第10話 魔女の呪い

 魔女のレンと別れたあと、僕はセラス母さんと一緒に番人の家まで戻ることにした。

 森の散歩も、川や魚を見るのも、レンと会えたのもすごく楽しかった! カウベリー村に居た頃は、森と言えば食べ物を探す場所だったけど――売り物を探す仕事場でもあったから、僕はずっと気が張っていたんだ。

 だから、森を歩いていてこんなに楽しい気持ちになったのは初めてかも知れないなあ。


「――つまり、レンが後先考えずにアルの服を〝ゴミクズ〟として取り上げちゃって……そのせいで着るものがなくなって、女の子のワンピースを着ていたのね?」

「うん、そうだよ」


 家まで戻る途中に、僕は改めてこの服を着ている理由を話した。なんだかセラス母さんはショックだったみたいで、ずっとおでこに手を当てて唸っていた。

 ――僕、ちゃんと「セラス母さんの息子になる」って言ったのに。母さんだって「息子が傍に居るだけで良い」って言ってくれたのに。でも全く信じられていなかったなんて、僕もちょっぴりショックだよ。


 実は娘が欲しかったのかな? だったら悪いことしちゃったなあ。でも僕、これから女の子になるつもりないし――うーん。

 こればっかりは考えても仕方がないからやめて、僕はセラス母さんにずっと気になっていたことを聞いた。


「レンは、どうして〝ゴミクズ〟を集めるの? ゴミクズって何?」


 本当はレンに聞けたら良かったんだけど、聞いても教えてくれそうにないから、ちょっとだけズルをする。分からないことは、人から教えてもらうしかないからね!

 セラス母さんはやっとおでこから手を放して「うーん、そうねえ」って悩んだ。


「実は私も詳しくは知らないんだけど、ずっと〝ゴミクズ〟を探しているんですって」

「探す?」

「ゴミならなんでも言い訳じゃあなくて……でも、なんでも集めてみないと一生が分からないって言っていたわ」

「正解……ゴミに、正解とハズレがあるの?」

「……レンにとっては、そうみたい。死ぬまで探し続けるんですって」


 寂しそうな顔をしたセラス母さんに、僕は首をひねった。だってレンは――魔女は、死にたくても死ねないのに。

 僕はちょっとだけ悩んだ後、セラス母さんに訊ねた。


「やっぱり、レンのかけられた呪いと関係ある?」

「ええ。なんでも、彼女に呪いをかけた人が言ったそうよ――「呪いを解きたければ人でなくゴミクズを愛してみろ」って」

「ゴミを、愛すの……? えっ、じゃあもしかして、僕の着ていた服も切った髪もレンに愛されちゃった!? 僕はひとつも愛されていないのに、そんなのはずるいと思うなぁ!」

「アル、あなた一体何に妬いているのよ……」

「ゴミにだよ!」


 僕はなんだか、僕から出たゴミクズが許せなくて、包帯だらけの両手をぶんぶん振り回した。切った髪だけ愛されちゃうなら、僕はもう二度とレンに髪なんか切らせない。

 セラス母さんはものすごい呆れ顔になったけど、こうでもしないと気持ちが落ち着かなかったから仕方がない。


「たぶん「愛す」っていうのは、比喩――例え話みたいなものだと思うわ。レンの家の地下には、呪いを解くための〝解呪の陣〟っていう不思議な魔法陣が敷かれているんですって」


 僕はその話を聞いて、すごいと思った。

 やっぱり長生きしているから魔法が使えるんだ! 考えてみれば、呪いだって魔法みたいなものだよね。カウベリー村にそんなことができる人は居なかった。魔除けの置物は作っていたけどさ。


「その陣に〝ゴミクズ〟と一緒に入ると、感覚的に正解かハズレか分かるはずだって言っていたわ。まあ、今まで一度も正解を引けなかったから、今も魔女として生きているんでしょうけどね」

「……それで、魔女の秘薬の代金が〝ゴミクズ〟なの?」

「そうよ。今まで自分1人で色んなゴミを集めたらしいけど、どれもダメで――レン1人の価値観・感覚だけでは、どうにもできなかったんだと思う。彼女の思う〝ゴミクズ〟と、他の人が思う〝ゴミクズ〟は全然違うんじゃないかって」


