやばい人種なのかも知れませんね」

「僕やばいの? わあ、それってすごい?」

「まあ、すごいですね、ある意味」


 そこでレンファは言葉を区切ると、ため息を吐き出した。


「確かに、私の精神は途方もない年月を生きてきました。数えることすら馬鹿げて思えるような時間を過ごす間、私が呪いについて誰にも相談していないと思いますか? ずっと1人きりで頭を悩ませていると? ……そんなはずがないでしょう。何人もの知見を求めて――それこそ、今は失われた呪術について詳しい人間にも何度も相談しました」

「うん」

「だけど――それでもダメだった。呪いを解くための〝ゴミクズ〟が何なのか、分からないままなんです。それを、何も知らない子供の君が解決してくれると?」

「解決できるかどうかは分からない、だって僕は何も知らないんだから。でも、一緒に死にたいから聞きたい。やってみないと分からないからね」


 思ったままに言えば、レンファはちょっと考えるみたいに目を伏せる。そうしてちょっと経ってから僕を見ると、ほんの少しだけ意地悪な顔をして言った。


「……良いでしょう。決してくれたら、特別にバタークッキーを焼いてあげます」

「ええっ、本当に!? 僕いっぱい頑張るよ!」

「や、安い男ですね、普通ここは報酬の交渉をすべきところですよ……」


 ――本当は、好きになってくれたら一番嬉しいんだけどね。でも、僕はバタークッキーもレンファと同じぐらい好きだから!

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