第4話 道徳心3

 僕は、なんだか落ち着かない気持ちでセラス母さんを見た。母さんは右手のペンをくるりと一回転させてから、僕じゃなくて本を眺めながら話し始める。


「――今から、すごく嫌な話をするわ。アルはカウベリー村で、どんな扱いを受けていた?」

「扱い……僕? 村で……」

「あなたと出会って、もう2週間が経つわよね。初めて見た時よりもケガの調子はよくなっているし、まだまだ痩せているけど――前ほど「今にも倒れて死んじゃいそう」なんて思うことはない」

「……うん、そうだよね! 僕すっごく元気になったと思う、嬉しい」


 僕は大口を開けて笑いながらセラス母さんを見た。でも母さんは僕を見てくれなくて、どうして良いか分からなくなった。

 別に怒っている訳ではない、と思うけど――なんだろう。なんか、今にも泣き出しそうで困る。セラス母さんはちょっとだけ声を震わせて、もう一回「アルは、村でどんな扱いを受けていたの?」って聞いた。

 本当のことを言ったら、母さんは泣いちゃうんじゃないかな。母さんすぐに泣くから――でも、嘘をつくのもな。


 僕は少し考えて、正直に話すことにした。噓つきは泥棒の始まりだからね。


「僕はこんな見た目で生まれて、他の子と違うから……ずっと「呪いだ」って言われていたよ。カウベリー村にアルビノは僕1人だけだったから「皆と違う」っていう呪いにかかっていたんだと思う」

「……そう」

「村の人には、すごく嫌われていた。大人たちが「アレクシスは呪われている」って言って叩くから、それを見た子供たちが真似するんだ。でも、直接触りたくないからって、石とか泥とか……卵とか、投げられていた。僕のケガはそういうのでできたのがほとんどで――あとは井戸の水汲みや薪割り、森の中で引っ掻いてくるような動物と会った時のものかな」


 母さんは黙って頷いた。だから僕はそのまま、村でのことを思い出すためにちょっと斜め上を見た。


「嫌われていたから、最近は「もう子供じゃないんだから自分でご飯が食べられるでしょう」って、ご飯ももらえなかった。それでよく森の中を探し回ってたいかな……ケガが多いのと、いっつも泥だらけで汚かったから、お風呂も入れなくて――あんまり、家の中にも入れてもらえなかった。あと……ちょっと変な大人の女の人に、服を脱げって言われたり、よく体をベタベタ触られたりしてた。それは今も、あんまり思い出したくない」


 僕は目線をセラス母さんに戻して、それからペンをもつ右手に下げた。


「えっと……これは〝たぶん〟なんだけど――母さんと父さんも、僕みたいなのを産んじゃって、村の人から「呪われている」ってきつく当たられていたんじゃないかと思うんだ。でも僕の後に、ちゃんと普通のジェフリーが産まれてきたから……それで、呪われているのは僕だけってなったんだと思う」


 前にレンが言っていた。カウベリー村は閉鎖的ヘーサテキな村だって。

 母さんに意味を聞いたら、村に閉じこもって外に目を向けようとしないから頭が固くて、思い込みが激しくて、差別意識がちょっと強いってことらしい。


 ――それは、村に「普通と違う」のが混じっていたら、すごく気持ち悪いと思う。

 母さんと父さんはジェフリーが産まれるまで、どんなに辛かっただろう。家族の中でが村の人に嫌われていたから、カウベリー村でも12年生きて行けたんだ。もしも家族が嫌われていたら? 誰も物々交換してくれなくて、皆に石を投げられて、叩かれたらと思うと――きっと誰も、あの村では生きられなかったと思う。


 それだけつらい目に遭っても閉鎖的な村の人は外を怖がるから、別の村に引っ越そうなんて思わないんだってさ。逃げずに村に残るなら、きっと死ぬしかないってことだよね。


「だから――だからね? 仕方ないんだよ。母さんと父さんは、ジェフリーにんだ……だからすごく大事で、可愛いんだ。そうしてジェフリーが可愛ければ可愛いほど、村の嫌われ者の僕は邪魔になる。だって、僕を大事にしたら――また村の人から嫌われちゃうでしょう?」


 僕はいっぱい笑って、セラス母さんの震える右手をギュッと握った。


「全部仕方ないから、僕は平気だよ? 全然嫌じゃないんだ、何も……変な話じゃないからね。だから泣かないで」

「――泣いてないわよ」


 セラス母さんは俯いたまま泣いてないって言ったけど、鼻声だし、テーブルの上にポタポタ水が落ちている。

 本当に、すぐ泣くんだから。別に自分の話じゃないのに、不思議だ。

 だけどなんだか、胸の辺りがザワザワしていたのが少しだけ落ち着いたような気がする。


 母さんはしばらくスンスン言っていたけど、左手で目の周りをゴシゴシすると、顔を上げた。やっぱり目が真っ赤になっているけど、僕は何も言わないことにした。


「――アルのはね、仕方なくないけど、確かに仕方がないことだったのよ」

「……うん? うん、仕方ないよ?」

「あなたはカウベリー村で『負けっ放し』だったの。村のヒエラルキー……組織構造、ええと、なんて言えば分かりやすいのかしら?」


 セラス母さんはそう言うと、本の白いところへ図を描いた。

 それは三角形だったけど、ちょっと変だ。僕の思う三角形って尖っているところが上を向いて、下はどっしり平らになっているんだけど、母さんが描いたのは逆だった。

 尖っているところが下になっていて、どっしり平らになっているところが上に来てる。


 なんだか、今にもグラグラになって倒れそうな三角形だ。逆三角形って言えば良いのかな?


「これはカウベリー村の状態を表しているわ。アルはね、残念だけどこの一番下を支えている『負けっ放し』の役目を負っていた」

「えぇー! すっごくグラグラしそうだ……ガリガリの僕じゃ、これは支えられないよ!」

「そう、どうしたって支えきれないのよ。アルはカウベリー村の一番下、村人全員があなたの上に乗っかっていて――あなたをいじめることで、他の皆は安心して生きていた」

「……安心? どうして? 僕、セラス母さんに命の話を聞いた時に、ちょっと不思議だったんだ……村の人は、どうして僕を食べもしないのに潰そうとするんだろうって。だって、それってなんの意味もない気がするんだよ」


 僕を潰して美味しく食べたいって言うなら、仕方ないけど――でも、きっと呪われた肉なんて食べたくないはずだよね?

 畑を荒らす動物みたいに悪さをしたことなんてないし、よく疑われていたけど、泥棒だってしたことがない。それなのに、どうして罰を受けなきゃいけないんだろうって、不思議だった。


 でもセラス母さんは「意味ならあるわ」って言って首を横に振った。

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