 セラス母さんの説明に、僕はすごく納得した。

 確かに、村の人たちが「ボロだ」って言って捨てるような布切れは、着るものに困る僕からしたら宝物だ。牛を潰した時だって、内臓まで余さず大事に使う人が居れば「味や匂いが好きじゃないから要らない」って捨てちゃう人も居る。

 人によってはゴミだけど、別の人にとってはゴミじゃない――だからレンは、もう自分1人じゃ探しきれないって思ったんだな。


 ジェフリーの薬代だってそうだ。レンは「村で一番不要だと思うゴミクズ」を持ってくるように言ったらしいから。

 700年以上昔からずっと探し続けて、それでも見つからなくて――きっと、すごく疲れているだろうな。やっぱり僕が手伝ってあげなくちゃダメみたいだ。


「――あら? ゴードンったら、今日は来るのが早いわね」

「うん? あ、馬車だ」


 森から抜けてすぐセラス母さんの声で顔を上げると、また家のすぐ横に昨日の馬車が停まっていた。

 ゴードンさんは、街とこの森を行き来する商人なんだって。朝と夜は街で商売をしていて、昼過ぎになると馬車でセラスさんのところまで来て「欲しいものはないか」って色々見せてくれるらしい。


 僕もセラス母さんもすごい早起きして散歩に行ったから、まだ朝だと思うんだけど――やっぱり母さんのことが好きで、いきなり僕みたいな子供を拾ったから、心配なのかな?


「ゴードンさん、おはよう」


 僕は馬車まで駆け出した。また後ろで母さんが「走らない!」って怒ったけど、早くゴードンさんを安心させてあげなくちゃと思ったんだ。


「ああ、お嬢……いや坊主、おはよう。セラスは? こんな朝早くからどこへ――」

「居るよ、森まで遊びに行っていたんだ」


 ゴードンさんは、僕を見るなり分かりやすくホッとした顔をする。ゴツゴツ角張ったクマみたいな顔が柔らかくなって、なんだか僕まで釣られて笑っちゃった。

 ちょっと怖い顔をしているはずなのに、笑うと優しいだなんて不思議だ。


 僕より少しだけ遅れてやって来たセラス母さんは「ちょっと、こんな時間にどうしたのよ」って首を傾げている。


「坊主に色々持って来たんだ……いつもこの時間は家に居るのに、見当たらないから焦ったじゃないか」

「こんな時間に人が来るなんて思わないじゃない――って、アルに? なになに、早く見せてよ」

「その、ならズボンとか……ひどく痩せているようだから栄養食とか、あと髪と肌の手入れ用にも色々。判断はセラスに任せるから、要るものがあればとってくれ」

「まあ、もう、気が利くじゃないゴードン! さすがは商人ね、わざわざ言わなくても欲しいものを集めてくれるんだから! ちょっと荷台にお邪魔するわよ、アルのこと見ててね!」


 セラス母さんは、ゴードンさんの分厚い背中を手の平でバシバシ叩いてから、馬車に乗り込んだ。見た目は若いけど、ああいうところはなんか――ちゃんと、おばさんなんだなって思う。

 でもゴードンさんを見たら、また顔を真っ赤にしている。僕はゴードンさんの服の裾を掴んでツンツン引いた。


「うん?」


 ゴードンさんはすっごく背が高い。僕が僕を肩車しても勝てないかも。

 話をしやすいようにわざわざしゃがんで目線を合わせてくれて、やっぱりこのクマ優しいぞ。


「あのね、早く太っちょになるには、どうすれば良い? 今すごくガリガリで困っているんだ、僕もゴードンさんみたいに強そうな人になりたいよ」

「う、うーん、そうか……じゃあ今度、ジュニアプロテインでも持ってくるか……?」

「うん、よく分からないけど、プロテインのやり方を教えてください!」

「プロテインは教えるものじゃなくて、飲むものなんだが……まあそうだな。体を強くする方法も一緒に教えよう」

「――あ、あとね、ゴードンさん。レフラクタ文字が載っている本ってある? お勉強がしたいんだ」

「レフラクタ文字か? また随分と古い文字の勉強をするんだな……商会の書庫を探してみるよ」

「うん、ありがとう!」


 レンのあだ名だけじゃなくて、ちゃんと名前を呼べるようになりたいからね。

 文字の勉強をして、体を大きくして、セラス母さんの手伝いをして、レンの呪いと、あと僕の――『問題』? も、解決する。やることがいっぱいで大変だけど、楽しみだなあ。

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