第3話 別の魔女?

 突然現れた大人の女の人は、母さんと同じくらいの年齢に見えた。

 たぶん、30歳以上かな? ふわふわの魔女と違って、ストーンと真っ直ぐの黒髪だ。

 ぎりぎり肩につくくらいに切り揃えられているけど、前髪も同じくらい長い。前髪が目に入って邪魔なのか、全部顔の右側へ寄せて耳にかけている。

 僕と違って大人なんだから、邪魔になるなら切れば良いのにね?


 おばさ――お姉さんは唇が真っ赤でぽってりしていて、その下にはホクロが1つ。真っ黒の目は牛みたいに優しそうで、あと睫毛が多い。体は細くもなく太くもなく――でも、胸とお尻が大きいかも。そう言えば僕の想像していた魔女って、こんな感じだったような。


 魔女キツネも大きくなったらこうなるのかな? いや、でもなんかあの子は、大きくなっても全身ストーンと真っ直ぐな気がする。

 もしかしてこの人は、魔女の師匠? そうか、この森に住むのは10歳の魔女キツネだけじゃないんだな。もっと色んな魔女がたくさん住んでいるのかも知れない。

 でも僕が好きになったのは魔女キツネだから、もう魔女ウシのお姉さんには愛されなくてもいいや。


 魔女ウシのお姉さんは不思議そうに瞬きして、じっとこっちを見つめてくる。僕はなんだか居心地が悪くなって、風呂敷の中に泥せんべいの紙袋を隠してギュッと縛った。

 それから立ち上がって、ワンピースのお尻のところについた汚れを手で払っていると、がさがさと茂みが揺れる音がした。見れば、魔女ウシのお姉さんがニコニコしながらこっちに近寄ってきている。


「――な、なに? ごめんね、泥せんべいは美味しすぎて、あげられそうにないんだ」

「ふふ、泥せんべいってなんなのかしら――平気よ、おばさんお腹いっぱいだから」


 魔女ウシは僕のすぐ近くで立ち止まると、わざわざ僕と目線を合わせるようにして中腰になった。足首まで伸びた真っ赤なスカートに、飾りのない無地の白シャツ。足にはぺったんこのサンダル。服装はあまり魔女っぽくない。


 平気って言われても、風呂敷を取られるかもって不安で――それくらい泥せんべいは美味しい――僕はそれを後ろ手に隠して持った。

 僕の顔を覗き込むように魔女ウシの笑顔が近付いてくると、急に心臓の音が大きくなって息苦しくなる。

 一体何を塗っているのか分からないけど、真っ赤な爪をした手が顔に伸びて来て、僕はヒュッと息を呑んだ。

 何故だかこの魔女ウシが、村に居たあの気持ちの悪いお姉さんと重なって見えてすごく嫌だった。また体をベタベタ触られたら? 服を脱げって言われたら? 本当はひとつも好きじゃないくせに「好きだから言うことを聞け」って言われたら――?


 思わず後ずさって手から逃げると、魔女ウシはちょっと悲しそうな目をして、眉尻を下げた。


「ああ、ごめんなさいね、びっくりさせちゃったわかしら……すごく痩せているしケガも多いみたいだから、気になって……こんなに可愛いお嬢さんに、酷いことをする人も居たものね」

「……おじょーさん? ぼ、僕、男の子だよ」


 今は女の子の服を着ているけど、僕は男の子だ。正直に言ったのに、魔女ウシはますます悲しそうな顔をした。


「そう……男の子のフリをしていないと、身を守れないような環境で生きてきたのね――いえ、良いの。これだけボロボロになって、大人に怯えるような……きっと、今までに何があったかなんて話したくも思い出したくもないわよね」

「いや、僕、本当に男の子で、名前だってアレクシスっていって」

「ええ平気よ、分かった。あなたは男の子よ、よーく分かったわ、アレクシスちゃん」

「……たぶんだけど、全然分かってない」


 魔女ウシは僕を見ながら無理やりに笑った。でもその目は潤んでいて、鼻の頭も少し赤い。よく分かんないけど、たぶんちょっと変な大人なんだな。でもそんなに悪い人ではなさそうだ。


「アレクシスちゃん、私はセラスっていうの。アレクシスちゃんはどこから来たの? その様子を見るに……魔女の家の帰りかしら。ケガを診てもらったのね」

「セラスさん。やっぱりセラスさんは、魔女キツネの知り合い?」

「キツネ?」

「僕はカウベリー村から来た〝ゴミクズ〟だよ。でも魔女には受け取ってもらえなくて、森の番人に会えって言われたんだ」

「〝ゴミクズ〟ですって……!?」


 僕は聞かれたことに答えただけなのに、いきなりセラスさんの目からブワッて滝のような涙が溢れた。僕は驚いてアワアワしてしまう。


「なんてことなの!? 今時そんな、子供を〝ゴミクズ〟として送り込んでくるような事態が起きるなんて……!! 時代錯誤もいいところよ、とんでもない村だわ!」

「セ、セラスさん? どうしたの、大丈夫? どこか痛いの? 魔女のところへ行って泥にんじん貰う?」

「ううっ、アレクシスちゃんったら、なんてイイコなの! でも泥にんじんって何……!?」


 僕は慰めたつもりだったのに、セラスさんはもっと泣いた。でも顔をぐしゅぐしゅにしてしゃくり上げながら僕に手招きして、また無理やり笑う。


「魔女は「森の番人に会え」って言ったのね? つまり、アレクシスちゃんの処遇は番人任せってこと――じゃあこっちよ、番人の住むところまで案内してあげる」

「う、うーん……でも、わだちを辿れば番人のところまで行けるって聞いたんだけど――」


 セラスさんは良い人そうだけどよく知らない人だし、轍がある限り道に迷う事もなさそうだ。だから僕は遠回しに、案内しなくても良いって伝えた。

 だけど、またセラスさんが滝のような涙を流し始めたからギョッとする。


「ゥウヴゥッ……! 大人が信用できないのね!? よっぽど辛い目に遭ったんだわ、可哀相に……!!」

「セ、セラスさん、唸り声をあげないで、なんか怖い!」

「ああ、驚かせてごめんね、ごめんねえ……! 神様は酷いわ、どうしてこんなに愛らしい子に、こんな罰をぉお……!」

「ま、待って、分かった! 分かったよ、僕セラスさんについて行くから! だから泣かないで、頑張って!」


 僕がそう言うと、セラスさんはぐしゃぐしゃの顔で嬉しそうに笑った。普通にしていたら綺麗だったのに――やっぱり、ちょっと変な大人みたいだ。

 本当についてって平気かな? とも思ったけど、でもついていかないと干からびるまで泣きそうだから、僕はセラスさんの言う通りにすることにした。

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